第22話 不意打ち上等
「……何を笑う、マンダ殿」
少しだけニヤけた顔を、マルタは見逃さなかった。
ほんの少しだけ笑ったつもりだったのだが、あまりにも上手くいくから気が抜けてしまったのかもしれない。
「へっ、ここまで戦力差があると笑うしかないだろ?」
「違う、違うだろうマンダ殿。貴殿の笑みは弱者のモノではなく、策士のソレだ。まるで何かが成功したか、成功への道筋をたどっているかのような……そんな目だ」
……なるほど。
マルタの奴、意外というべきか。かなり洞察力があるらしい。
ただの馬鹿力女だと思っていたが、案外侮れないな。
ただのイノシシみたいだと思っていたことは謝罪しよう。心の中で。
「さて、ね。少なくとも今は、考える余裕はねぇだろォッ!」
「ふふ、その通りだッ!」
言い終える直前に右手の鉤爪を繰り出す。
兎にも角にも、マルタにダメージを与えるには生身を狙わなきゃならん。
今までの間で、フル装備になったヤツの肉が見えたのは一か所。
「貴殿の考え通り、この首元が聖鎧の弱点だ」
「チッ、やっぱその狭い所しかな……聖鎧ッ!?」
「おや、聞いていなかったか? その通り、この鎧はかのイルスーン法王より聖儀礼が成された鎧。そして私はその鎧を授かった者、すなわち聖鎧将」
鉤爪は首へ届く前に大剣で遮られた。
我ながら速かった一撃を止められたとか、そんなことはどうでも良い。
聖鎧将、その名前も聞いたことがあるぞ。
かつて行われた巨人族の魔物たちの猛攻。ソレを止めた人間たちの大隊。
その先頭に立っていたのが、聖なる鎧を着込んだ重装備兵だった。
つまりはコイツ、聖鎧将マルタというワケだ。
名前までは聞いていなかったが、まさか目の前の化け物がその聖鎧将だったとは……手強くて当然だわなチクショウ!
「……改めて思うけどよ」
「ん? なんだね?」
「お前らホンットに恐ろしいわ。あぁ、盟友とか聖女とかを抜きにしても怖すぎる。戦場じゃ一番会いたくない奴らだ」
「……ふふ、褒め言葉と取っておこう。しかし意外だな、目が覚めては闘争ばかりの魔物からそんな意見が聞けるとは」
ひでぇ中傷だ。魔物にも平和主義は存在するぞ。
まぁ割合はお察しだが。
「そうかい、じゃあこっちも褒め言葉としとくわッ!」
軽口を叩きながら意識を少しでも言葉に向け、すかさず視界の端から次撃を叩き込む。
案の定遅れてくる大剣に防がれてしまうが、ソレも計算に入れて新しい攻撃を続けていく。
何でも良い、とにかく今はマルタの意識を防御に回せれば良いんだよ!
「……妙だ。やはり攻撃が軽すぎる。貴殿、何かを狙ってるな?」
「そんな余裕が無いのは見て分かんだろッ!」
上下左右あらゆる角度から何度も攻めていく。
本当に我ながらよく動いていた。こんなに動いたのはいつ以来だろう。
ハートレイス侵攻じゃマルタに瞬殺されたから、その前かさらに前の大戦以来だ。
まぁこの次の策も似たようなものだけどよ。
気にせずドンドン攻めていく。攻め手を少しでも緩めたら勝ち目はなくなるぞ。
「妙な感覚だ。決して劣勢ではないというのに、まるで状況が悪くなっているかのような……」
「へん、だったらどうするってんだぁ!?」
「無論、そのような状況など圧殺するまで」
そう言って、マルタは大剣を持つ手に力を込める。
ギリィッと万力のごとく音を上げる手からは、尋常でない程の力が込められていることが容易に見て取れた。
防御、いや回避……ダメだ間に合わん防御!
