やたら懐いてくる女子小学生が俺よりデカい
佐波彗
本編
プロローグ
人を見た目で判断するな。
なんていつも思っているのに、とある建物の壁を背にした俺は、自分の顔にスマホのカメラを向け、見た目を気にしていた。
どれだけ見つめようが変わりようのない顔を一通り確認し終え、自動ドアをくぐり抜ける。
快適な冷気で満たされたその場所は、地元の市立図書館だ。
たいして勉強熱心じゃない俺が、放課後にここへ直行したのは、会わないといけないヤツがいるからだ。
べつに、相手はたいしたヤツじゃない。
特徴を列挙すればこんな感じ。
長く伸びた黒髪は艷やかかつなめらかで、指先で触れたら溶けそうなくらいやわらかい。
きめ細やかな肌は、どんな悪事を働こうとも潔白を勝ち取れそうなくらい白い。
ぱっちりとした目には、純粋さを主張するような澄んだ瞳がある。
そんな整った顔立ちをしているくせに、ほぼノーメイクだっていうのだから、人間から生まれてきたんじゃなくて空から降ってきたんじゃないかと疑いたくなるくらい規格外の存在だった。
そんな、連れて歩いていたら全男子から嫉妬と羨望の眼差しを浴びてしまいそうな美少女を待たせている。
だからといって、楽しみでもなんでもない。
俺はそいつのことなんて、ちっとも好きじゃないのだから。
いつもの席に、そいつ――富士田聖奈(ふじたせな)は、いた。
図書館の隅。晴れの日に開放される、テラス席のすぐそばの席だ。
「あっ、丘崎さん! こっちですよ~、こっち!」
こちらに気づいた聖奈が立ち上がり、右から左へ、腕をブンブン振る。
まるで飼い主を前にした忠犬みたいだ。尻尾を振り回しまくっている姿を幻視してしまう。
俺は手の仕草だけで、座れ、と促す。
それにここは図書館だ。うるさくするな。
ただでさえお前は、立っているだけで目立ちまくるのだから。
その理由は、見た目がいいから、ってだけじゃない。
聖奈はとにかく、背が高かった。
160センチを自称しているが……違いなくウソだ。もっとある。
なにせ俺と並んだ時明らかに――
……いや、べつにそんなことどうでもいいんだ。
「あれ? どうしてそっち側行っちゃうんですか?」
俺が聖奈の向かいの席に腰掛けようとすると、聖奈のヤツはテーブルを回り込んで隣の席に尻を滑り込ませやがった。
してやったりなニッコリ顔。
背丈のわりに幼い顔立ちが、いっそう幼くなった。
俺は深いため息を吐き出す。
聖奈のヤツ、俺に近づきすぎるとどうなるのか、まだ理解していないらしい。
「聖奈、まだわからないのか?」
せっかく聖奈のために「配慮」してやったのに。
聖奈は、わかってます、なんて顔をするのだが、間違いなく俺の意図は伝わっていない。
「でもでも、丘崎さん、今日はわたしに勉強教えてくれるんですよね? だったら、隣の方が教えやすいかなって思って……」
聖奈は、見捨てられそうな子犬みたいなうるうるな瞳を向けてくる。
どこまでも澄んだ瞳は、まるで悪を糾弾する真実の鏡のようだ。
俺自身に多大な非があるような気がしてきた。
……別に聖奈のことは好きでもなんでもないのだが、いじめる気もない。
聖奈にすぐ隣に来られるのが嫌なのは、身長だけじゃなくて胸も大きく膨らんでいる上に、やたらといい匂いを漂わせるこいつにドキッとしてしまうのが悔しいから、ってこともある。
うん。俺の問題でもあったな、これは。
あまり子供じみた真似をするのはやめよう。
俺は、可憐な見た目に似合わず強情なところがある聖奈なんかより、ずっと「大人」なのだから。
「……わかったよ、お前がそうしたいなら、そうする」
なんて、譲歩しようとした時だった。
聖奈は、ずいっ、と顔だけ近づけてくる。
瞳は相変わらず潤沢な水分で湿ったままだ。
「お前じゃなくて、聖奈です」
「はい?」
「せ・な、です~」
よほど『お前』呼ばわりが嫌なのだろう。
鼻息荒い聖奈は、椅子に膝小僧を突き刺して、ますますこちらに身を乗り出してくる。
