タイムカップケーキ
書矩
日一日
[スケジュール『おまじない』の満了がすぐです]
個展の撤収作業を終えた、打ち上げ真っ最中の夜の居酒屋で、
「……何だそりゃ」
「お、どうしたどうした~」
グラスを置いて呟くと、視界に鍛え上げられた手が割り込んだ。体力のあまりない拓の代わりに力仕事をしてくれた、高橋という友人だった。
拓は画面を見せてやった。
「カレンダーアプリからよくわかんない通知が来たんだよ」
「何々」高橋は画面をよく見ようと目を細めた。「『おまじないの満了がもうすぐ』……? 何だそりゃ」
数分前の自分とまったく同じ台詞を発した高橋に、拓は思わず笑った。
「だよね。いつ登録したのかも覚えてないし、ちょっと怖い」
画面の隅々を確認したが、それ以上の情報は何も出てこなかった。これを設定したときの拓には、何かの守秘義務でも課されていたのだろうか。
「呪いとかじゃないと良いな」高橋が笑った。
「やめてよ、気味悪い……」
拓はスマートフォンをしまって箸を取った。食べ物に意識を向けようとしたけれど、もう酒も箸も進まなかった。
「何だ? 悪酔いか?」
高橋に聞かれ、拓は返答に困った。
「……そうかもしれない。先に抜けてもいい?」
「おう、風邪に気を付けろよ。次、またよろしくな」
次、というのは拓の展示会のことを指しているのだろう。期待がこそばゆかった。
拓は少し多めのお代を置いて立ち上がった。
店を出ると、途端に冷たい空気がにじり寄って来る。冬の空気が鋭くコートを刺し抜いた。
見上げた空は綺麗に晴れているが、星は見えない。月も昇っていないのか沈んでしまったのか、どこにもいなかった。コートの襟をしっかりと立て、拓は駅に向かって歩き始めた。大通りに出ると、駅までの一本道は僅かに登り坂になっていて、多くの人が行き交っていた。
赤信号に引っ掛かり、拓は身を縮めながらスマートフォンを取り出した。かじかんだ手ではなかなか指紋認証をクリアできなかった。
ちらりと前を見遣ると、歩行者用信号機のカウントダウンはまだ半分を切っていなかった。手早くスケジューラーの画面のスクリーンショットを撮って、昔からの親友である同級生たちとのグループ会話に送る。手がかりを求めるメッセージを添えたが、すぐには既読はつかなかった。
隣を通過した人影に青信号を知らされ、拓はスマートフォンごと手をコートのポケットに埋めた。横断歩道を大股に過ぎていくと駅の明かりが見え、ようやく人心地つく。
改札でICカードをかざし、ホームに向かって歩く。僅かな差で間に合わなかった先発の車両を遠く見送り、拓は溜め息を吐いた。
腰を下ろしたベンチは硬く冷えていた。後悔するが、立つ気力もなく、背もたれに身体を預ける。
コートのポケットをスマートフォンのバイブレーションが震わした。
新規通知、一件。
「……アパラチアからじゃん」
そのまま放っておいて寝ても良かったが、「おまじない」という単語が引っ掛かった。本棚の下段から卒業アルバムを取り出し、寄せ書きの欄を見ると、タイムカプセルの所在と刻限が記されていた。
日記を読み返すと、何故かページが破損していたが、どうやら「おまじない」をかけたタイムカプセルを作ることにしたらしい、ということがわかった。
「『なんか私の日記にタイムカプセルの話が書いてあったよ、それじゃない?』……っと」
破れず残った部分には、校舎裏の斜面に金属の球体を隠し、木の札でプレートを作ってひっそりと立てたことが書かれていた。
ぴこん、とスマホが波佳を呼んだ。拓が詳細を聞きたがっていた。メッセージの通知に起こされたらしい秋太とそくりも興味を示していた。
日記に基づいた情報を伝え、時間通り集まれそうか訊いてみた。ついでにカレンダーを見ると、その期日は明日から数えて丁度一週間後だった。
秋太が、「集まろう」と強い口調(文体?)で呼び掛けた。拓からは「他のクラスメートたちにも声を掛けてみよう」という意見が出た。それなら、そくりの手元にある詳細なアドレス帳が役に立ちそうだ。
そろそろ寝始める者もいるだろうけど、間近に迫ったイベントであったので、手分けしてクラス全員に連絡を回すことにした。
零時前に報告が揃った。不思議と、誰も都合が合わないらしい。タイムカプセルの日にちをずらすのも気持ち悪いので、四人だけで開けに行くことにした。
訃報を聞いたことを、波佳はおくびにも出さなかった。心不全で亡くなったというその人物は、波佳の日記によれば、どうやら「おまじない」の提唱者だったらしい。タイムカプセルにかけられたのはどんな「おまじない」だったのか、それくらいは知りたかった。
クラスメイトの死を明かさないことに後ろめたさはあったが、他の三人に動揺を与えたくはなかったし、何より、タイムカプセルを開ける計画が中止になるのは嫌だった。とんだエゴイストかもしれないが、仕方ない。
波佳は「おまじない」の提唱者がどんな人間だったか思い出そうとして、それが叶わないことに気付いた。何故だかタイムカプセルを埋める前、卒業した年の始業式まで遡らないと記憶がない。母校で過ごした最後の一年間が、すっぱりと抜け落ちている。卒業アルバムや日記の記述が真実であると願うしかない。
事の真相が、タイムカプセルを開けて分かれば良いのだが。
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