第二席の男


 俺達が山の麓に辿り着くと、数人の騎士たちが集まっていた。


「お待ちしておりました王子」

「あ、あぁ。ご苦労だった」


 王子と呼ばれてアスタリオンが動揺している。

 本人は隠してるつもりだったんだろうが、普通に知ってたぞ。


 他の特級クラスの面々はレーヴェとナディア以外貴族やそれに類する家の生まれなので、アスタが王族って事は知ってて黙ってたんだろうな。


「状況はどうだ?」

「はい。帝国の軍はこちらとは逆の山麓で休息中です」


 クトゥグァを封印したこの山は、異常な速度で再生した木々が茂り、俺が植物魔法で木々を退かさなければ馬車なんて通る事が出来なかった。


「この木々の密度を考えると、大軍を動かすのは難しいと思うけどな……」

「だからこそだろう。これほどの密度の森を進軍してくるとは、実際考えられなかった。帝国の奇襲が成功すれば王国は先手を取られ、負けはせずとも確実に大打撃を負わされていただろう」


 俺の呟きにウィルバートが答える。


「信徒の拠点捜索のために索敵が得意な魔導士を派遣していたのがこんな形で役に立つとはな」


 アスタ曰く、あと数日発見が遅れていたら取り返しのつかない所まで攻め入られてたそうだ。

 素直に喜んでいいのか微妙な所だが、王国にとっての脅威を事前に察知して防止出来たのなら結果オーライだろうな。


「さて、【聖煌騎士団ディヴァインナイツ】から派遣される二人もそろそろ到着する頃合いだが?」


 アルメダがそう口にすると同時に、俺達が通って来た道の方角から馬が駆ける足音がする。

 二頭の馬と共に一人は重厚な鎧を、もう一人は必要最低限の防具のみを身に着けた二人の騎士が颯爽と降り立った。


「みんな、お待たせしました。全員そろ……って無いですね。ルーカス君はどうしました?」

「大方ビビッて逃げ出したんだろ。ああ言うガキはそんなもんだ」


 マリナ先生の疑問を隣の男騎士がぶった切る。

 無精髭を生やし飄々とした態度のその騎士は、全身装備のマリナ先生とは対照的に肘や膝、肩や胸などの必要な部位以外の装備が無い様子だ。


「……まぁ居ない奴の話をしても意味が無い。俺は【聖煌騎士団ディヴァインナイツ】所属のヴェントだ。よろしくな」

「では私も改めて。【聖煌騎士団ディヴァインナイツ】所属、みんなのマリナ先生ですよ~」


 マリナ先生の自己紹介を聞いたヴェントの頬が若干引きつっている。


「お前、そんなキャラだったか? 流石にキツイだろ、もうあんたもオバ……」


 そのヴェントの首に高速で剣が付きつけられる。


「おば? 何ですか?」

「お、おバカな真似はやめろって意味だよ。騎士としての威厳が無くなるだろうが……」


 苦しい言い訳をするヴェントと、笑顔で剣を向けるマリナ先生。


「あの、二人共もう良いですか?」


 流石に場の空気に耐えられなくなったのか、アスタが声を掛ける。


「あら、ごめんなさい。これから戦地に赴く貴方達の緊張を解そうと思って、ね?」

「そ、そうだな。そう言う事だ」


 絶対嘘だろ。目が笑って無かったぞ。

 だがそれを突っ込んだら話が進まなくなるな。


「二人以外にも王国騎士団の方に協力を要請しましたので、直に応援がやってくると思います。戦力が整い次第、こちらも迎撃を―――」

「いや、必要ない」


 アスタの言葉を遮ってヴェントが答える。


「必要ない? それはどう言う意味でしょうか?」

「そのままの意味だ。奴らの練度じゃ無駄死にさせるだけだ。それにそいつらの到着を待っている様じゃ折角の好機を逃す。奴らを追い払う程度なら、俺達とお前達で出来る」


 まさか、帝国の軍隊を俺達だけで?

