予兆

 真紀は制服に着替え、朝ごはんを食べようとしていた。


 今では「狭くて換気の悪い空間は、気分的にも衛生的にも悪」「仕事やプライベートのためにも、部屋数は必要だし、住む家はある程度の広さがなければ」「家具や調度品や設備も使いやすく、衛生を保ちやすく」と、SARS-CoV-2の前の日本社会の一般常識は過去のものになりつつあった。


 広く合理的なテーブルに座り、箸を手に取り、お味噌汁に口をつけたときだった。離れた向かい側で、ヴァーチャルスクリーンに時折目を落としニュースをザッピングしていると思しきパパが「ん?」と妙な声を上げたような気がした。


 「なに?なにかあったの?」

 「うん?……いや……いや、これは絶対あまり話すんじゃないぞ」

 「うん。なに?」

 「これはたぶん……アメリカの……カリフォルニアの中国系英字メディアだと思うんだが」

 「まって情報量多い。」

 「今のはとりあえず置いといて。」

 「置いといて」

 「ルイジアナで妙な病気があって、複数の人が亡くなっているらしい」

 「それで?怖い話?どんな病気だっていうの」

 「いや……それしか書いていないんだ。他のメディアは……うん、他のメディアは報じてないし、SNSでも全然話題になってない。」

 「じゃそれデマでしょ。」

 「お父さんもそう思うんだが……これお父さんの勘違いかもしれないんだけど、SARSのときも、COVID-19のときも、当局の発表や大手メディアで話題になる前に、名前も知らないようなメディアがこんなふうに話題にしていたんだ。

 でも、真紀のいうとおり、怪しい話だしな、だから気にしない方がいい。誰にもいうなよ。」

 「わかった。」


 そのまま何事もなく食事を終え、歯を磨き、身嗜みをチェックして、学校へ向かったのだった。

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