第8話 エノラちゃん
「ブーンブーン、エノラちゃん~♪」
宿の子供だろうか?
気が付くと時計は七時を過ぎている。
日の出は遅くなったとは言え、窓の外は充分に明るい。
子供達は廊下を走り回りながらテレビ漫画の主題歌を熱唱していた。
「ひこうきエノラ」
児童向けの勧善懲悪漫画で爆撃機のエノラと仲間の太っちょボブ
チビのリトルボーイが悪人ヒットレルを毎回懲らしめる内容だったはずだ。
昨夜、コーラを何杯も飲んだ武内は便所へ行こうと廊下にでた。
用を済ませ再び廊下に戻ると、通りかかった宿の女性にもう少しで朝食だと伝えられた。
少し歩くと喫煙所があり、田舎でも客商売である事を意識してか
立派なテレビがソファーの前に鎮座している。
子供達はテレビの前で正座するとテレビ漫画を観始めた。
ひこうきエノラの主題歌が流れ
子供達は再び大合唱。
ダムの電気を盗もうとヒットレルが悪知恵を働かせる辺りから話が始まり
子供は真剣な眼差しでヒットレルの悪行を見ている。
後頭部まで覆うナチヘルを被りチョビ髭を生やすヒットレルは
言うまでもなくヒトラーがモチーフだろう。
結局、悪巧みは失敗し、太っちょボブの大爆発で哀れヒットレルは山の彼方に飛ばされていった。
継続戦争前に投下された米軍の原子爆弾は、下伊那から木曽にかけて大きな被害を出したが
ナチスの侵攻を阻止した新兵器として日本人に受け入れられ
爆撃したB29型爆撃機エノラ・ゲイと搭乗員は英雄視された。
この漫画も飛行機の名前を番組放映前に一般公募していたが
圧倒的多数によりエノラちゃんと決まった。
漫画が終わると子供達はテレビをつけたまま何処かへ走り去る。
武内は今日の天気予報を見てから部屋へ戻ると朝食は既に並べられていた。
「うわぁあぁ頭痛てぇ!」
宿の玄関で登山靴を履きながら中田は頭を抱える。
あの痛飲ぶりだ。
翌日こうなるのは当然の成り行きだろう。
「君は学生の頃からこうだったな」
教授は呆れた顔で中田を見た。
「中田さん、水をもらって来ましたよ?」
武内はサイダーとプリントされたグラスを玄関に座り込む中田の背後から渡した。
「あ?あぁ~悪いねぇ…」
受け取ろうと振り返った中田だったが、いつまでも受け取る気配はない。
「中田…さん?」
サングラス越で気付かなかったが、どうやら
中田の視線は自分ではなく自分の背後に向かっているようだ。
「何かお探しですか?」
突然、背後から声をかけられ武内は驚きのあまり跳ね退いた。
手にもったグラスは激しく揺れ玄関に敷かれた石を濡らす。
「何かお探しですか?案内人が居るような何かを?」
声の主は、もう一度尋ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます