失踪
行き止まりだと思って居た場所から、フサッグが現れた。
奴と出くわす前に戻ろうと思っていたが、しくじった。どうする……?
この裏路地は狭いが、騒ぎを起こせば住人に気付かれるだろう。
関係ない人々が巻き込まれる事は避けたい。
「……そこに居るのは誰です?」
奴がこちらに向かって問いかける。
俺は奴に見える様に魔法を構えながら身を出す。
「やはり貴方でしたか……約二年ぶりですね?」
「黙れ。ここで何をしてるかは知らないが、大方碌でもない事でもしようとしてるんだろう?」
「碌でも無いとは失礼な……。封印されてしまったあの方を目覚めさせるために、私は身を粉にして働いているのですよ?」
案の定碌でも無い事じゃ無いか。
にしても、これでナイアルラトホテップの情報は確信に代わってしまったな。
どうやら彼は本当に嘘は言って居なかったようだ。
「それで、今構えている魔法を私に放つおつもりで? 私は一向に構いませんが、下手をすれば辺りの住人を巻き込みますよ?」
「相変わらず無駄に冷静だな」
ほんと、もっとあからさまに狂ってくれてれば、付け入る隙なんて幾らでもあると言うのに。
だが俺はいま魔法を放つつもりはない。これはあくまで囮だ。
「はっ!!」
奴の上から、剣を持ったイデアが斬りかかる。
イデアの剣は奴の体を縦に真っ二つにした……はずだったが―――
「ちっ、本体じゃないってのか」
斬られた奴の身体は、ゆらゆらと揺らいでまた繋がった。
以前の奴の再生とは様子が違うようだ。肉体を持っていない身体。
それでいて自立して動けるとか、また厄介な能力を持ちやがって。
「私が本体であってもこの程度は造作も無いのですがね」
「なっ、熱っ!?」
ジュッ……
「お前……イデアを離せ!!」
身体が繋がった分身は、そのままイデアの腕を掴む。
クトゥグァの権能故か掴まれたイデアの腕から焼けるような音がした。
不味い。そう思って俺が構えていた魔法を奴の腕目掛けて放つ、その瞬間―――
「イデアを離して」
突風の刃が、イデアを掴んでいる腕を断ち切った。
「ナディア!? それにレーヴェも」
「父さんが嫌な予感がするって伝えて来たから、そしたらこうなってた」
「イデアちゃん、リノ君!! 大丈夫ですか!?」
「俺は大丈夫だ、イデアを治療して欲しい」
俺は駆けつけて来たレーヴェにイデアを任せる。
「おやおや、これはこれは」
何やら奴の分身はレーヴェを見てにやけている。
「何のつもりだ」
「いえ、別に。それにしても騒がしくなってしまいましたね」
先程俺が叫んだ声が聞こえたのか、近くの住人達の声が聞こえ始めた。
「色々と面倒ですし、私はこれにて失礼……」
その声を聞き付けた分身は、即座に姿を消す。
先程まで魔力で隠蔽していた何処かへの入り口は、奴によって完全に塞がれてしまった様だ。
場所がバレてしまった以上使い物にならないと判断したのだろう。
「クソッ、逃げ足は馬鹿みたいに速いな……。イデア、腕の火傷は大丈夫か?」
「ええ。レーヴェさんに治療して頂いたお陰で」
どうやらイデアの腕もそこまで重症では無かったようだ。
「それにしても、あの人物は一体誰なんですか? 姿を見るなり貴方が戦闘態勢に入るほどなんですから、余程の理由があるのでしょう?」
「あー、それはその……」
チラリ、とナディアの方を見るとコクリと頷く。
流石にここまで関わってしまった以上、事情は説明して置いた方が良いのだろう。
俺は話せる限りの情報をイデアに話した。
「そんな事が……」
イデアは驚いた表情をする。
「レーヴェさんは知っていたのですか?」
「うん」
レーヴェにはだいぶ前から、それこそ村に居た頃から既に話していた。
彼女は俺達の境遇を知っていて尚、俺達が自分から話さない限りはその事を話題にはしなかった。
「でも、クトゥグァを復活させようとしているなんて知りませんでした」
「ごめん。出来ればみんなを巻き込みたくないって思ってたんだけど」
「別に構いませんわ。どの道その邪神が復活すれば、無関係ではいられないのでしょう?」
「リノ、一人で抱え込もうとするのは悪い癖」
うっ、ナディアに指摘されてしまった……。
「……気を付けるよ」
ナイアルラトホテップの情報が正しかった以上、クラスの皆やアルフにも全面的に協力して貰った方が良いか……。
「って、不味い!! 門限過ぎてる!?」
「あ……そういえば」
うっかりしていた。
もう辺りは真っ暗になってしまっている。
これは確実に寮監の人に説教喰らうのは確実だ。
「今日はとにかく帰ろう。三人とも気をつけてな」
「それ貴方が言えることなんですか? 貴方が一番気を付けるべきだと思いますよ」
滅相もございません。
迂闊に一人で行動するのは悪手だと今回で身に染みた。
その後俺達は寮に帰ったが、案の定門限を過ぎた事で寮監の人にこってり怒られてしまった。
◇ ◇ ◇
「ふむ、まさかあの者達の傍に極上の贄が居るとは……これは好都合。やはり世界は我が神の物になるべきと言う啓示であらせましょう」
暗がりの中で不敵な笑みを浮かべる者が一人。
辺りには供物とされたのか、魔力を抜き取られ、生気さえも奪われた人の死骸が幾つも積み重なっている。
「さて、分身を通じて剣の娘に呪詛を施しましたが……。あの者も中々上質な贄になりそうですね。使い潰すだけでは惜しいですし、纏めて供物にして差し上げましょうか。フフフ、ハハハハハ!!」
ブツブツと呟いていた男は、突然高笑いを始める。
暗がりの中は、ただその者の笑い声が響いていくのみだった。
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