第44話 案内役

「ライオスさん、あと少し進むと沢にぶつかります。ゴブリンの巣は沢に沿って登って行った先です」

「了解だ。何か見えるか?」

「いえ、ゴブリン一匹いませんね」

「分かった、そのまま警戒してくれ」


 冒険者達の野営地で再会した翌日、イブーロのBランク冒険者ライオスのパーティーの案内役を務めている。

 昨晩、ブロンズウルフについての情報を話しているうちに、俺が村の周囲の山に詳しいと知ったライオスから頼まれたのだ。


 案内役として同行しているが、俺がいるのは木の上だ。

 ライオスは、自分達が守ってやると言ってくれたが、偵察役も務めたかったので、この形にしてもらった。


 まだ空属性魔法は、枝から枝へと飛び移る時の補助としてしか使っていない。

 たぶん、ライオス達からは、普通に枝を渡っているように見えているだろう。


 ライオスの所属するチャリオットというパーティーは、盾役のガド、弓使いの後衛セルージョとの男性三人組で、ランクはBだそうだ。

 盾役のガドはスキンヘッドのサイ獣人で、縦にも横にも大きいラグビーのフォワードの選手のようだ。


 鋼鉄製の畳よりも大きい盾を片手で軽々と持っていられるのは、たぶん身体強化を使っているからだろう。

 顔つきがクッキングなお父さんのようで、ゴツいけれど愛嬌がある。


 弓使いのセルージョは馬獣人で、スラっとした長身でスタイルが良い。

 栗色のクセの強い長髪で、イタリアの伊達男といった雰囲気の持ち主だ。


「枝から枝に……まるでサルだね。ライオス、どこで拾ってきたんだ?」

「イブーロのギルドで、ちょっとな」

「二人とも、あの小僧はなかなかのものだぞ。身体にブレがない、ありゃ鍛えておるな」

「ガド、だとしても猫人だぜ、偵察程度しか使い道は無いぞ」


 ライオスと同じくBランクの冒険者であるセルージョから見れば、俺は少々身軽な猫人の子供にしか見えないのだろう。

 別に、最初から認められると思っていないし、でも少しは感心されるような働きをしてみせたいと思っている。


 ゴブリンの巣穴に案内しながらも、三人よりも早くブロンズウルフを見つけたいと思っているのだが、青銅色の巨体は見当たらない。

 それどころか、普段なら見かけるシカやイノシシの姿も見えない。


「ライオスさん、普段ならシカとかを見かけるんですが、今日は全然見当たりません」

「そうか、もしかすると、既にブロンズウルフのテリトリーに入っているのかもしれんな」


 沢筋に沿って登っている間も、山が静まり返っている感じです。


「ところでライオスさん、後ろの連中は放っておいても良いんですか?」

「構わん。俺達だけで、すんなり仕留められるとは限らんからな。いざと言う時の戦力は多い方が良い」


 野営地を出発した時から、四人組の男が後を付けて来ている。

 もしかすると、昨晩の打ち合わせを盗み聞きしていたのかもしれない。


 一定の距離を保ちながら、こちらに話し掛けてくることもなく、淡々と後を付けて来る。

 ぱっと見た感じでは、チャリオットの三人よりは若い冒険者のパーティーのようだ。


 有力パーティーに寄生して、お零れに預かろうという魂胆だろうが、そんなに上手くいくのだろうか。

 俺がブロンズウルフだったら、チャリオットの三人よりも後方の四人を狙うだろう。


 沢沿いに登り、途中から林に踏み入り、少し進むと崖下の開けた場所に出る。

 飛び移る木が無くなってしまったので、俺も地上に降りている。


 この先の崖の割れ目がゴブリン達の巣であったのだが、周囲には血の匂いが漂っていた。

 開けた地面のあちこちには、ゴブリンだった肉片が散らばっている。


「ライオス、ブロンズウルフは崖を登って姿を消したんだったな?」

「そうだ。セルージョ、目撃した奴は下ではなく上へ向かったと言っていた」


 ゴブリンの巣だった岩の割れ目に向かって、左側は切り立った崖だが、右側は少し傾斜が緩い。

 ブロンズウルフが登ったとすれば、こちら側だろう。


「ニャンゴ、俺の後ろから付いて来い」

「分かりました」


 チャリオットの三人は、右側の斜面を登りながら、ブロンズウルフの痕跡が無いか調べていく。

 後を付けて来ていた四人の冒険者は、残されているゴブリンの残骸を調べているようだ。


 手の動きからして、歯形からブロンズウルフの顎の大きさなどを推測しているようだ。

 このゴブリンの巣も秋の討伐のために、俺が場所をチェックしていた所だが、これでは討伐の必要はない。


 ただし、他の魔物が住み着かないように、周囲に散らばったゴブリンの死体を処理する必要がありそうだ。

