第2話 錆びた戦車

「おい、待たんかっ!」


いままさに抜刀しようとしている家田と若者の間に曹長が割って入った。


「馬鹿もん!軽々しく抜く奴があるか!」


叱責された家田は舌打ちすると素延の刀身を鉄鞘に戻す。


「しかし、曹長殿!」


尚も家田は功を焦る若者特有の勢いで上官に突っ掛かった。


「遺族だ、通しても問題無い」

キョトンとする家田に曹長は若者の学生証の裏を見せる。

学生証の裏に印刷された大政翼賛会の党章

その猛禽類であろう黒い鳥が、親衛隊気取りの家田を睨んだ。


身分証に党章を印刷されている者は党員、または党員の家族である。


通常使用される党章の鳥は白であるのに対して黒色は戦死した党員の遺族を示す。

つまり若者は家田が憧れてやまない国民義勇軍の遺族だと言う事だ。


「お前の好きな翼賛会のお墨付きだ!」


吐き捨てるように曹長は学生証を若者に返した。

大政翼賛会は事実上、日本帝国を支配しているのだが

天皇親政を尊ぶ中堅以上の軍人は党に忠誠を誓わせようとする翼賛会には否定的であり

曹長もそう言った軍人の一人であるようだ。


「お気を付けて!遺族殿!」


苦々しげな曹長の背後で休憩を終えたバスが乗客を乗せ中津川駅に向かってガラガラと動き出す。

本日の運行業務は、これで終わりだ。

明日の昼過ぎまでバスは来ない。


さて…生憎、野宿の用意は無い

さっそく彼は宿を探す事にした。


憲兵に聞けば早いのだろうが家田と呼ばれた上等兵も曹長も

理由の違いこそあれ自分を嫌っているようだ。


まだ机の前で憲兵達が睨んでいる事からも明白であり

若者は急いで、その場を離れた。


最前線に位置する集落は、当然ながらそれほど大きな規模ではないようで

家々はバス停留所の空き地にヘバリ付くように山の斜面に点在している。

宿が無ければ民家に幾らかの謝礼を払い泊めてもらおう。


空き地の外れに壊れた木炭バスと林業機械が投げ出されており

その向こうから談笑の声が聞こえる。


宿があるか教えてもらおうと廃車の裏にまわると

カーキ色だの茶色だのを何度も重ね塗りした錆びた車両が現れた。


三式と呼ばれた継続戦争前の戦車だった。


登場時ですらドイツ戦車と比べて大きく見劣りした本車が

17年も過ぎて役に立ちはしない。


若者も昨年だったかに最新鋭の61式戦車を新聞で知った。

米国製の90ミリ砲を搭載した頼れる戦車であると

新聞は絶賛していたが、未だ最前線の防衛は使い古された戦車が主力だと言う事だ。


もし、ナチスが侵攻を再開したなら瞬く間に突破されてしまう事だろう。


戦車はエンジンカバーを開けられ

数人の疲れた整備兵がタバコを吹かしながら見慣れない若者を睨んだ。


「あ、あの…宿は…?」


出会い頭に彼等と遭遇した若者はスッ頓狂な声を上げてしまった。


整備兵の一人が笑いを噛み殺しながら集落の一軒を指差す。


若者は頭を下げると指差した方向に足早に歩いた。


「よう、兄ちゃん!」

呼び止める声が若者を背後から捕まえた。


「あんまりナチ公を刺激してくれるなよ!」








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