「折角だ、派手に飛ぶと良い」
軽快な声と共に豪力が振り下ろされる。
それよりもギリギリ速くガードの姿勢をとることに成功したが、あまり効果は無かった。
「ガッ……!?」
まるで巨人族の一撃。
いや、詳しく言えばソレがさらに凝縮されたような。
相手を斬るのではなく、叩き潰す。
まさしくマルタが持つような大剣の本懐とも言える攻め方法だった。
故に威力は強烈。
ガードに成功した俺は後方にふっとばされ、無様に地面へと背面からダイブする羽目になった。
「ガハッ……」
着地と同時に体から空気が吐きだされる。
すぐに立ち上がろうとするが、四肢に上手く力が入らない。
次いで猛烈な吐き気が襲ってきたが、何とか踏みとどまって前の方を睨む。
マルタがゆっくりとコチラに歩いて来ていた。
「そら、さらに続くぞ」
「ッ!!」
クソ、少しくらい待ってくれてもいいのによ。
そんな事を思いながら俺は両膝を思いっきり叩き、反射で立ち上がりながら後方へ下がる。
追撃が確実に来る今、出来る行動はこれだけだ。
今の状態で新しく攻撃を受けるのは得策ではない。
「ほう、避けるか!」
ブンブンと大剣が何度も振り回される。
その合間を潜り抜け、ダメージを受けないように紙一重でギリギリ回避。
「ぜぇいッ!」
回避するだけでもダメだ。
弱点は首元。これに間違いはない。
ならコイツの振りが終わる前、もっと言えば振り下ろす直前に攻めていけば回避や防御の心配はない。
だが、やはり正攻法では至難の業だ。
マルタもバカではない。きっと何かしらの対策も考えているだろう。
現に今、コイツは右手でしか剣を持っていない。左手は完全に泳がせたままだ。
おそらく、俺がもう一度首元を攻めた時に攻撃を弾くつもりなのだろう。
そして丸腰になった俺に一撃を決めて終了。
俺はその左手を掻い潜り、今度こそ首筋に刃を当てなくてはならない。
そう考えれば至難以外の何物でもないだろう。
……そう、正攻法ならば。
「コルマァッ!」
十分に引きつけた。勝機はマルタが、そしてイズミが攻めに転じて防御への意識が少しでも和らいだその瞬間。
その瞬間がコイツらを仕留める唯一の時だ。
イズミに関しては少々状況が違うが、あの状態で防御を意識しているとは考えにくい。
攻めるなら同じ、このタイミングでだ。
「ッ! ハイでありますッ!!」
たとえ地面に転がされていようと、ワーウルフの耳はとても良い。
俺の声を聞いてハッと気づいたコルマは、大きな返事をして身を屈めた。
そのまま遥か上空へ飛び上がると、下にいるイズミの方を睨み付ける。
「ほほぅ、女子というのに大した身のこなし。やはり獣の魔物は侮れんの!」
「なんの! 驚くのはこれからであります!」
よし、俺も攻めるッ!
