第15話 ワイヤーの張り方

「おいおいおいおい!何の策も無いって正気かよっ!?」


中田は目を剥いて彼女の肩を掴んだ。


徴兵され軍隊に居た事もあったが、此処まであっけらかんと命が安い話は聞いた事がない。


まるで縁日の出店でクジでも引くような顔で、この娘は銃口の前を走れと言う。


「うん、なら今から帰って水垢離でもお百度でも踏めば?」


中田の手が鴉の肩から離れる、彼女は腰のワルサーを抜いたのが武内からも見えた。


「そんな気休めは要らないから此処へ来たのよね?」


「まぁ、待ちなさい」


二人の間に教授が割って入ると彼女は拳銃を腰のホルスターに戻す。


ホルスターの蓋は切り取られており、即座に抜けるようになっていると分かる。

落下防止に紐で拳銃は結ばれているようだ。


「なら、此方のリスクは真冬に水を被る程度じゃないと分かるでしょ?」




彼女が言うには先頭が一番安全らしい。

撃つ側は標的が何時来るかは分からないので、いきなり現れる先頭は見逃しやすい。

最も危険なのは撃つ側が体制を立ててからとなる二人目であり、二人目が撃たれなければ

それは狙撃兵が留守だと言う事らしい。


「先頭が安全なら、全員で走り抜ければ良いんじゃ…?」


何も狙撃兵にお伺いを立てながら進む必要は無いと思い武内は聞いた。


「そりゃそうだ!目から鱗だ!」


中田が手を叩いて歓声を上げる。

その歓声は安全を得た安堵よりも鴉の鼻を折ったシテやったりが大きい。


「踏んだら全滅するわよ?」


中田が歓声を上げたまま止まった。




一人目は武内


二人目は鴉


三人目は中田


四人目は教授


順番は決まった。


「地雷は見やすく埋まってるから」


何も無い野原を進みながら鴉が言った言葉を武内は何度も繰り返す。


暫くして金属の円筒が地面から突き出ているのが見えた。


地雷だ。


信管を地上に露出し地雷でございますと言わんばかりに主張している。


ドイツ側のパトロール路でもあるのだから気張って埋めてはいないと言う事だろう。


これなら簡単に切り抜ける事が出来るが…

だが果たして、その露出した信管の隣に地雷が埋まっていないと誰が保証出来るのか?


上げた足を恐る恐る下ろし靴裏越しに地面を感じる。

その度に閃光が走り自分の足が吹き飛ぶ様を想像してしまう。


だが吹き下ろしてくる風は散乱する死体の悪臭を運び

今、こうしてる間にも狙撃兵のスコープに自分が入っているのではないかと

気持ちを逸らせる。


身を隠す場所は何処にも無い…


もし、自分の提案通りに全員で進んでいたら

今ごろ前は進めず後ろは押して大変な状態だったろう…


何分が過ぎただろうか、猛烈な腐敗臭が彼を襲う。


中間地点辺りにあった死体だ。


黄色いヤッケが見えた辺りで武内は目を反らし

自分の足元だけを見て進んだ。




「はぁ、はぁーっ…」


森に飛び込むや武内は大きな木の幹にしがみつき身を隠した。


あんなに鬱蒼とし陰気に感じた森が今は強固な鎧にすら感じる。


「ははっ!助かったぁ…助かった!」


急激な安堵からか全身の細胞が在らぬ方向へ飛び跳ねているような気分だ。


暫くして息が整うと彼は最も危険な二番手を歩く鴉が気になった。


彼女は無事だろうか…


「今回は運が良いみたいね」


慌てて振り返ると鴉が立っていた。

自分が到着してからまだ30秒も過ぎてはいない。


「武内君…だっけ?アナタは特に幸運みたいね」

鴉は武内がしがみついていた木からワイヤーを外して彼に見せた。


木の幹には卵状の物体が針金で縛り付けてある。


手榴弾だ。


もし、ワイヤーに引っ掛かかっていたら…

目の前が真っ暗になり武内は膝を着いてしまった。


「武内君?」

駆け寄った鴉の腰に手を回し武内はしがみつく


「ちょっ…ちょっと!」


鴉は武内の髪を掴んで引き剥がそうとしたが

その手は彼の激しい震えを感じると指の力を抜いた。


彼女は武内の頭に手を置いたまま三番手の中田を待つ事にした。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る