第33話 激突!! VS邪魔者
そんな複合型アミューズメントパークを出る時になって、聖奈がトイレに行きたがったので、俺は出入り口のある一階まで先に降りていることにした。
トイレの側で待っていられるのは嫌だろうしな。
スマホをいじって待っていたのだが、聖奈はなかなか来なかった。
女子のトイレ事情に深入りするのはマナー違反に思えたのだが、あんな見た目でも聖奈は小学生だ。悪い大人にほいほいついていってハイエースされる可能性もある。
流石に心配した俺は、様子を見に行くことにした。
聖奈は失踪したわけでも連れ去られたわけでもなく、その姿はすぐに見つかった。
けれど、危機的状況の最中にあった。
聖奈はやたらとガタイのいい連中に囲まれていた。
山脈のように並んでいる男たちの隙間から、どうにか聖奈の姿が見える。
どうも、男たちに言い寄られているらしい。連中は聖奈が小学生だとは思っていないのだろう。この場からでは話し声までは聞こえないけれど、かなり強い圧で迫られているようだった。
聖奈は見た目ほど中身まで成長していないし泣き虫だ。
思わぬ事態に遭遇して、泣き出しそうになっている。
相手は俺よりもずっと体が大きくて、しかも大人数。
俺は見た目通り力が弱くて、今までケンカだってしたことがない。
止めに入ったところで、身を守る手段がない。
だが、もちろんここで逃げ出すわけにはいかなかった。
「聖奈!」
俺は、男たちの間をかき分けて、聖奈をかばうように立ちはだかった。
「丘崎さん!」
聖奈はまるでヒーローが現れたような声を上げた。声には震えがあって、本当に泣き出す寸前だったらしい。ともかく、大事に至る前に見つけられてよかった。
決死の覚悟で取った行動だったけれど。
聖奈に絡んでいたのが誰かわかった途端に、全身から急激に緊張と恐怖が抜けていった。
だって、聖奈を囲んでいたそいつらは。
この場で初めて見た顔じゃなかったから。
「馬鹿なッ……! レ、レイちゃん!?」
聖奈を囲んでいたのは、不本意ながら俺のクラスメイトである、巌田を始めとした、チーム・ガチムチの面々だった。
それにしても、巌田たちと葉月とで俺への呼び名が同じというのはどうにかならんかったのか。葉月に言われるならともかく、こいつらから親しく愛称呼びなんてやめてほしいものである。今更だけどさ。
「どうしてレイちゃんがここにッ!?」
「さては、我らの祈りが通じてッ!?」
「これぞ運命! まさか我らがレイちゃんからギャクナンされる日が来ようとはッ!」
ガチムチーズが次々に驚愕だか歓喜だかの気色悪い声を上げる。声が野太くて、デカイ。なんて暑苦しい絵面なんだ。周りのお客に迷惑だからやめろ。それとここで出会ったのは運命でも逆ナンでもないからキモいこと言うのは金輪際やめろ。ていうか俺、男。逆ってなんなの、逆って。
「ウム! これぞ、我らが日々弛まぬ鍛錬を続けたご褒美!」
巌田が言う。
……お前らは、試合に勝つことを目的に練習してたんじゃねーの? スポーツマンシップを煩悩に乗っ取られやがって。
「……なにしてんの、お前ら?」
俺はうんざりした顔で、巌田たちを睨みつけた。
「よくぞ聞いてくれた! 鍛錬の骨休めをいい機会に、この際女人に慣れる訓練をしようと思い立ち……こうなった!」
それで聖奈に目をつけて取り囲んでいたってわけか。実は小学生とも知らずに。
「訓練の相手をしてくれるよう頼んでいたのだが……どうも上手く行かず、かえって怖がらせてしまったようだ。まさかレイちゃんの知人だとは知らなかった。すまぬな」
聖奈が怯えていることくらいは判断できる脳があるのか、巌田たちは頭を下げた。
「謝礼をする意思があると証明するために、こうして万札も用意していたのだが」
巌田はぴらっ、と数枚の諭吉を広げた。
「そら怖いわ」
強面の連中に突然金をちらつかせられて、『付き合え』と迫られれば、一体どんな闇社会のお仕事をさせられるのかと怯えるに決まっている。聖奈じゃなくたって、そうだ。
「……だが、レイちゃん、誤解するなよ?」
「誤解って、何を?」
「我らの本命はレイちゃんなのだから! 決して嫉妬せぬよう」
「するかよ」
ていうか『本命』て。
「お前ら、リアル女子とお話したかったんじゃねえの?」
性的指向変わっちゃってね?
