第54話 レンボルト

 イブーロの学校では、明日が秋休み明けの始業式だと聞いている。

 次々と学校の敷地へと入っていく馬車は、休みを親元で過ごした生徒を乗せているのだろう。


 馬に蹴られたり、車輪で轢かれたりしないように道の端を歩く。

 ステップで道の上を歩いた方が安全なのだが、騒ぎになりそうなので自重しておいた。


「こんにちは、レンボルト先生にお会いしたいのですが」

「どういったご用件でしょう?」

「ギルドで面談したいというリクエストを受けて来ました」


 校門脇にある受付に声を掛けると、片目の猫人とあって職員の人は怪訝な表情を浮かべたが、リクエストの件を告げると手元の帳面を確認し始めた。


「冒険者のニャンゴさんですか?」

「はい、そうです」

「ギルドのカードを拝見できますか?」

「どうぞ……」

「ただいま係の者が、ご案内いたします」


 校内へ案内してくれたのは、ヤギ人の用務員さんだった。

 小柄で痩せた年配の男性で、ヤギ人らしい顎髭によって仙人のような印象を受ける。


「坊やは冒険者なのかい?」

「はい、そうです」

「猫人の冒険者とは珍しいねぇ、あまり無茶をするんじゃないよ……と言うまでもないか」

「はい、もう痛い目はみてますから」


 潰れた左目のことだろうが、ヤギ人の用務員さんは詳しい話を聞こうとはしなかった。

 用務員さんに案内されたのは、校舎とは別棟になっている建物だった。


「ここは先生方のための研究棟じゃよ」


 三階建ての小さなビルのような建物からは、鍛冶場のような槌音や薬品の匂いが漂ってくる。

 試作品なのか3メートル以上ある金属製の槍が立てかけられた階段を上り、あちこちに木箱が積まれた埃っぽい廊下を進んだ二階の奥の部屋がレンボルト先生の部屋らしい。


「先生! レンボルト先生! 冒険者のニャンゴさんが来られたよ!」


 用務員さんは少し荒っぽくドアをノックすると、大きな声で呼び掛けた。

 俺の名前を出した途端、室内からガタガタと大きな音が響き、その直後ドアが乱暴に開かれた。


 幸い、俺も用務員さんもドアの前からは退避していたが、そのまま立っていたらドアではね飛ばされていたかもしれないほどだ。

 ドアを開けたのは二十代ぐらいの羊人の男性で、手入れしていない髪がボッサボサだ。


 乱暴にドアを開けたレンボルト先生は、自分の目線よりも高い位置をキョロキョロと見まわした後で一度俺に視線を向け、再び高い位置に視線を戻した直後に俺を二度見した。

 今度は、無言でジーっと俺を見詰めてくる。

 こいつは危ない奴だと直感が警鐘を鳴らし始めた。


「君が……ニャンゴ君?」

「はい、そうですが」

「本当に君が……ニャンゴ君?」

「はい……」

「ブロンズウルフに止めを刺した……ニャンゴ君?」

「あれは、チャリオットやボードメンの皆さんが頑張ってくれたからで、俺だけの手柄じゃないですよ」


 レンボルト先生は、腕組みをしたまま俺を頭の天辺から足の爪先まで二往復ほどジックリと眺めた後、ふっと用務員さんの存在を思い出したようだ。


「あぁ、マテオさん、ありがとうございました」

「じゃあ、失礼しますぞ」


 腰のあたりで手を組んで、トボトボと歩いて行くマテオさんを見送っていると、レンボルト先生から声を掛けられた。


「さぁニャンゴ君、入って入って」

「お邪魔しま……す?」


 改めてドアの中を覗いてみると、足の踏み場が無いぐらい本や書きかけの紙片が散らばっている。

 レンボルト先生は、その間に僅かに残っている床を踏み石のようにして歩いていった。


 俺の歩幅では踏みつけてしまいそうなので、ステップで足場を作って進む。

 レンボルト先生は、居住スペースで脱ぎ散らかした服に埋もれたソファーを発掘していた。


 間違いなく、研究に没頭するあまり日常生活が崩壊しているタイプだ。

 盛大に埃が舞っているけれど、窓を開けると紙束とかが飛んでいきそうだし、思わずため息が漏れた。


「ちょっと待ってくれ。今、お茶を……」

「いえ、お茶とか構いませんから、先に話を聞かせて下さい」

「そうか、そうだね……って、浮いてる! そ、それが空属性の魔法かい?」

「はい、空属性は空気を固める魔法ですから、今は色々踏まないように足場を作っています」

「固めた空気は見えない……だから浮いているように見える。それで間違いない?」

「はい、おっしゃる通りです」

「ふぅむ……あぁ、どうぞ座って座って」


 洗濯物の山から発掘されたソファーに座り、使用済みの食器を横にずらしたテーブルを挟んでレンボルト先生と向かいあった。


「ギルドでリクエストが来ていると聞いて伺ったのですが、どういった話なんでしょう」

「君はその空属性の魔法を使って刻印魔法を使えるそうだね?」

「その話はどこで知りました?」

「ジルという冒険者の男性から聞いた……酒を奢って少しおだててやったら話してくれたよ」

「あのオッサン……噂してるのは若い連中とか言ってたクセに……」

「それで、刻印魔法が使えるというのは本当なのかな?」


 ググっと身を乗り出してくるレンボルト先生の圧に、またしても頭の中で警報が鳴り始めた。


「それを聞いて、どうなさるおつもりですか?」

「あぁ、君を実験台にしようなんて思っている訳じゃないよ。僕は刻印魔法の研究をしているんだ。今はイブーロの先生だけど、いずれ研究で成果をだして、王都の学院に研究室を持ちたいんだ」


