第16話 中田の場合
「何でも願いをかなえる神社」
ガード下にある雑居ビル
小さな出版社の事務所で中田は初めてその話を聞いた。
編集は「都市伝説に御用心」と言う特集を企画しており
まことしやかに語られる都市伝説を記者が調査すると言うオカルト系雑誌にありがちなネタであったが
そこは一応の戦時下、怪しげな流言飛語に惑わされるなと言う
軍部より先に音頭を取る提灯記事の類いだ。
物資統制は緩和して来たものの、細々と成人向け雑誌を作っている出版社としては
こう言う記事でも差し込まなければ、たちまち用紙の配給すら事欠く有り様になる。
丁度、新聞社から前線の取材を依頼されていた中田は行き掛けの駄賃とばかりに快諾した。
「が、この有り様かよ…糞っ!」
中田は呪詛の言葉を吐き一歩目を踏み出す。
狙撃される地雷原を歩くとか、取材費の二重取りでは到底割に合わない。
もちろん帰っても良かった。
神社の記事など適当な神社を撮影して、あること無いこと書いておけば良い
どうせ、出版社からは誰も確認には来ないのだ。
地雷だ…
金属の円筒が見える
もしも踏んだら、あらぬ方向へ飛んで行く自分の足を見る破目になるだろう。
引き返すなら今しかない
だが、中田は武内と鴉が踏みつけた雑草の上に足をのせ恐々跨いだ。
武内は渡りきるまでに数分を要したが中田は更に時間がかかるだろう。
「気に入らねぇ女だ!」
武内が到着するや、スタスタと廊下でも歩く様に渡った鴉を思い出しながら
中田は、また呪いを吐き出した。
最初から鴉が気に入らなかった訳ではない。
あの爆撃機の残骸に入るまでは中田は彼女を如何にして口説くか考えていた。
今までも地方へ取材に行く度に彼はもれなく女を口説いた。
大抵の田舎女は都会から来たカメラマンだと言えば関心を持つ
相手は民宿の中居だったり売店の売り子だったりガイドだったり
道行く女子中高生にも平気で彼は声をかけた。
話を聞いて来た時点で八割は写真撮影を承諾する。
後は人気の無い場所に連れ込むだけ。
女達は芸術の為だ何だと唆され
結局、僅かな謝礼と引き換えにヌードを撮影されて終わる。
そして中田は彼女達の写真を崇高だの芸術だのとは程遠い猥褻な雑誌に売って小遣いを稼ぐ。
まぁ、田舎で出回る雑誌ではないし仮に出回ったとして
それにより彼女達の人生が狂おうが自殺しようが中田の知った事ではない。
少なくとも鴉もその程度で服を脱ぐ女だと中田は踏んでいた。
カメラのフレームに先を進む鴉の後ろ姿を何度も入れながら
中田は彼女の裸体を想像する。
行き掛けの駄賃の駄賃にしては上等過ぎる女だった。
制服の上からでも分かる日本人離れしたプロポーションに唾を飲み
彼はシャッターを切り続けた。
が、爆撃機に入るや彼女は隠し持っていた拳銃を中田に突き付け
カメラを取り上げると無情にもフィルムを引っ張り出し写真を撮るなと中田に言った。
もちろん、中田の今までを彼女が知るはずも無い。
下手に撮影され自分の写真が出回れば、じきに憲兵の目に入る。
捕まる事を避ける予防的措置だったのだが
数多くの女を喰い物にした中田は彼女から内面を見透かされたように感じた。
恥を感じたなら恥じ入る事で行いを正すしかないのだが
中田はフィルムを台無しにされた件で彼女を恨む事にした。
だから、此処で引き返す訳には行かない。
引き返したら二度と会うこともないだろう。
「へっ…出迎えも無しかよ」
無事に森に到着しホッとした中田は軽口を叩きながら周囲を見回し二人を探した。
「お前ら、なにやってんだ?」
大木の裏側に困った顔で立ってる鴉と、その下半身にしがみついている武内が見える。
「…腰が抜けたみたいね」
鴉は笑いながら武内の頭をポンポンと叩いた。
「なっさけ無ぇーなぁ!女の股ぐらに顔突っ込んでんじゃねーよ!」
イラッとした中田は武内の頭をバシバシ叩いた。
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