 ライオスに続いて急な斜面を登りながら、四人の方を振り返ってみると、剣士と思われる男性がゴブリンの巣穴に歩み寄り、突然その上半身が消失した。


 いきなりゴブリンの巣穴から現れたブロンズウルフに、残りの三人も驚いて棒立ちになっている。

 素早く動いたブロンズウルフが、二人目の冒険者を右前足の爪で薙ぎ払う。


「うわぁぁぁぁぁ……」


 残った二人が叫び声を上げた時には、ブロンズウルフは鋭い牙を剥いて三人目に襲い掛かろうとしていた。


「シールド!」


 顔の前に全力のシールドを展開すると、ブロンズウルフは鼻面をぶつけて止まったが、左前足の爪が三人目の冒険者を薙ぎ払ってしまった。

 更にブロンズウルフは四人目の冒険者へとにじり寄り、突然大きく後ろへ飛んだ。


「ちぃ、あれを避けやがるのかよ」


 セルージョが放った矢が命中するかと思われた直前、ブロンズウルフは察知して避けてみせた。


「立て! 立って逃げろ!」


 登って来た急な斜面を飛ぶように駈け下りながら、ライオスが叫ぶ。


「ニャンゴ! 火だ、火属性の魔法をぶつけろ!」

「分かりました、バーナー!」


 襲い掛かってくるブロンズウルフに対して、俺は守ることしか考えられなかったけど、倒すならば攻撃を仕掛けるべきだ。

 バーナーは、空属性魔法で作った火の魔道具と風の魔道具を組み合わせたものだ。


 火の魔道具は調理で、風の魔道具はオフロードバイクで使っているからお手の物、二つを組み合わせると、2メートル近い炎を噴き出すバーナーになる。

 そいつを四つ、ブロンズウルフの顔の直前から浴びせてやった。


「グワァオォォォォ!」


 飛び上るようにして後退りしたブロンズウルフは、鼻面を押さえて転げ回った。


「今度は一味違うぜ、食らいやがれ!」


 キリキリと弓を引き絞ったセルージョは、何事か口元で呟いてから矢を放った。


「ええっ!?」


 放たれた矢は、ブロンズウルフの遥か頭上を飛び越えて行くような軌道で飛んでいる。


「こっちだ、掛かって来い!」


 俺が矢の行方に気を取られているうちに、ライオスがブロンズウルフの目前まで迫っていた。


「グルゥゥゥ……ギャゥ!」


 ライオスへと向き直り、唸り声を上げたブロンズウルフの左目に、セルージョが放った矢が急激に軌道を変えて突き刺さった。


「ずぁぁぁぁぁ!」


 ブロンズウルフが怯んだ隙に、ライオスが長剣を突き入れるが、硬い毛が邪魔をして深手を与えられないみたいだ。

 逆に、ブロンズウルフが左前足を振り下ろして来る。


「させんわ! ふんっ!」


 ガーンと重たい金属音を響かせたが、ブロンズウルフの左前足は、ガドが構えた巨大な盾に行く手を阻まれている。


「ボサっとすんな、ニャンゴ。追撃だ!」

「あっ、はい!」


 ライオス達の戦いに見入っていたら、弓を引き絞ったセルージョに怒鳴られた。

 でも、これって俺も戦力として認められているって事だよな。


「バーナー!」


 今度は胴体を取り囲むようにして、四つのバーナーを発動する。


「ホーミングアロー」


 放たれた矢は、またしても見当違いの方向へと飛んでいくが、セルージョは真剣な表情で行方を追っている。

 たぶん、風属性の魔法を使って軌道を変化させているのだろう。


「グワァァァァァ!」


 胴体を焼かれたブロンズウルフは、空属性で作った魔道具を壊しながら跳び退り、身体を大きく震わせて怒りを露わにした。

 その右目に軌道を変えた矢が突き刺さるかと思った瞬間、ブロンズウルフは頭を振って逃れた。


「ちぃ、なんて反応してやがる」

「それじゃあ、こいつならどうだ、バーナー!」

「ギャゥゥゥゥゥ……」


 狙ったのはブロンズウルフの股間だ。

 火の魔道具も風の魔道具も、二つずつ重ねた威力マシマシ仕様だ。

 ブロンズウルフは悲鳴を上げて腰を跳ね上げて転がると、そのまま脱兎のごとく逃走に移った。


「くそっ、バーナー、バーナー、バーナー……」


 ブロンズウルフの行く手を阻むようにバーナーを発動させたが、ヒラリヒラリと躱させて逃げられてしまった。


「くそっ、逃げられた」

「ははっ、こいつは驚いたぜ。ニャンゴ、お前すげぇ火属性魔法の使い手じゃんかよ」

「でも、逃げられちゃいましたよ」

「何言ってんだ。俺様は一矢報いてやったが、ライオスなんざ撫でた程度だぜ」

「追いますか?」

「いや、今は弔いの方が先だ……いくぞ」


 セルージョは、用意していた矢を矢筒に戻すと、斜面を降り始めた。

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