「シィッ!」
「なにっ!?」
コルマの跳躍を確認すると同時に、策の最終段階へ移行する。
余裕そうに攻撃へ転じていたお前には、俺の不意打ちはかなり急に感じるだろ。
「来い、そんでもってくらえやァッ!」
まず最初に行うのは武器の召集。
あらかじめワザと吹っ飛ばしておいた左腕の鉤爪を呼び出し、マルタへ叩きつける。
まぁ当然だが、これくらいはマルタも防いでくるだろう。
「成程、だが甘いぞ!」
再び金属同士の衝突音が響く。ほらやっぱり防がれた。
だがいい、こんなもんじゃ終わらない。
「オラ次だァ!」
次に繰り出すのは右足。
防がれた鉤爪の勢いに任せ、思いっきり蹴り上げる。
そしてこの瞬間に、右足へ鉤爪を装着させた。
「なにっ!?」
別角度からの更なる一撃。普通の相手ならこれで終わりだろう。
だが相手が相手だ。まだまだ終わらない。
「ふんっ、先程までの動きとは比べ物にならないではないか!」
まだ余裕そうに大剣で弾く。
だが見逃しはしない。強がったセリフを言ったが、マルタの動きは最初と比べて明らかに遅れていた。
そうでなきゃ困る。回避以外は全力で動いてはいなかったからな。
ヤツの目は俺の若干遅めだった動きに馴れている。
おまけに使っていた鉤爪は一つのみ、ここから二つへと移行すればそう簡単には追いつけない。
実力的には可能でも、俺のスピードを理解したと思い込んでいた状態なら話は別だ。
しばらくは俺の本気のスピードを捉えきれないだろう。
攻撃の威力も然り。
コイツの力はこんなもんだろう、とタカを括ってるマルタ相手ならいくらでも攻められる。
そして本番はこれからだ。
四肢全てで連撃を続け、その度に鉤爪を装備する。
休憩や後退の時間もないような、隙を作らないスピードで。
「オラオラオラどうしたッ!」
「チッ、先ほど聞いたばかりの武器召集をこれほどまでに有効活用して来るとは……!」
「そうかありがとよ。ついでにこんなのはどうだァッ!」
もう一回武器を呼ぶ。次は両腕に装備だ。
左腕から右腕へ連撃を続けそのまま宙返りする瞬間に、今度は両足へ武器を呼んで連撃。
本気の四回攻撃。受けきれるもんなら受けきってみやがれ。
「ぐ、おぉ……!?」
連撃の最後、四回目の攻撃でようやく大剣を弾くことが出来た。
大剣を持っていたマルタの右手は勢いよく下へと下がり、胴体から顔までがガラ空きになる。
たまらずマルタは左手で防御しようとするが、もう遅い。
「チッ……!」
「シェェァァッ!」
武器を今一度両腕に装備、そのまま着地と同時に足を弾かせてマルタへと跳ぶ。
眼前にあったマルタの左腕は俺の右腕で弾き、残ったもう一方の武器をヤツの首元へと刺しこむ――
「なッ!!?」
直前、俺の鉤爪は動きを止められた。
何があったか確認すると、鉤爪の先に大剣を捨てたマルタの右手が伸びている。
あの瞬間で、武器を捨てて掴んだってのか!?
「……良い、実に良い。魔物だからと搦め手はできぬと断じていたが、なかなかどうして出来るではないか」
「……ッ」
「だがな、私もそういった経験がないワケでない。貴殿の策は素晴らしいが、私も油断はしていないさ」
放たれる光。マルタの右手には、捨てた大剣が戻っていた。
このまま剣先を向けられたら、負けを認めざるを得ない。
……何もしなければな。
「左手、お留守じゃねぇか?」
「なにッ――」
マルタは急いで自分の左手を確認するが、そこには何もない。
俺の鉤爪は転移済だ。
俺は攻撃を止められた瞬間に転移魔法を発動させていた。
俺の転移魔法は俺以外のモノも転移できる。
それは武器も例外ではない。
盟友の武器召集ってのは持ち主の手元へしか呼ぶことは出来ないみたいだが、転移魔法はその限りでもない。
それにこの短距離だ。多少の誤差はなんの問題も無いだろう。
マルタの左手に止められていたもう一方の鉤爪は、既にヤツの背後に転移させていた。
もちろん、攻めた時の突きの勢いをそのままで。
ガキン、と音をたててマルタの後頭部へ鉤爪が直撃した。
「ぐッ……」
「へっ、左かと思ったら後ろだったな」
人間や魔物を問わず、生き物ってのは意識していない角度からの攻撃に弱い。
鉤爪の刃は兜に弾かれたが、それでも衝撃は殺しきれていなかったのだろう。
マルタが少しだけよろけて、うめき声を上げた。
つまりは王手。これで終わりだ。
「発動」するのなら、今しかないッ!
