若き美人課長と新事業提案
「お久し振りですヤマルータ様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
ここは街の各商会を束ねる商業ギルドの一室。
俺の向かいに座る彼女は、ギルドと商会の橋渡し役である営業部の、第三営業課課長である。
「久し振りだなエリー。用件はもちろん話すが、どうしてそう他人行儀なんだ?」
眼鏡越しに見える鮮やかな水色の瞳が、冷たい視線を放っている。
背中まで伸びた濃い青色の髪も、心なしかいつも以上に冷気を纏っている気がした。
「職務中ですので。公私の区別を付けているだけです。」
お堅い見た目通りのお堅い発言。
彼女は三十代手前という若さで課長まで登り詰めた実績と手腕を誇っており、並みの人間では正面に立つ事さえ困難であろうと思わせる程の威圧感があった。
しかし、俺にはそれは通用しない。
「公私の区別?何を今更……俺とお前の仲じゃないか。」
肩を竦めて不敵に笑う。
彼女は俺が商人になった当初からの知り合いであり、営業としてうちの商会の担当者にもなった。
もう十年近い付き合いである。
「あら、ヤマルータ様がそこまで私と親密な仲だと思っていたとは驚きですね。……もう三ヶ月も顔すら見せなかったくせに。」
ボソッと呟かれた言葉はしっかりと俺の耳に届いていた。
思わず苦笑して後頭部を搔く。
「あー……悪い、ここ最近忙しくてな。」
「別に、私には関係ありませんから。」
「いやすまん、埋め合わせは必ずするから、勘弁してくれないか?」
頭を下げると、暫く腕を組んで見下ろしていたエリーが呆れたように息をついた。
「はぁ……まぁ良いわ。この数ヶ月間、テルが忙しく動いてるのはこちらも把握していたし。」
「…だったら別に怒らなくたって良いじゃねぇか。」
「理解しているのと納得できないのは矛盾しないのよ鈍感男。私の気持ち、全く察せないとは言わせないわよ?」
「うっ……す、すまんかった。」
もう何年も一緒に仕事をしているのだ。
彼女の俺に対する気持ちは、いくら鈍感な俺でもなんとなくわかっていた。
「まぁ、わかったなら良いわ。埋め合わせ、期待してるわよ。」
「……おう。」
渋々頷く。
これは高くつきそうだ。
俺の苦い表情を見て、エリーも満足げに頷いた。
「それじゃ、仕事の話をしましょうか?テリーの商会がうまくいっていないのは把握しているわ。その事情もね………今日は、それについての話なんでしょ?」
「おう、その通りだ。実は、新しいビジネスを始めようと思ってな。」
「……新しいビジネス?奴隷商は廃業するってこと?」
「廃業というより転向だな。奴隷を利用したものであるのは変わらない。」
「……詳しく聞かせてちょうだい。」
眼鏡をクイッと上げたエリーに、俺は新ビジネスである"派遣業"の構想を話した。
「……なるほど。奴隷の売買ではなく貸借……業務内容と拘束期間及び時間によって金額を設定し、契約内容に基づいて業務を執行させる、と。」
「その通りだ。」
「………それは、冒険者ギルドが斡旋している街内での依頼執行とどう違うのかしら?」
冒険者の主な業務は街外で魔物を討伐する事であるが、街内での様々な依頼も存在している。
これは冒険者という戦闘集団に対する民衆のイメージをアップさせる為にギルドが斡旋している依頼であり、何らかの事情で街外へ出る事ができない冒険者等が依頼を受ける事が多い。
「確かに冒険者ギルドの街内依頼に似ているが、決定的な違いがある。それは、派遣される労働者が奴隷であるという事だ。」
「……それはもちろんわかるけれど、そこまで大きな違いかしら?」
エリーが訝しげに首を傾げている。
「ただの冒険者と奴隷、労働力として使うならエリーはどちらを雇う?」
「それは……労働者個人の資質によるわ。一概にどちらを雇うのが利すると判断する事はできないもの。」
「ならば、その両者の業務執行能力が対等であったとする場合は?」
「なかなか想像し難いけれど………奴隷かしらね。」
「何故だ?」
「奴隷ならば、能力さえあれば働いてくれる事は目に見えてるもの………あっ、まさか…そういう事?」
エリーが目を見開いてはっとした。
「そうだ。冒険者という一介の労働者と奴隷という"正規"の労働者……その違いは信頼感だ。奴隷は労働という責務を負った存在だ。雇った奴隷が働かないなどと想像する者は多くないだろう。」
奴隷はその行動の自由権を契約によってある程度縛らられている。
更に奴隷は階級的にも下位に位置している為、彼らほど"使いやすい"存在もないだろう。
「……テルの言う事はわかるけれど………その、あまり言いたくないけれど……貴方のところの奴隷が色々と問題を起こすから、ヤマルータ商会は危機に瀕しているのではないかしら?」
「それはそうだが、派遣という形態であれば、あいつらは間違いなく全力で働いてくれる。エリーも、あいつらがわざわざ俺の店に戻ってくる理由はわかってるんじゃないか?」
「まぁ……私も、その気持ちはわかるし。」
「ほう?」
「テルのところは……居心地が良すぎるもの。」
少し照れたように顔を背けるエリー。
珍しい表情が見れたもんだ。
「俺の意図する状況ではなくなってしまったが………仕事が終われば帰れるという保証があれば、あいつらは必ずまともに働いてくれる。」
「そうね……確かに、テルの言う通りかもしれないわ。」
「賛成してくれるか?」
エリーは顎に手をやって思案顔になる。
「奴隷という確かな労働力……購入ではないのならコストも抑えられるし、一時の労働力として欲する人は多いはず………テルの奴隷は能力的にも優れるし、教育もされているから貴族相手の依頼にも対応できる………奴隷の派遣という新事業、これを成功させれば、私の実績としても申し分ない。」
ブツブツと呟いている。
その瞳には燃え盛る野心の炎が浮かぶ。
エリーは冷静沈着に見えて、商人らしく野心が強いのだ。
暫し考え込んでいたエリーが顔を上げた。
綺麗な顔が獰猛な笑みを小さく浮かべた。
「良いわね。その話、乗ったわ。」
「あー……俺は、上の奴らさえ説得してくれたら、直接の営業は他の奴でも良いんだが………エリーも、だいぶ忙しい身分だろ?」
「なに言ってるのよ!こんなビッグチャンスを逃すのは、商人としてあり得ない事だわ!!」
とんでもないという風に首を振る。
「そ、そうか。まぁ、俺としてもエリーが手伝ってくれるなら心強い。宜しく頼むよ。」
「任せておきなさい。五日後に会議があるから、そこで早速話してみるわ。絶対に承認させてみせる。私の力の見せ所よ……ふふ……ふふふ………」
怖い、怖いよお姉さん。
「そうと決まれば準備をするわよ!時間がないわ!」
「お、おぉ…そんじゃ、任せたわ。」
そそくさと退室しようとしたが、ガシッと肩を掴まれた。
その細腕からどうしたらそんなパワーが出るんだとつっこみたくなるような力で握り締められる。
「なに言ってるのよ。テルがいないと具体的な事業案を固められないでしょ?」
「え、さっき任せろって。」
「当日の爺共の説得はね。でも、その為の準備はテルにもやってもらうわよ。事業主なんだから、当然でしょ?」
「は、はい。」
逆らえないね、仕方ないね。
「事業案の考案、資料作成、あらかじめ話を通しておかなければならない人もいるわね……それからプレゼンの練習もしなくちゃ………ふふふ、燃えてきたわね。こうなったらとことんやるわよ、テル!!」
「はい。」
まぁ……俺が言い出した事だしな。
新しいビジネスの為に、一丁頑張りますか。
と軽い感じで引き受けて四日間、ほぼノンストップで働いた。
会議前日の夜にようやく解放された俺は、ボロボロになりながら商会へ戻る事ができた。
数日後、無事に事業案が可決されたと連絡を受けたが、俺は素直に喜ばないほど憔悴しており、ずっとシルフィ達の介護を受けていたのであった。
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