第236話 グワールの見解
街中での襲撃を退けた直後、イネちゃんは自分が攻撃に回れないことに思うところがありながらも周辺警戒をいつも以上に強くする。
謎の存在がイネちゃんたちの知らない異世界の魔法で生み出されるものだとすれば完全に独立した個体である可能性は低いし、そうでなくても強のものは明確な攻撃を行ってきた以上はそこに命令、指示が送られたのは確実で、近くにそれを行った者がいるわけだ。
とは言っても戦闘中に魔法で転移されてしまっている可能性は高いので今も居座っているとは限らないのだけどやらないよりは断然いいからね、今回もいなくなっていれば良し、いなければそれはそれで今敵対してきている異世界の基本戦略が散発的な奇襲で成り立っているということが判明するから無駄ではない。
「周辺警戒中だから皆、一般人とか監視していた連中の対応よろしく。リリアもこっちを手伝って」
「一般人は流石に逃げてると思うけど……」
「動けない……人も」
「介抱するのか?」
「いや、その人らには悪いけどこっちもその余裕はないよ。殺気とかそういうのが多すぎてこっちはちょっと難しい。リリアの方は?」
「……ダメ、今回の騒動を私たちがやったって思ってる人が多すぎてよくわかんない」
「となると動いた方がいいか……腰を抜かして座り込んでる人の介抱は現時点でこっちがやることではないけれど、通報くらいはしておこうか」
「なんだったらちょっと治癒魔法、かけておく?」
「周囲に目立たないようにならいいよ。ただ通報したら何が起きたか事情聴取されるリスクを鑑みて立ち去るからやるなら急いで」
「了解」
「非情っていうか冷たいというか……」
「いることがバレてるからって感情で動いたらそれはプロから外れるよ。最低限の死なないように処置した上で相手の顔を覚えておき後々政府がやらかさないように別ルートで圧力をかけれるようにしておくくらいしか今は無理だからね」
「今は……探すの、優先」
ヒロ君の言葉に反論したイネちゃんをロロさんがフォローしてくれた。
この辺は職業雇われか学生の素人考えの差ではあるかな、ヨシュアさんはどちらも認識してどちらの意見も尊重する形、リリアはそのフォローができるからヒロ君が孤立することはないけれど、小さなストレスが溜まる可能性はあるからそこの見極めを間違えないようにしないとかな。
「それに襲撃されたってことはあの存在を生み出せる奴が少なくともこっちの方角に存在しているってことでもあるからね。あれを放置してると民間人がそれこそ実験台になったりする可能性も否定できないから、目の前で確実に助け出せそうな人は当該機関に任せてこっちは根っこ断ち優先……っていうかまともに対応できるの数少ないメンバーな以上そこは順番を決めて行かないとだよ」
「……なんというか、わかりやすく説明出来るなら最初からやってくれよ」
「……それはごめん、イネちゃんの気が利かなかった」
ヒロ君って別に頭が悪いわけじゃないけど知識と経験が少ないのとそれに伴う形で察しが悪かったり想像力が不足していたりでそういったところでは頼りにできない。
ヨシュアさんも経験は少なかったけれど知識を吸収するのに積極的だし察しが良すぎると言っても問題ないレベルだから今まで気にすることがなかった部分でイネちゃんに成長できる部分を気づかせてくれるって意味ではヒロ君には結構勉強させてもらえてる。
「勇者、通信…………コードは2つ前の」
「2つ前って、結構だね」
あれこれ考えながら通報と周辺警戒をしていたイネちゃんにロロさんが唐突に通信コードを買えるように促してきた。
今までそういうことはなかったけれど、定期的に通信コードを変えることでイネちゃんたちの動きを察知される可能性を減らすってことをしていたのだけれど、2つ前とか結構傍受されててそんなに使っていた期間が長くないもの。
そんなコードを指定してくるのなら何かしらの意図があるか、外部がこっちに接触しようとしていることだろうし急いでコードを変更する。
<<すみません、昨夜の映像と今の戦闘の映像を見た私なりの見解をすぐにお伝えしたほうが良いかと思いましたので、最も繋がりやすいこのコードでの連絡にしてしまいました>>
変更したと同時にグワールから通信が入ってきた。
