第21話 試合開始


 コルマと並んでマルタ達に向かって走りながら、作戦の内容を今一度思い出す。


 今回の試合相手であるマルタとイズミ。

 言わずもがな対魔物はおろか、対人間でもとんでもない力を持っている。

 超弩級の人間兵器と言っても過言ではない連中だ。

 まとめて相手をするのはお世辞でも得策とは思えない。


 だからこそ、初手の行動は一つ。


「散開ッ!」

「はいであります!」


 まずは二人を一個体ずつに分ける。

 そのために俺たちは、マルタ達と衝突する少し前に左右へ飛んで行った。

 奴らもいきなり方向転換した俺たちに一瞬面食らっていたが、すぐに追ってくる。


 イズミがコルマへ、そしてマルタが俺の相手だ。

 よし、ここでアイツらが付いて来なかったら間違いなく詰んでいただろう。


「イズミ殿、参るであります!」

「ほっほぉ! ならばコチラも行くぞぉい!」


 コルマは途中で振り返ると、追ってくるイズミに向かって刀を構えた。

 イズミもあのゲロ怖い笑顔でイズミとの距離を縮め、刀を重ねていく。


 コルマに言った作戦の中で、序盤で行うことは至極簡単なモノだ。

 最初で二手に分かれることと、可能な限りイズミを引きつけておくこと。

 その際の手段は何でも良い。アイツが大好きな正々堂々でも大丈夫だ。


 現にもうアイツらは斬って斬られての一騎打ちに入り込んでいる。


「そらそら、いつまで逃げているのだ? 我々も始めようではないか!」

「うっせぇ! お前みたいな鎧お化け相手に正面からとか嫌に決まってうぉぉぉぉッ!?」


 迫りくるマルタに叫んでいると、ヤツが光弾を放ってきた。

 女神の力も感じないから威力は弱そうだが、それでも当たるのは得策じゃない。

 もうダッシュで逃げながら身を翻して躱していく。


「ふむ、そのまま逃げたままなのならそれでも良し。こう見えて的当ても得意なのでな」


 そう言ったマルタは走りながら器用に剣を鞘に入れ、両手を自由にさせた。

 そして両手を広げると、その上に光弾を発生させていく。


 ……嫌な予感。


「そら、逃げ切ってみせよ」

「お前ホント趣味悪いなぁぁァァァッ!!」


 ブンブンといくつもの光弾が飛んでくる。

 光弾を投げては両手に発生。そしてまた投げては発生。

 アイツ魔力に限界とかないのか!?


「チッ、オラ喰らえやぁッ!」


 たまらず左腕に装備していた鉤爪を一つブン投げる。

 だがそんな悪あがきに近い投擲がダメージにつながるワケが無い。

 ちょっとでも距離が遠くなればだいじょう――


「ふんぬっ」

「うっそだろおいぃぃッ!?」


 掴んだ。アイツ俺の鉤爪掴みやがったぞ!?

 そのまま地面にドサって……いくらなんでも無茶苦茶だろ!


 てっきり避けるとか弾くとかしてくれるかと思ったが、まさか走りながら掴まれるとは思わなかった。

 アレじゃわざわざ武器を投げた意味がない。


「そら、的当ての続きだ」


 そしてまた光弾の嵐。

 くそ、完全に見誤った。アイツ想像以上の馬鹿力だ!


「チィッ、ぜぇぇァァッ!」


 このまま逃げ続けてもジリ貧。

 だったら迎え撃つしかない。


 体を後ろへ方向転換。そのまま一気に右腕の鉤爪を突き刺ぁす!


「ふっ、ようやくその気になったか」


 俺が突っ込んできたことを喜んだのか、マルタも剣を鞘から抜いてきた。

 ガギンと金属がぶつかり合う音が響き、そこから体をくねらせて新たな一撃を重ねていく。


 一度振り下ろした鉤爪が上に戻る前に横から薙ぎ払いだ!


「なかなかに速い。しかし惜しむべきは軽さだな」


 そう呟いたマルタが剣の腹を向けると、簡単に俺の追撃は受けられてしまった。

 たまらず後ろに飛び退き、少しだけ距離をとる。


 実際に当てたのは初めてだが、あのマルタが持っている剣もかなり堅い。

 身の丈ほどある大剣だから当たり前なのだろうが、素材にも何か秘密があるだろう。


 ていうか、さっき収めていた鞘おかしくないか?

 腰につけてるけど、明らかにあの馬鹿でかい剣が入る大きさじゃないだろ。


「聖女の力か、それとも魔法で空間をいじってんのかぁ?」

「何をブツブツと言っている。何もしないならコチラから行くぞ」


 ッ、ヤバい気が抜けてた!

 ハッとなって前を見ると、既に目の前に大剣が迫ってきている。


 すかさずガード……いや回避だろ!?

 即宙返りぃ!

 そして着地と同時に顔面を確認、ダメージ無し!


「あっぶ! あっぶ! あっぶ!」

「ほぅ、あそこから回避を選ぶとは。やはり素早さはイズミ殿に匹敵するか」

「そりゃどうもってね!」


 鼻かすめたけどな!

 だがしかし、逃げれたのは確かだ。

 つまり眼前にあるのは剣を振り下ろした直後のマルタ。


 どれだけ急いでも俺の一撃には間に合わない。


「っしゃあ一撃くらカッタァァァァッ!?」


 振り下ろした鉤爪が同じくらいの勢いで返ってきたぞ!?

 何だコイツ鎧までゴリゴリじゃねぇか!

 これであの身のこなしって、どんだけ化け物だよ!


「……ふむ、傷をつけられたか。無傷で終わるとタカを括っていたが、貴殿らの評価を改めんとな」


 くっそコイツ分かってたけど舐めきってんな。

 まぁこの現状見れば文句は言えないけどよ!


「このヤロ、目にモノ見せてやる……!」


 っと、そうだ。

 コルマはどうだろう。上手くやってくれてるか?


 確かこの位置なら左後ろくらい――






「い、イズミ殿! 刀を返して欲しいであります!」

「ふぁっふぁっ! ただの娘っ子が刀を振り回すとは世も末じゃのぉ!」

「娘っ子ではないであります! 貴方とは正々堂々刀をまじえブェッ!?」

「ほれほれこれで転ぶのは何度目じゃ? 地面が余程大好きなんじゃなぁ!」

「むきゃぁぁぁっ!!」


 俺が見た方向。

 そこにはイズミに刀を取り上げられた挙句、転ばされてムキになった泣きっ面のコルマがいた。

 思っていた三倍は酷い。


「大体おぬし、いきなり刀を投げつけるとはどういうことじゃ? あれでは取ってくれと言ってるようなものじゃろう」

「あ、アレは不意を衝こうとして……とにかく返して欲しいであります!」

「いーやーじゃー」

「むきゃぁぁぁっ!!」


 あのジジイ、仮にも魔物であるコルマの突進を簡単に躱してやがる。

 それにあの足捌き。挑発されて動きが単純になっているからってのもあるが、そうとう洗練されたモノだ。


「……はぁ」


 俺はコルマ達の凄惨な戦いを見てため息を吐く。


「へっ」


 そして小さく、マルタにも見えないように笑った。

 なんでかって? 計画通りだからだよ。


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