目の前に極上の美少女がいるっていうのに、それでも男の俺にこだわるこいつらが心底怖くなった。こんなことなら、聖奈に絡んでいたのは俺とはまったく無関係な人間で、邪魔するなとばかりにぶん殴られた方がずっとマシだったかもしれない。別に、男が好きでもいいんだけどさ、俺は巌田のこと嫌いだから、やめてくれ。
「さっさとどっか行けよ。そのムキムキボディはここじゃドレスコードに引っかかるんだからな」
面倒くさくなった俺は、手でしっしと払って、聖奈を連れて逃げようとするのだけれど、目の前に築かれた肉の壁は崩壊する気配がない。
「ようし! この幸運を神に感謝し、これからレイちゃんと一緒に町に繰り出そう!」
「聞けよ」
どうも言葉だけじゃ通じないみたい。
こうなったら、仕方がない。
「聖奈」
俺は、隣にいる聖奈の肩に手を伸ばし、引き寄せる。
身長差のせいで、伸ばしすぎた腕がピキッってなったけど、今は気にしていられない。
「あわわ、丘崎さん?」
聖奈の方からはともかく、俺の方から聖奈に密着したことはなかった。戸惑いは強いであろう聖奈を横目に、俺は巌田に向かって。
「今は、どっかよそに行ってくれねえかなぁ。見ての通りデート中だから……」
巌田たちが相手とはいえ、クラスメイトに女子と一緒にいるところを見られるのは恥ずかしいものがあったので、俺はどういうわけか目を伏せてしまう。
「バ、バカな……!」
目の前で、巌田が膝から崩れ落ちた。こいつ、泣いてやがる。なんて汚え涙なんだ……。
「レイちゃんが照れている! 美しき女人とデートなどという不慣れなことをしているところをクラスメイトの我らに目撃され、恥ずかしくて真っ赤に照れている!」
「うるさい黙れ今すぐ忘れろ」
変なところで察しがいいのが腹立つ。
勝手に盛り上がって人の話を聞こうとしない巌田たちを追い払うにはどうすれば、と考えていた時だ。
巌田が急に神妙な顔つきになった。
「……しかし、レイちゃんが女人とそうしていると、さしものレイちゃんといえど、立派な男子に見えてしまうから不思議なものだ」
巌田の周りにいる連中も、左様、とばかりに頷いている。
「……え、マジで?」
俺を女子枠に含める屈辱を味わわせてきたこいつらから、男子に見える、と言われて、俺は黙っていることも罵声を浴びせることもできなかった。
そうか、俺は、女子と一緒にいれば多少は男らしく見えるのか。
新発見だ。
まあリアル女子と並び立っていれば、フェイク女子なんてすぐにわかってしまうものか。だから俺はリアルだろうとフェイクだろうと女子じゃない。
巌田たちは、くるりと背中を向ける。
「今日のところは退こう。その女人がレイちゃんの彼女なら手出しはできぬし、今のレイちゃんが男子にしか見えない以上、我らがここにいる意味はない」
男子にしか見えないっていうか、男子以外の何者でもないんだが。
「とはいえ提案なのだが、レイちゃんのデートの安全を確保するため、我らが守護してみせようか?」
「いや、いい」
どうせメイウェザーとSP軍団みたいになって滑稽になるだけだから。
「フム、そうか……。アイル・ビー・バック。また学校で会おう」
「はよ帰れ」
巌田一味は俺たちに背中を向けて、どこかへ消えていった。そのまま永久に消えてくれるとありがたいんだが、残念ながら明日には顔を合わせることになる。
「あいつら、なんだったんだ?」
俺は、歩く山脈のような背中を呆然と見送るのだが。
「丘崎しゃん……!」
涙目の聖奈が飛びついてきた。俺の胸に顔面をぐりぐり押し当ててくる。
「ごわがっだっず! ぢょうごわがったんでずけどぉ~!」
「そりゃあな、怖かっただろうな」
俺は聖奈の頭をなでてよしよしした。
あいつら、見た目のインパクトだけはあるからな。その代わり気は弱いから聖奈が一睨みすれば蜘蛛の子を散らすように退散しただろうけど。
「ずびぃぃ!」
「俺の服で鼻をかむもうとするな」
鼻孔から不穏な音を出した聖奈の額を押し、俺はポッケから取り出したポケットティッシュを手渡した。
「ありがとうございます、丘崎さん……はいこれ」
「ゴミの処理は自分でやれよ……」
「えっ?」
ナチュラルに俺に使用済みティッシュを渡そうとした聖奈は、こいつなに言ってるんだ? という顔をしていた。
「聖奈は5年3組のカリスマですよ? このゴミですら、すっごく価値があるもので」
「俺は他人のゴミを欲しがる変態じゃないしやくみつるでもない」
「助けてくれたお礼なんですケド……」
「礼なんていらんけど、するならもっとちゃんとしたものにしてくれ」
「ええっ! 丘崎さん、それは聖奈的にはまだちょっと早すぎます! ちょっとだけ!」
聖奈は両手の頬に当てて顔を赤くし、いわゆるメスの顔をしていた。
嫌な予感しかしない。
俺は聖奈がとんでもないことを言い出す前に、さっさと人がいーっぱいいるところまで連れ出すことにした。
どうも聖奈は落ち込みやすいわりに、図に乗りやすいところがあるらしい。
まあ、大巨人だなんだと自虐されるよりはずっといいんだが。
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