「……ッ!? この光は……!」
「へぇ、魔物の俺もこんな光が出るのか。こいつぁなかなか……いややっぱ恐ろしいわ」
「なぜこの少しの時間で……まさか、事前に貯めてきたのか!?」
気付いた時にはもう遅い。隙なら十分にあった。
ここで最後の策を実行する。
そう。俺とコルマは試合前に、互いを殴りあって奥義ゲージを貯めていた。
ちょうどあの部屋、兵舎の奥には治療用の道具があったからな。
コルマは涙目だったが、これも勝利に近づくためである。
とはいっても、本当に少し強めに殴りあっただけだ。開始時点ではそこまでゲージは貯まっていない。
そこで俺とコルマは、とにかく手数の多い攻撃を続ける事にした。
回避されてもほんの少しゲージが貯まることは確認してある。
試合前にけっこう待たされたから、色々と試す時間があったのは嬉しい誤算だった。
「景気よく喰らえや、ヴィオレンド・スターマインッ!」
この奥義とやら、不気味な事に発動前からどんな内容なのかが頭に浮かんでくる。
故にいつ発動すべきなのか、タイミングはなんとなく分かっていた。
ヴァイオレンド・スターマイン。
いうなればこの奥義は、俺の転移魔法の上位互換みたいなヤツだ。
約五秒の間、俺は無数に転移魔法を発動できるようになる。
もちろん自分だけでなく、対峙している敵や武器も転移させ放題だ。
まぁ一回で転移できるのは一つなのは変わらないから、一回一回意識して転移を発動しなきゃならないという欠点もある。しかし相手が一体なら問題ない。
マルタのフェイタル・レイが殲滅に使える奥義なら、俺は一対一の時に使える奥義だ。
「まずは武器、次は鎧、最後はお前だマルタァッ!」
マルタの大剣と鎧を修練場の端に飛ばし、防御力を皆無にする。
転移と同時に、鎧の中身である薄着のマルタがその場に残った。
そのままマルタに何もさせないまま、マルタを俺の目の前に転移させる。
俺の鉤爪が届く目の前に。
「……ッ」
目の前に出した鉤爪が、マルタの首元に当たっていた。
確かな肉の感触。少し引けば容易に切り裂けるだろう。
「勝ちだ、文句ないな?」
「……ふふ。あぁ、そのようだな」
マルタは小さく笑ったあと、右手に呼んだ大剣を再び地面へ落とした。
降参の合図……でいいんだよな?
魔王軍じゃ試合といったら、どっちかが死ぬまで続けるのが普通だったからこういうのは慣れない。
「ッア゛ーしんど……お前何手させんだよ」
「耐えるための鎧だ。そう簡単に攻めさせないのが本来の形だ。それをあぁも攻められるとは、まだ油断があったかな」
もうこれ以上は動けん。
まぁハートレイス侵攻の時のささやかなお返しは出来たから、これで良しとしよう。
「では、このまま励めよ」
「あ? 何言ってんだ」
「忘れてはいないか? 敵は一人ではないだろう」
あ、そういえばッ……!
ハッと気づいてコルマ達の方を見る。
試合前、コルマには俺と同じように動くよう命じておいた。
最初は本気で動かず、弱く見せるように立ち回る。そうすることで油断を誘い、合図とともに全力で挑むことで隙をつく。
それが本来の作戦内容だった。
イズミはマルタよりも防御力は低い。
クソ堅い鎧は着こんでいないし、刀なんて細い剣じゃ盾代わりにもならない。
動きは素早そうだが、それでも攻めることは出来るだろう。
故に、決着は俺たちより早い。そう思っていた。
コルマの性格上、勝負に勝ったらすぐ俺へ報告に来てくれるはずだ。
しかし、ヤツはまだ俺の下にきていない。
それはどういうことか?
「……やっぱアンタが勝ったか、イズミのじいさんよ」
「ふぁっふぁっ、騙しに関しては年季が違うわい」
俺が見る先。そこには気絶したコルマをぶら下げてコチラに歩いてくるイズミがいた。
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