甘き毒は巡り
私の、復讐は続く。拍子抜けするほどに、簡単に。
あの昼休みの日から、私は毎日のように彼女たちのグループで昼食をとるようになった。「果実酒」の副作用ともいうべきか、これまで関わりの無かったような女子たちからも何度か誘いがあったが、私にはそれを無碍にする必要すらなかった。
ミヒロたちのグループが、睨みを利かせているからだ。いじらしいとでも言うべきか、ミヒロは私を彼女の取り巻きに加えることに躍起になっている。
はたから見れば、その試みは成功しているように見えただろう。だが、私は彼女に決定的な確信を与えないように、彼女を徹底的に弄んだ。
頻繁に手を握ったり、肩と肩が触れ合うほどに近く座ったりと、女子どうしにしても過剰なスキンシップを繰り返す。目と目があえば、ゆっくりとほほ笑みかける。
ただそれだけで、甘い毒は彼女たちの脳髄をハイにする。本人にも理由さえわからないだろう渇望が胸を焦がす。手を伸ばせば、手に入ると錯覚する。
ミヒロだけではない。篠原アカリ、笹部ユウナ。それに、グループの取り巻きたち。今となっては、その全員が、私の興味を引こうとやっきになっている。
今となっては、全員が理解しているのだろう。手にすれば無上の幸福を……愉悦を得られる黄金の果実。誰もが手に入れたいと願う栄光。私はその輝きそのもの。
今の彼女たちにとって最大の興味は、誰が最初に私と二人きりで出かけるか。ただ、それのみになっていた。
俗な言い方をしてしまおう。デート権争いだ。その字面を思い浮かべるだけで、心の底から可笑しみが沸き上がってくる。もはや彼女たちは、そのトロフィーを手に入れたものが、本当にこのグループで一番特別な存在になれると思い込んでいる。
彼女たちの誰にとっても、初めての争いだ。求められる側、選ぶ側の存在だった彼女たちが、そして何よりも、その中で女王のように振舞っていた古城ミヒロが、選ばれるための醜い争いを繰り返している。それほどまでに、果実酒の香は彼女たちを狂わせる。
けれど、誰もがその一線を越えられない。越えさせない。徹底的に焦らしぬく。焦燥が狂気に変わるまで、私は何も知らない女のままでいる。
「ねえ、今日って時間ある?」
体育終わりの休憩時間、校庭の隅で、笹部ユウナ――古城ミヒロの「腹心」が、こっそりとそう尋ねてきた。
最近では珍しくない、彼女の抜け駆けだ。私というトロフィーの存在は、これまで古城ミヒロの二番手に甘んじてきた彼女のプライドを大いにくすぐったようだった。
「また、みんなで出かけるの?」
間延びした声で、しなを作りながら、私はとぼけてそう尋ねる。ユウナは焦れる様子を隠そうともせずに、一歩、私の方へ歩を進める。
「二人で行きたいところがあるんだ。付き合ってくれたら、ご飯でも奢るよ。」
切れ長の目を一層細めながら、ユウナはまた一歩を踏み出す。ふと、私は自分が壁際まで追い込まれていることに気が付いた。
「いい加減、どういう意味かわかってるだろ?」
彼女の腕が私の頬をかすめて、壁に追い込まれる。あまりにも古臭い手と、彼女の真剣な目を見ながら、私はどうにか込みあがってくる笑いをこらえる。本来の彼女なら、こんな方法が逆効果だなんてすぐにわかるだろうに。
――サービスで、少しだけおびえた表情を見せてあげる。嗜虐心を満たされたのか、彼女の口角が本人もそうとは気づかない程度に上がる。
「そんなに怖がらないでよ。アタシら、友達でしょ?」
湧き上がる愉悦を抑えきれずに、私の顎を指で持ち上げながらユウナがそう言う。
果実酒の影響か、それともそれが本性なのか。今の彼女にとって「女を手に入れる」とはこういうことのようだ。
こんな考えでは
「ユ、ユウナさん。ミヒロさんが呼んでるっすよ。」
不意に、ユウナの背後から声がする。ユウナが体ごと振り返ると、やはりどこか腰の引けたアカリがそこには立っていた。
ユウナは苛立ちを隠そうともせずに小さく舌打ちすると、長い黒髪をさっと翻して私から離れていく。
抜け駆けを繰り返している彼女も、今はまだ表立って古城ミヒロと対立するつもりはないらしい。
「また誘うから、考えといてよ。」
去り際にそう言うユウナに私が小さく頷くと、彼女は満足そうに去っていった。
「なんか、すんません。邪魔しちゃいましたかね……? 」
「ううん、そんなことないわ。心配してくれてありがとう。」
所在なさげに、アカリがこちらを見て頭を掻く。
――私はといえば、ユウナとアカリの様子を見て考えていた。そろそろ、次の手を打ってもいいだろうと。
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