 イブーロの学校の研究棟は、前世の日本に例えるならば地方の小さな大学の研究室みたいなもので、王都にある学院の研究室とは規模が違うそうだ。

 蔵書などの資料や、商人からの寄付などの面でも雲泥の差があるらしい。


「ジルの話では、君は刻印魔法を攻撃のための武器として使っていたらしいね」

「空属性魔法で固めた空気は、強度はあるんですが重量が軽すぎて、威力のある攻撃には向いていないんですよ」

「なるほど、それで火の刻印魔法を使ったんだね」

「まぁ、そういう事です」

「素晴らしい。君も知っていると思うが、刻印魔法は殆ど生活のために使われている。なぜだか分かるかい?」

「魔法陣には一定の魔力しか流せないので、威力を高めるには魔法陣を大きくする必要があるからですか?」

「その通り! いや、素晴らしい。これは僕が想像していた以上かもしれない。ニャンゴ君、今、刻印魔法の研究や利用方法は行き詰っている。これまでにあった魔法陣を、これまでと同じように使っているだけだ。工夫と言っても、小型化と効率の良い素材を探す程度だ。職人の数が増えたから魔道具の価格は下がり、一般的に使われるようになってきているが、それは普及であって進歩ではない」


 レンボルト先生は言葉を切ると、また僕をジーっと見詰めて来る。

 実験台にするつもりは無いと言っているけど、まさか『あっー』な趣味の持ち主じゃないだろうね。


「それで、俺に何をしろと?」

「うん、たぶん君は、我々が考え付かないような魔法陣の使い方をしている。それを聞かせてほしいんだ」

「うーん……それって、俺に手の内を明かせってことですよね?」

「勿論、他の冒険者などにペラペラ喋る気はないし、研究成果として発表する時にも君の名前は伏せておこなう」

「うーん……報酬は?」

「その報酬なんだけど、君はいくつぐらいの刻印魔法を使える?」

「今は……五つです」

「その種類を聞いても良いかな?」

「火、風、水、明かり、冷やす……の五つです」

「他の種類の魔法陣は?」

「俺の近くでは、この程度しか魔道具は無いから、陣を覚えられないんです」

「そうか、なるほど……」


 レンボルト先生は、何度か頷きながら、口元に笑みを浮かべた。


「他の種類の魔法陣を知りたくない? 例えば、雷とか……」

「それは……知りたいです」


 雷の魔法陣で、どの程度の電気が作れるのか分からないけど、水中や濡れている敵に使えば範囲攻撃として使えそうだ。

 冷静に交渉をしなければいけない場面なのに、思わず身を乗り出してしまった。


「他にも魔法陣はあるよ。重量軽減、温度操作、粉砕、撹拌、硬化、軟化……魔銃も刻印魔法を使っているよ」

「魔銃!」


 中級レベルの火属性攻撃魔法が撃てる魔銃は、一丁で王都に一軒家が買えるほどの値段で、魔石を使った弾丸は一発で金貨数枚するそうだ。

 貧乏なアツーカ村では実物を目にする機会など無いし、当然魔法陣をコピーするチャンスも無い。


「もし君に、魔銃に使われている魔法陣を教えたら、それを空属性魔法で作って実用できるかい?」

「それは、やってみないと何とも言えませんが、可能性はあります」

「素晴らしい! 魔銃は多くの職人が関わって、高い工作技術が無ければ作れないものだから高価なんだ。でも、きみは空属性魔法を使って自由に試作ができる。これは魔銃に限らず、全ての魔道具の発展にとって最高の技術だよ」


 確かに、オフロードバイクを作った時も、何度も試作を重ねて完成させた。

 普通に試作品を作ると、その製作だけで時間も費用も掛かってしまうが、空属性魔法ならば省略削減が可能だ。


「どうだろう、ニャンゴ君の時間のある時で構わない。研究に協力してくれないか」

「報酬は、俺が知らない魔法陣ってことですね?」

「その魔法陣を使って、新たな使い方を考え出してくれれば更に助かるんだが……」


 研究に協力すると手の内を晒すことなるが、内密にしてくれるそうだし、何よりも新しい魔法陣の知識を手に入れられるのは魅力だ。


「分かりました。協力させていただきます」

「ありがとう」


 レンボルト先生と握手を交わした途端、俺の胃袋が盛大に鳴った。


「あぁ、もう昼か。学校の食堂に行かないか? 御馳走させてもらうよ」

「ありがとうございます、お供します」


 俺はステップを使い、レンボルト先生は僅かな隙間を飛び跳ねるようにして廊下に出て、木箱だらけの廊下を抜けて食堂へと向かった。

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