一話 有原小島


 ボクは――ボクたちは豪邸に豪邸を積み重ねて、そのまたさらに豪邸を積み重ねて、ようやく表現に足るほどの……それほどの豪奢な船に乗っていた。

 豪華客船。

 全てが豪華で当然広さは普通の旅客船を軽々超えるのに――客は四人。ボクはその四人の中の一人。他三人は幼馴染と、幼馴染だった天才二人――『天才プログラマー』と『ハイスクールの天才』の二人。


 屋内にあるボク個人の部屋も相当広かった。船に個室があるだけでも驚くほどの家庭環境で育ったボクにとって、これほどの豪華客船に乗ることなんて、本来は一度たりともなかっただろう。




 船に揺られて揺られて揺すられて、暇で暇で暇で、暇を持て余し、それ故なんとなく、屋外に出た。

 屋外と言っても船の屋外なのだから――例えば床は木材関係の物だと……無意識に考えていた。そのときのボクが馬鹿らしい。何故か床には芝生が一面に広がっていた。……なんで芝生が一面に広がっているのかは、よく分からないけど。


 屋外は思っていたよりも風が強かった。そして風によってボクの身体は靡き、よろめくけど、すぐにデッキの手すりに掴まることで、体勢を整えた。

 海を見た。相変わらず青い。

 空を見た。相変わらず青い。

 雲を見た。相変わらず白い。

 カモメの鳴き声が聞こえた。鳴き声に声色は有っても、声に色はない。


 太陽はボクの皮膚を照りつけるが、別に女子でもないので、紫外線を遮断する帽子やクリームなどの紫外線から守る道具なんてものは身に付けていない。さらに、いつもと特段変わりのない服。本当に豪華客船に乗っている人なのか? と、第三者は思うに違いない。

 というか。

 そもそもどうして、ボクと豪華客船という不相応(もちろんボクの方が劣っている)すぎるコンビネーションが存在しているのかというと、


「豪華客船は楽しめているかい? と言っても俺も初めてなんだけどね」


 こいつ――くれないりょうが諸悪の根源とでもいうべき主犯だ。染めた長い赤髪を海風に靡かせながらもボクの方へやって来た。

 彼――紅涼は"天才"だ。異名は『ハイスクールの天才』。涼とは嘗て、幼馴染だった。

 ボクは"この状況"に乗せられた相手にどうしても皮肉を言いたかったので、


「お前も豪華客船は初めてなのか? お前は天才だから初めてじゃないと思ったよ」


「そんなに皮肉らなくてもいいじゃないか。今回は四人で遊ぶだけなんだからさ」


 今回の目的。それはある島でただ遊ぶだけ――そんなことは無い。

 遊ぶだけにしては、あまりにもリスクがあり過ぎる。

 ボクは涼に問う。


「死人がボクたち四人の中から出るかもしれないのに――遊ぶだけ、なんて言うのか?」


 死人――死んだ人――生きていた人。

 今から行く島は死人が出る……らしい。

 ボクは涼からその話を聞いたが、それでも未だに信じられない。そして自ら飛んで火にいる夏の虫が如く、自殺まがいのことをしているこの状況……クレイジーすぎる。


「それでも俺を除いた三人は承諾しているだろう?」


「それは違うだろ、訂正しろ。ボクと歩美あゆみは行きたかったわけではない。そうだろ?」


 ボクの幼馴染――能登のと歩美あゆみ。というか豪華客船に乗っている四人が四人・・・・・全員幼馴染だった・・・・・・・・わけだけども。

 兎に角、ボクは死人の出る島になんて行きたくなかった。


「でもこうして二人とも――お前も歩美も来てくれただろう?」


「お前がボクと歩美を掌で転がしたからだろうが!!」


 本当に、こいつは性格が悪い。わざわざ二回もここまで来たことを言及するのはたちが悪すぎる。

 ボクがここまで来たのは歩美の傍にいる必要があるからで、だから実質ほぼ強制的に連行されたと言っても間違いがない。

 歩美は二人に――紅涼と高原たかはら美華みかに誘われたから、承諾したはずだ。その理由は、かつての幼馴染と遊びたくて、この死人が出ても可笑しくない場所でも、遊びたい気持ちがまさったからだろう。だから歩美は悪くない。悪いとしたら電話でボクと歩美を誘った涼が悪い。


