第45話 追跡
セルージョと一緒に斜面を下りて歩み寄ると、ブロンズウルフに襲われた三人のうち一人は辛うじて息をしていたが、出血が酷く顔は土気色になっている。
「しっかりしろ、ペンダム。ブロンズウルフを倒して名を上げるんだろう、こんな所で死ぬな!」
「あ……がっ……」
「何だ、何が言いたい?」
「がはっ……ぐぅ……ごめ……」
「馬鹿野郎、謝るな。まだこれから、これから……おいっ……おいっ! 馬鹿野郎ぅ……うぅぅ」
生き残った犬獣人の冒険者に抱えられながら、ペンダムという牛獣人の冒険者は息を引き取った。
まだ二十歳にもなっていないように見える。
短かったけど前世をプラスすれば、俺の方が長く生きているはずだ。
イブーロに討伐の依頼を出しに行った帰り道、冒険者がブロンズウルフに攫われるのを目撃したが、こうして命を失う瞬間を見るのは初めてだ。
掛ける言葉が見つからず、俺はただ立ち尽くすしかなかったが、ガドは土属性の魔法を使い、人が収まる大きさの深い穴を三つ掘っていた。
泣きじゃくる生き残った冒険者に、ライオスが声を掛ける。
「辛いだろうが、お前も冒険者なら仲間の遺品を集めて弔う支度をするんだ。仲間を魔物や獣に食い荒らされたくはないだろう?」
犬獣人の冒険者は、二度三度と頷くと遺品を集め始めた。
遺髪や形見の品、それにギルドカード。
討伐の依頼の最中に命を落とした場合、遺体を持ち帰れる事は稀らしい。
殆どの場合は、このように遺品を集めて、その場に埋葬していくしかないそうだ。
土属性の魔法が使える者がいないと、今日のように深く埋葬してもらえない場合もあるそうだ。
三人の弔いをしていると、別の冒険者パーティーが姿を見せた。
大剣を背負ったリーダーらしき熊獣人の男が、ライオスに駆け寄って来た。
「ライオス、誰がやられた……って、カートランドじゃないか。まさか、ジョナレス、ペンダム、トッドなのか?」
「ジルさん……みんな、やられちゃったよ、うぅぅ……」
ライオスは面識が無かったみたいだが、後から来たジルは襲われたパーティーとは顔馴染みだったらしい。
生き残ったカートランドは、ジルに抱きかかえられて、また嗚咽を洩らし始めた。
今回ブロンズウルフの討伐に集まっているのは、殆どがイブーロを拠点とする冒険者達だ。
競争相手でもあるが、多くは顔見知りであったり、友人であったりするのだろう。
後から来た冒険者達が、カートランドを慰め、仲間を埋葬して祈りを捧げた。
冒険者達が祈りを捧げている間に、ジルがライオスに状況を訊ねていた。
「それじゃあ、不意打ちを食らって、成す術無く……って感じだったのか」
「俺達は、向こうの斜面を調べながら登っていたんで、セルージョが矢で牽制するのがやっとの状態だった」
「この後は、どうする?」
「うむ、日暮れまではまだ時間がある。痕跡を探りながら追い掛けてみるつもりだが……」
ライオスはブロンズウルフが逃げて行った方向を見やった後、冒険者達の方へと視線を向けた。
「カートランドは、見たところ身体は大丈夫そうだから、俺達のパーティーでフォローして連れていこう」
「そうか、痕跡を辿りながらだから、ペースは上がらないから大丈夫だろう」
「あぁ、むしろ気負いこんで先走らないか、そっちの方が心配だな」
「相手が相手だからな、飛び出さないように見ておいてくれ」
「分かった」
頷き返したジルが仲間たちの元へと戻っていくと、ライオスに手招きされた。
「ニャンゴ、この先にブロンズウルフが隠れられそうな場所はあるか?」
「一つ峠を越えた所に岩が張り出している場所があって、その奥なら雨に濡れずにすみますが、外からは身を隠せません。隠れるならば、もう一つ沢を越えた先の洞窟かと……」
「そうか……一応、両方確認しておきたい。近い方から案内してくれ」
「分かりました」
「それと、さっきと同じように樹上を移動できるところでは、木の上から案内しながら先を確認してくれ。この先は灌木が多そうだし、上から見てもらえた方が安全だからな」
「了解です」
隊列は、ライオスとジルが先頭でブロンズウルフの痕跡を探し、その後ろにガドが盾を構えている。
ブロンズウルフと遭遇したら、ガドが前に出るのだろう。
ガドの後ろには、後から来たパーティーの盾役が二人続いている。
その後ろに、剣士や槍使いなどが並び、弓使いのセルージョやカートランドは後方に控えている。
俺はライオスとジルの真上辺りを枝を伝って移動しながら、二人の案内と偵察を務めている。
「ニャンゴ、奴はいそうか?」
「いえ、今のところは姿は見えません」