 他の面子も同じ疑問を感じたのだろう。


「その……本気ですか?」

「本気だ」


 珍しく不安な顔をしたエルモに対して、ヴェントはさも当然の様に言い放つ。


「お前達の実力はマリナから聞いてる。お前達ほどの実力があれば、俺達二人だけでどうとでもなると上は判断し、その判断に俺も異論はない」

「大丈夫ですよ。万が一の時には先生と彼だけで片付けますし」


 それだけ俺達の実力が買われているのだろう。

 不安だが、やるしかないか。


「で、帝国の奴らは今どうなんだって?」

「帝国軍はこちらと真逆の山麓で休息中です」

「なるほど。丁度良い、お前達は王都に戻れ。あとは俺達とこいつらで片付ける」

「了解しました。ご武運を」


 ヴェントはこの場に集まっていた僅かな騎士と魔導士たちを王都に返す。


「よしお前達、奴らが動いていない今が仕掛けるのに都合が良い。俺とマリナが初撃で奴らの二割をぶっ飛ばす。お前達は最低三人以上で固まって動け。正面切っての戦闘は避けて、木々の合間を縫って敵を撹乱させることだけを考えろ。状況が悪化したら離脱しても構わん」


 ヴェントは俺達に向けて指示を飛ばす。

 流石に人数に差がありすぎるので、一人一人囲まれたり不意打ちでやられるのを避ける為に複数人でチームを組んで行動させるようだ。


 ……出来れば早く終わらせたいな。




 ◇ ◇ ◇




「もうすぐ王国の南端に着くな」

「奴ら、自分たちが攻め入られるなんて思っても居ないだろうさ」


 夜の森に、帝国兵達の下品な笑い声が響く。

 自分たちの存在が気付かれているとは思いもよらない彼らは、既に勝った気分に浸ってしまっているようだ。


「休戦状態だと言うのを良い事に軍備を疎かにするからこうなるんだ」

「ホントホント。きっと頭がお花畑になってるにちげぇねえ」

「ガハハ!! 隊長、あんたもそう思いませんか?」


 煩く笑い声をあげる兵達と違い、隊長と呼ばれた男は静かに瞑想をしている。


「……お前達、少し静かにしろ」

「えー、釣れない事言わんでくださいよ」


 注意を促しても静かにする様子の無い兵達に、男は静かに苛立つ。


「全く……。勝つ為とはいえ、こんな奇襲作戦を仕掛けねばならないとは。兵にも緊張と言う物がない。これでは何かあった時に対応が―――っ!?」


 愚痴を零していた男だったがその瞬間、途轍もない速度で何かがこちらに接近してくる気配を察する。

 男はたるんだ雰囲気の兵達に向けて、大声で指示を飛ばす。


「総員、戦闘準備!!」

「え? 何を―――がっ……」


 だがその指示はあまりにも遅すぎた。

 彼方から飛来した無数の矢が、帝国兵達の脳天を次々に貫いていく。

 男の方にも幾本もの矢が襲い掛かって来たが、事前にその気配を察していた男は難なくその矢を圧し折って行く。


「超遠距離からの魔法矢による狙撃……。退屈な作戦になるかと思ったが、かなりの使い手がやって来た様じゃ無いか、ええ?」


 強敵の気配を感じ取り、先程までの退屈そうな表情が嘘の様に一変する。


「お前達!! どうやら敵はこちらの存在に感づいた様だ。今すぐ用意を整え俺に続け!! さもなくば貴様ら全員犬死にだ!!」


 そして男は今の惨劇に怖気づいている帝国兵を一喝し、立ち上がる。

 帝国兵達も先程のたるんでいた気配が嘘の様に素早く準備を整え始める。


 そこへ、先程の高速攻撃がまたもや飛来する。


「ぬん!!」


 だが、高速で飛来した魔法矢は全て男が振り抜いた拳の一撃によって撃ち落とされた。


「ははは!! 良いぞ、昂って来たじゃないか。やはり戦はこうでなくてはなぁ!!」


 部下が死んだにも関わらず、男は興奮を隠す様子もなく笑って見せる。

 この一撃をもって、エーデリオン王国とコルヴァス帝国の開戦の火蓋が切られたのだった。

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