前夜

 日本国内の内科、特に呼吸器科、小児科の医師は訝しんでいた。'流行っているという「酷い風邪」についてだ。


 一見、ただの風邪だった。 しかし、喉の炎症が酷く、気管支炎が多いのも特徴的だった。

 聴診では気管支炎が疑われた。熱はなく、あっても 37.5℃程度。喉のかすれを訴える患者が多かった。咳は多くなかった。咳がある場合は、乾いた咳の場合が多かった。全体的にバイタルメーターの数字異常がないが、SpO2がやや低めだった。多くは気管支炎の治療に抗炎症剤が、通常の風邪薬に加えて処方された。


 多くの医師は「きつめの喉風邪が地域で流行っているのだろう」と考えたが、 患者の急な増加、多くの医師があまり診たことのない風邪でないように思えて、訝しむのだった。


 しかし、一見、ただの悪質な風邪にみえた。危急となれば普及したバイタルメータが緊急通報をする。さほど心配する事はなにもなかった。


 バイタルメータの数字は、ビッグデータとして、疾病予防管理センターや保健所がモニタリングする。その他、協力研究機関などが利用していた。


 数日後、バイタルメータをモニタリングしていた各機関の研究者は危機感を覚えた。「ここ数日のバイタルメータでSpO2の数値がやけに低い。正常の範囲、正常に近いが低めのデータが増えている」。米国発の感染症もあるのに、日本発の新規感染症の可能性を念頭に入れなければならないと議論が交わされた。


 米国発では、新感染症は、SARS-CoV-2の変異ではないかと思われた。しかし、殆どの患者からはSARS-CoV-2は検出されなかったが、一部の患者の喉頭からは変異株が検出された。はたしてこの変異株が原因なのか、依然判断はつかなかったが、可能性は高いとされた。


 この情報を受け、日本ではSARS-CoV-2の亜種として、対策が取られることになった。

 「まだ、日本には米国の感染症は本格的には入ってきていないようだ。しかし、COVID-19を思い出し、手洗い・3密回避・社会的隔離を厳にするように」と総理大臣が記者会見で呼びかけた。


 日本社会の反応は迅速だった。病院ではマスク・フェイスガード・ガウン・手ぶくろ・消毒薬の在庫を確認し、発熱外来・感染症病棟設置の準備、各種マニュアル・手順の確認が行われた。卸業者や製造業者には非常時の在庫確認・確保の問い合わせが相次いだ。

 街中ではマスクと消毒薬は一般的だったが、更に在庫が積まれ、医療用一般用どちらも生産体制が強化された。いずれくる可能性のある"Stay HOME"のために各産業ともに在庫を増やし、配送スタッフが急募された。配送補助ロボットがあるとはいえ、届けるのは人の役割だった。


 動画サイトでは、金髪でサングラスをかけた、金のジャケットのおじさまが「密です!」「密です!」「密です!」と、人混みをかき分け、ジャケットの前を開いて「…3密です!」という動画が人気を集めた。

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