「悪い、人折ひとおり。言い過ぎた……な」


「まあ、別にいいよ。

 ……それよりも人折ひとおりって呼び方は止めてくれよ。久しぶりに会ったんだから、別の言い方にしてくれよ」


 ボクの現在・・の幼馴染は能登歩美ただ一人。

 幼馴染だった奴は二人いる。

 嘗ての幼馴染、現『ハイスクールの天才』――紅涼。

 同じく、嘗ての幼馴染、現『天才プログラマー』――高原美華。


 そして――ボクの名前は回帰かいき人折ひとおり

 適当に名前を付けようが、不愉快な名前を付けようが、人折ひとおりなんていう名前を付ける親おかしいだろ――そう言いたくなるが、名づけられてしまったものはしょうがない。別に、悪魔なんて名前ではないし。ボクはこの名前を好きではないけど、変えて欲しいと願うほどには嫌いではない。


「っと、島が見えてきたようだ」


 ボクは涼が向いている方向を見た。島があった。だけど、その島を確認したとき、愕然とした。

 ……。あれが…………島?


「アレが本当に島なのか……?」


「そうだ。アレが今回の目的地――有原小島ありはらこじま。有原財団直結の血族である兄弟らが所有している島の一つだと、噂されている」


 ……いや、まあ。

 確かに有名な財団・・が所有している島だとは紅涼本人から電話口で告げられてはいたが、その情報をもとにしても……その島はあまりにも……人工的すぎた・・・・・・。あまりにも不自然、自然というものを削り取ったかのように、人工的な島だ。

 自然のみしか存在しなかったような広々としていた無人島に、城やビル――その他もろもろを無差別が如く、環境の厄災が如く建設した島。それが今現在眼前で見ているものといってもいい。

 森などの自然豊かそうな景色も見えるけど、ビルのようなものも見える。西洋風な巨大な城も見える。あまりにも、その島は自然に満ちているとは言いがたい。……金持ちはどうして余計なことをするのかと度々疑問には思ってしまうが、気にしてはいけない。天才や金持ちが考えることなんて、ボクには関係のないことだ。


「どうだ、驚いたか? と言っても、俺も実物は初めて見たが……。やっぱこの島から引き返すのか、回帰?

 歩美をこの島に置いて、帰ってもいいんだぞ?」


「まさか……。この島に行きたくないからってそんな人殺し・・・みたいなことをするわけないだろ? 歩美の付添人としてボクがいなければ、最悪なことが――それこそ人殺しレベルの事件が起きかねない」


「歩美が人殺し……ね。そーやっていつも歩美ことばっかり考える。

 お前は自分自身の人生を謳歌しようとは思わないんだな。そんなに歩美の傍にいるだけの人生なんて……不都合だろ?」


「関係ないさ。ボクは歩美に人殺しをさせないために、近くに――隣に居続けないといけない。そのために一緒に来たんだから」


「だけど、その彼女と今は一緒にいないじゃないか?」


「歩美にだって一人の時間は必要だよ。

 もっとも、歩美が人殺しをしそうな情況だと判断した場合は、ボクが責任をもって止めるけどさ」


「なるほどな、一応お前なりに考えているわけだ。それは重畳ちょうじょう重畳。俺はそれを確認できただけでも、お前と会えたことに十全に満足だ。

 俺が好きだった・・・歩美を奪ったのは認可したくないが、まあ、過去のこと・・・・・だ。未来に関わらないから気にしないでやるよ」


 ボクは「涼はもう歩美のことは好きじゃないのか?」と、訊こうとしたが止めた。

 歩美の人生を変えてしまったのはボクだ。だから、かつての歩美が好きだった涼に、そんな無粋な疑問をぶつけることは、絶対してはいけない。そんな無粋な質問は、嘗ての歩美を好きだった涼を愚弄することになる。そして涼が好きだった歩美をぶっ壊したのがボクなら、これ以上歩美のことについて話すのはあまりにも馬鹿げている。



 凡人ボク天才は、かけ離れてしまった存在になってしまった…………そんな考えをボクは頭隅に強制的に置かされていた。


 凡人は過去を敬い、天才は未来を敬う。まったくもって、違っている人種なのだと痛感したまま、時間は流れ流れて流れていき、ボクたち四人は有原小島に到着した。

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