「うん?でも見解ってことは何かあるってことだよね、しかもこんな傍受されやすいコードを使ってまでってなればかなり重要な」
<<はい、とりあえず簡潔に結論から言いますが私のマッドスライム以上に厄介な性質を持ち合わせている可能性が高いと思います。むしろ意思を持ったミスリルと言った方が性質としては近いと思われます>>
「それは……相手が乗っ取りしてくるってこと?」
<<可能性は低くないかと。同時にマッドスライムのような耐性を兼ね備えているのは事実でしょう。元々金属ではない、それどころか物質ではないように思えましたので実質物理的な干渉は不可能と思った方がいい……というのはイネさんなら既にわかっているものかと思いますので、私としての現時点での対策をお伝えします。既に行っているだろう付与魔法での対策は私としても大変有効であることは認めますが、それ以外での対策もなければ広く使えませんからね>>
「うん、それでその対策って?」
<<熱による対策は現実的ではないのは承知の上ですが、気休め程度の効果は得られるでしょう。即席であれに対応する装備を作るのであれば電圧線による熱防御機構の付与が1番安価で現実的な方法の1つ>>
「それは効果って意味で現実的じゃないよ」
<<それは勿論。場当たり的な付け焼刃としては気休めになる程度でしょう。ならば我々後方支援として次にやるべきは確実性が見込める装備の開発と量産になりますので、既にそのプランと設計を作りはしたのですが実行の許諾のためにイネさんにも許可を頂きたいのです>>
「イネちゃんを通さなくても実行できるはずなのになんでイネちゃんに?」
<<イネさんの装備のいくつかを解析させてもらう前提だからです。最も開発量産は私ではなくアングロサンの工場で行うので私が悪用するかどうかに関しては……>>
「そこは心配してない。具体的に何を解析したいの」
<<ビームシールドの応用であるレーザーシールドです。アングロサンの科学技術を前提としますが不可能ではないでしょうからね。問題としては現時点のアングロサンの技術ではアグリメイトアームサイズの装備の量産では実現可能ですが小型化、つまり歩兵の携行防具としてはエネルギー効率や出力制御、熱量による空気破壊への対策が不十分ですからイネさんの装備を解析することで少なくとも出力制御に関してはある程度解決が見込めると考えています>>
「なる程、それなら止めることはないけれど実際のところ技術として応用できるのはむしろ空気破壊による爆発防止の方かな。エネルギー効率に関してはイネちゃんの勇者の力を前提としたものだから参考にならないと思う」
<<……いえ、むしろそちらが解決できなければ開発難航が確定でしたのでありがたい誤算ですね。エネルギー効率に関しては後から改良するだけですので切り札的に運用する前提であれば即時量産にこぎつけられるでしょう>>
「フォトンバッテリー何個犠牲にする前提の量産品になることやら……」
<<誰でも使える人サイズの物理無効な相手の対処が可能になるとなれば、さしたる問題でもないでしょう。それにアングロサンは一部の特殊部隊とはいえ既にレーザー銃を実用化していますからね、エネルギー効率に関しては生産効率を見直していく過程で解決すると思いますので>>
「見通しまでプランに盛り込んでるなら別にいいよ、やっちゃえ。後万が一の時はゴブリアントに装備させて運用することもイネちゃんとしては許可する。ヌーリエ教会側が許可するかは別問題だけど」
<<ありがとうございます。人が平穏に暮らせるために努力します>>
「そこはお互い。それじゃあグワールありがとう、こっちの今の動きで問題ないのがわかったから安心できた」
こちらの言葉を最後まで聞いていたのかはわからないけれど、ここで通信が切れた。
グワール側が切っただけではあるけれど、それだけグワールも急いでいるってことだからね。
「さて、それじゃあ……移動しようか、そろそろ救急車両がここに到着するタイミングだろうし」
「治癒魔法はかけておいたから、うん、行こう」
リリアが治癒魔法をかけていたためかヒロ君も納得しているような表情だったのでこのままイネちゃんたちは先に進むのであった。
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