「はいはい、聖奈ね、聖なるの『聖』に、東京ばな◯の『奈』で、聖奈ね、はいはい」
聖奈には妙な迫力があって、俺はついつい根負けしてしまう。
姿勢のせいで胸が重力に思い切り敗けていたので、さっさと座らせたかった。
「うふふ、ありがとうございます。わたし、丘崎さんから名前で呼ばれるの、すごく好きなんです」
「そのわりには、『お前』呼びした時の迫力すごいよな」
「気のせいですよぉ。さあさあ勉強会始めちゃいましょうよ」
結局、聖奈とは隣り合うかたちで勉強会が始まってしまった。
聖奈のヤツは俺より圧倒的に学力で劣る。
聖奈のレベルに合わせて適切な解法を教えてやると。
「すごーい、丘崎さんってやっぱり頭いいんですね!」
なんて無邪気に喜ぶ。
「これくらい、授業聞いてればすぐできるだろ」
「先生が丘崎さんだからですよー。教え方が上手なんです」
相手が誰であろうと、褒められれば悪い気はしない。
しかも、先生、ときたもんだ。
俺はちょっといい気になり。
聖奈の頭に手を伸ばそうとして……やめた。
甘やかすとつけあがるだけだ。
ただでさえ最近こいつは、やたらと俺との距離が近いのだから。
近づきすぎれば、マズいことが起こってしまう。
「やっぱやめた」
「えぇ~? そんなぁ、なでなでしてくれるんじゃなかったんですか?」
「自分でやれ」
「それじゃ意味ないですよー! ……でも丘崎さんがそう言うのなら」
不平を言いながらも、聖奈は自分で自分の頭をなでた。
「……えへ」
「なにちょっと満足そうな顔してんの……」
「せっかくなので、じっさいに丘崎さんになでられているところを想像してみたんです。そしたらなんと、超気持ちよかったんですよー」
聖奈は、えへえへにやにやしながら、自らの頭頂部をなでつつける。
しまった。これ、逆にとんでもなくいやらしいことを教えてしまったんじゃ……。
軽く罪悪感を覚える俺をよそに、聖奈は鞄の中から新たな教科書を取り出していた。
「じゃあ次はこれ教えて下さい!」
「何の教科?」
「算数です!」
「算数って懐かしい響きすぎんだろ。小学生かよ」
「えへ。小学生ですから! もう五年生ですよ!」
聖奈は得意そうな顔で、ふっふん! と生意気な鼻息を漏らす。
さて。
おわかりいただけただろうか?
この富士田聖奈は、見た目こそ高校生、いや、ひょっとしたら大学生でも通用しそうなのだが。
実年齢は、十一歳。
小学五年生なのである。
つまり、『見た目は大人、頭脳はこども』な逆コ◯ンくんなわけで。
リアル高校生の大人な俺が不用意に触れようものなら、犯罪扱いされかねない。
適度に距離を置こうとしているのは、そのせいだ。
すっぱりこの関係性を断ち切れないのは、この小五少女の境遇にちょっぴり同情してしまったせいである。
俺ももう高校一年生。
立派な大人だ。
大人として、歳不相応な部分は育っているくせに肝心なところは足りていないこの少女をきちんと導いてやらねばなるまい。
こうして勉強を教えているのだって、そんな親切心の一つ。
優秀な兄が愚かな妹の面倒を見る気分でいたのだが。
「――あらぁ。ボクぅ、勉強教えてもらってるの? 姉弟仲良くていいわねー」
通りがかりのおばさんに声をかけられてしまった時、明らかに流れが変わった。
「わたしたち姉弟じゃないですよー。丘崎さんは高校生ですから! こんなちっちゃいのに」
聖奈は、まるで押し込むかのように俺の頭頂部に触れる。
そう、恥ずかしながら俺は。
小学生女子の聖奈よりも、ずっとずっと背が低かった。
聖奈が『女子高生に見える女子小学生』なら、俺は、『小学生に見える高校生』だ。
……恥ずかしすぎて死にたくなる。
聖奈といるのは身長コンプレックスを刺激されて幾度となく苦痛を感じてしまうのだが、それでもこうして構ってしまうのには理由がある。
あれは確か、三週間くらい前のことだったな――
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