使い捨てられる者


 帝国兵達との戦闘が始まって大分時間が経つ。

 敵の戦力は粗方片付いたのだが、それ以上に厄介な存在を感じ取って舌打ちをする。


 頭を痛めている要因は、この大地に封印されているという邪神の存在だ。

 その存在自体は二年前の出来事と、最近になって頻繁に報告されていた邪教団やその教徒達を追う上で聞かされては居たが……


「まっさか帝国兵を直接吸収してくるとはなぁ……」


 よりにもよって倒した帝国兵を自身の糧として吸収するとは思いもよらなかった。

 これでは何のために教団のアジトを虱潰しにしたのか分からなくなるが、なってしまったものは仕方が無い。


 異変に気付いた後、直ぐに王国へと伝達を飛ばしてはいるが応援が間に合うかは微妙な所だ。

 何より間に合ったとして対処出来るかも分からない。


(数合わせでも王国騎士団の奴らが居た方が良かったか?)


 眼を瞑って数時間前の自分の判断を思い返す。

 王国騎士団は自分達よりも遥かに練度に差があるとはいえ、最低限の実力は持ち合わせている。

 数にものを言わせればあるいは―――と、そこまで考えて首を横に振る。


「無い物ねだりをしても仕方が無い。とにかく全員をここに集めるか、《幼木の指針》」


 過去の判断をあれこれ思い返しても解決には至らない。小さく呪文を呟き、この山に散らばっているマリナとその生徒達へと魔法を飛ばす。

 対応するにも一ヵ所に集まっていた方が都合が良いだろう。


 自身の座標を指し示すこの魔法であれば、全員を効率的に一ヵ所に纏められる。

 もちろん自分が動けば指針もぶれるので全員が集まるまでは大きく動けない訳だが。


 魔法を発動し終えたタイミングを狙って一つの人影がこちらに向かって迫る。


「不意打ちとはステキな事をしてくれるじゃ無いか、えぇ?」


 その人影に向かって剣を振り抜く。

 無詠唱で魔法を纏わせたその一閃は振り抜いた方角の木々を全て薙ぎ払っていた。


「……いつから分かって居た?」

「いつからも何も、魔力探知なんぞ魔導士の基本だと思うんだが……お前は魔導士って訳じゃなさそうだな」


 先程の一閃を避けたであろう男は、如何にも拳闘士であろう風貌をしている。

 加えて感知できる魔力量がそこまで多くない。生粋の魔導士、と言う訳では無いだろう。


「如何にも、俺は魔法なんぞに興味はない。武器はこの身一つで良い」


 練り上げられた肉体と闘気。

 それを見るだけでこの男が厳しい鍛錬を積んで来た事が分かる。


「だが、強い人間には興味があってな」


 おっと、面倒くさそうな方向に話が転がり始めたぞ。


「故あって国に使い潰される様な真似をされている訳だが……お前の様な強者と戦って果てるのもまた一興、か」

「使い潰される……?」


 どうやら男は戦う気のようだが、話の中に引っかかる部分がある。

 もう少し聞き出しておきたい所だったが、その思考は振り抜かれた拳によって打ち切られる。

 思った通り武闘派なようで拳を躱せば回し蹴り、それを防げば距離を詰めての肘撃ち、それすら受け流せば後ろ回し蹴り。


 流れる様に攻撃を繰り出す姿はさながら舞踏の様だ。

 無駄なく効果的に攻撃を仕掛けて来る。


「やはり、お前は俺の望む強者足りえる存在だ」

「あぁそうかいそりゃどーも。だが生憎そっちのケは無いんでね。男に求められても嬉しかねーんだな、コレが」


 軽口を叩き合いながらも攻防は続く。

 男は序盤の勢いのままに怒涛の攻めを繰り返すが、別にどうという事は無い。

 男が鍛錬を積んでいるのは分かるが、それはこちら同じだ。

 形勢は徐々にこちらに傾きつつある。


「貰った」


 魔力を纏わせた刃を、男の命を刈り取らんと振り切る。

 攻撃を弾き返し体勢が崩れた所に放った一撃。確実に男の首を跳ね飛ばすだろうと思われたその一撃は、しかし寸前で弾かれてしまった。


「……!!」


 あの一瞬、目の前の男は確実に迎撃できるような体勢では無かった。

 それなのに己の剣を弾いて見せたのは、人間の身体の限界を無理矢理超えた動きをしたからだ。


「う、ぐ……。コレに頼らざるを得なくなるとはな……」


 魔力による身体強化とは違う。

 察するに魔術付与エンチャントされた装備による外部からの限界を超えた強制的な過剰強化。

 その代償からか男は額に脂汗を浮かべている。恐らく男の場合は少ない魔力の代わりに生命力を使って魔道具を起動しているのだろう。

 只でさえ肉体を無理矢理強化しているのに生命力まで削っているとなると、その反動は尋常な物では無い。


 まさか帝国がこんなものを発明しているとは……。


「なるほど、試作品の実験体にでもされているのか」

「まぁそんな所だな」


 となると魔道具の性能や反動の調査やらの為の遠視魔術や、視覚共有の魔術を掛けられた小型の魔物やらで監視されている可能性もあるか。

 情報が漏れるのは痛いが、そんな事に構っている場合では無いな。


「【聖煌術・断罪剣ジャッジメント】」


 聖煌騎士の基本技である聖煌術。

 純粋な魔力による強化だけでなく、武器そのものと自身の魔力を同調させる技術である『魔力増幅エンハンス』を用いたこの術は、そうそう簡単に使えるものでは無いとは言え他国に知られるには多少のリスクがある。


 とはいえ遅かれ早かれバレる代物だ。

 いま知られた所で大きな問題ではない。それ以上に厄介な存在が既に目を覚まそうとしているのだから、ここで無駄な時間を取るよりかは良いだろう。


 極光を放つその剣は美しい軌跡を描き、男の身体を切り裂く。

 同じ技だというのにマリナとは桁違いの精度と速度で放たれたその一撃は、男が反応する事すら許す事は無かった。


「見事な……技……だ」


 反応すら出来ずに切り裂かれたというのに、男は安堵したかのような顔を浮かべながら称賛の言葉を口にする。

 男がそのまま地に伏せると瞬く間に大地がその体を飲み込み、後には何も残る事は無かった。


「クソ。帝国もここの邪神とやらも胸糞悪ィことばっかしやがって」


 その光景を見て悪態をつく。

 非人道的な兵器を開発し始めた帝国も、息絶えた者達を自身の糧としか見ていない邪神も、己の中では等しく唾棄すべき悪であった。


「っと……そうこうしてる内に集まって来たか」


 戦いの前に発動させていた魔法でマリナとその生徒達はしっかりとこちらに近づきつつあった。

 あと数分もしない内に全員がこちらに辿り着くだろう。

 そのあとはどうにかして邪神の復活を阻止しなければならない訳だが……


「ここからどうするかね……」


 生憎、対策らしきものは浮かんでこない。

 そもそも自分達はあまりにも邪神に無知だ。

 実際に相対したというリノやナディアの方がより奴らの脅威を理解しているだろう。

 自分に出来るのは、その場の最善を尽くす事のみだ。


 そう考え、魔石を取り出して地面に魔法陣を刻み始める。


「ま、やるだけやりますかね」


 そうして諦めにも似た心境ではあるものの、自分が出来る事を行いながらこの場に全員が集うのを待つのだった。

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転生して目覚めたら邪神の生贄にされてるんですが ジュレポンズ @ueponnzu

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