「方向は?」
「このまま真っ直ぐです」
ブロンズウルフの青銅色の毛並みは、日の当たる場所で見ると目立つのだが、緑の葉が生い茂っている所では思いのほか目立たない。
とは言え、この辺りは年中歩き回っている俺の庭のような場所だ。
薬草採りに山に入るようになってからは、魔物や獣に襲われないように、少しでも先に気配を察知できるように周囲の様子は常に頭に入れながら行動してきた。
だからこそ気付く違和感があるのだ。
「ライオスさん、右手の茂みの倒れ方がおかしいような……」
「どこだ? おぅ、確かにこの枝の折れ方は間違いないな」
「この先にも、同じような感じの場所があります」
「奴は?」
「いえ、姿は見せません」
よほど慌てて逃げたのか、それともそもそも存在を隠す気が無いのか、ブロンズウルフのものと思われる痕跡が残されていた。
ただし、痕跡と痕跡の間隔は10メートルぐらいあって、この距離を一っ跳びして移動しているのかと思うと、どんな身体能力をしてるんだと背筋が寒くなる。
「ライオス、あの少年は? イブーロでは見掛けない顔だが……」
「あぁ、ニャンゴはアツーカに住んでいる。普段から山に入って薬草を採ったりしているそうなんで、今日は案内を頼んだんだ」
「なるほど、臨時のシーカーか」
「そのつもりだったんだがな……」
「何だ、役に立たない……ようには見えないが」
「あぁ、さっきもブロンズウルフを追い払ったのは、ニャンゴの火属性魔法だ」
「えぇぇ……猫人が、そんなに強力な魔法を使えるとは……」
いやいや、火属性の魔法じゃない……って言いたいところだけど、冒険者は手の内を見せないのが基本だから黙っておこう。
この後も、ブロンズウルフの痕跡を辿っていったが、予想に反して途中から進路を西に向けて進み始めた。
そして、岩場が続く北の沢筋に出たところで痕跡がプッツリと消えてしまった。
上流へと登って行ったのか、それとも沢沿いに村の方へと下ったのか、灌木が生えていないので、痕跡が見当たらない。
「ジル、村に戻ろう。あまり暗くなってからの追跡は、こちらにとって不利になる。それに、ブロンズウルフの移動を騎士団に伝えておかないと、村に入り込まれかねない」
「そうだな。出直そう」
「ニャンゴ、村に戻る最短ルートを案内してくれ」
「分かりました、こっちです」
沢から離れる方向を指すと、ジルが訊ねてきた。
「沢沿いには下りれないのか?」
「はい、途中に切り立った崖が続く場所があるので、迂回することになります」
「そうか、分かった」
ブロンズウルフの身体能力ならば、沢の切り立った崖すら飛び越えて村に下りていないか心配だったが、幸い村に現れた様子は無かった。
一行は、そのまま野営地に戻り、俺はライオスと一緒に騎士団に報告に出向いた。
対応に出て来たのは、ラガート騎士団の隊長ウォーレンだった。
左目の潰れた猫人ということで、俺を覚えていたようだ。
「君は、砦に知らせに来た少年だな。今度は冒険者の案内役か……あまり無茶をするなよ」
2メートル近いゴリマッチョのウォーレンにしてみれば、腰ぐらいの身長しかない俺は余程頼りなく見えるのだろう。
「隊長さん、あまりニャンゴを侮らない方がいいぞ」
ライオスがブロンズウルフとの交戦の様子を語って聞かせると、ウォーレンが俺を見る目つきが変わった。
「ほぉ、この身体でそれほどか……」
「周囲に燃え広がらせず、的確に相手の嫌がる場所に攻撃を加える、身のこなしといい、なかなかのものですよ」
品定めをするように俺を見てくる二人は、ゼオルさんと同じ人種だな。
ライオスが戦闘の様子、俺が遭遇した場所や痕跡が残っていた所を地図を使って報告すると、すぐさま騎士団は配置の変更に動き出した。
「このまま北に向かって村から離れてくれれば良いが……」
ウォーレンは、ブロンズウルフの目撃地点を書き込んだ地図を睨み、表情を曇らせた。
地図上に書き込まれた印は、アツーカ村をグルっと回り込むように記されている。
「これって、村の周りを回っているんですか?」
「そうだ、ブロンズウルフが村を襲う場合、周囲を一回りして様子を確かめて、守りが薄そうな場所を狙って入り込んで来ることが多い」
「それじゃあ……」
「あぁ、もう少しで一周回り終える。本番は、これからだ」
まだ印の付いていない村の西側にブロンズウルフが現れた後は、いよいよ村に乗り込んで来るのかもしれない。
それまでに残された時間は、あまり長くはなさそうだ。
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