新たなビジネスは突然に

ある日の朝方。

俺はリビングのソファに座ってダラダラと暇を持て余していた。


ちなみに俺が経営している奴隷商館の『ヤマルータ商会』と俺の家は繋がって一体化している。

商館には飛び込みの客など滅多に来ない為、基本的に家でダラダラしている事が多く、客が来たらそちらに行くスタイルだ。

店内に設置した魔法の道具で、商館に客が訪れたらわかるようになっているので、こういったやり方ができる。



それはさておき、今日は来客の予定もなく、いまは早急に教育の必要な奴隷もいない…暇な1日だ。

だからこうしてリビングで惰眠を貪ろうとしていたのだが、俺が寛いでいるといつも奴隷達がどこからともなく集まってくるのだ。


ソファに座った途端、音もなく現れた獣人のミーナが膝の上に乗り、どこからか持ってきたクッキーを無表情でポリポリと食べている。

あぁこら、食べカスを落とすんじゃない。


溜息をつきながらティッシュでミーナの口周りについたカスを拭っていると、サキュバスのリリースティアが現れ、後ろから抱きついてきて首元に顔を埋めて匂いを嗅いでくる。


膝の上のミィが鬱陶しそうな顔をしているが、お前も大概だからな。


リリーも数分でやめるとわかっている為、俺は無駄な抵抗をせずにぼんやりしていると、エルフのシルフィエルが現れ、コーヒーを入れてくれた。

それをソファの前の机に置き、一礼して隣に座る。

そして新聞を取り出して差し出した。



「ご主人様、朝刊をお読みになりますか?」


「あぁ、ありがとう。……ミィ、新聞読むからどいてくれ。」


「いや。」


「えぇ……」


あれ、こいつ奴隷だよな?


「ミィ、ご主人様にご迷惑をおかけしてはなりません。」


「………」


皆のお姉さん役であるシルフィが嗜めると、ミィはやや顔を顰める。


「そんな顔をしても駄目なものは駄目です。さぁ、降りなさい。それとリリーも、そろそろ離れて下さい。」


「……ん」


「はーい」


ミィが渋々降りてシルフィとは反対側に座る。

リリーももう十分だったのか、素直に俺を解放する。

それを見届けたシルフィは頷いて俺に新聞を手渡した後、何やら紙とペンを取り出して時折りカリカリと記入する。


あれは俺が暇つぶしに作ったナンプレの問題集だ。

シルフィは最近あれにハマっているらしい。





30分後、粗方の記事を読み終えた俺は左隣からの視線を感じて顔を向ける。

そこには白銀の獣耳をピコピコと動かしながらじーっとこちらを見つめるミィがいた。


「ミィ、どうした?」


「お腹すいた」


感情のこもらない声を聞いて時計を見遣る。


「そろそろ朝飯にすっか。」


小さな頭をポンポンと叩きながらそう言うと、ミィの口角がほんの少しだけ上がった。

それを確かめて反対に座るシルフィを見ると、彼女もナンプレから目を離してこちらを見ていた。


「シルフィ、飯にしよう。」


「かしこまりました。リリー、手伝って下さい。」


「はーい…ふぅ」


シルフィがいつの間にか部屋の隅でストレッチをしていたリリーに声をかけると、彼女は息を吐きながら立ち上がった。


彼女らが部屋を出た瞬間にミィが膝の上に乗ってきた。

飯ができるまでの間くらい好きにさせてやるか。

わかりやすく頭を差し出して無言のアピールをするミィ。

その頭に手を置いて適当に撫でながらぼんやりする。

長い尻尾がさわさわと俺の腹を撫でた。







「あのさぁ……お前ら、いつになったら出て行くの?」


食後のリビング。

俺は先程と同じく集まった三人の奴隷にぼやいた。


食事はいつも広いダイニングで奴隷達も全員集まって摂るのだが、ほとんどの奴隷は食事が終わるとそれぞれの部屋に戻る。

結果、リビングで寛ぐのはこの四人が多い。

シルフィは常に俺の隣にいようとするし、ミィは隙あらば膝に乗ろうとするし、リリーは単にリビングを気に入っている為だ。


そしてこの三人がうちの商館で特に売れた事の多い奴隷達であり、売れた回数だけ戻ってきた者達である。

ミィは何かしら問題を起こして返品されるし、リリーは性奴隷目的で買われる度に搾り尽くして相手を不能にして帰ってくるし、シルフィはどんな手を使ってでも解放させて帰ってくる。


そんな三人に思わずぼやいてしまう俺の気持ち、わかっていただけるだろうか。

一ヶ月以内に奴隷が返品されると、売値の五割を返却しなければならないと法律で決まっている。

毎度返品されてくるミィでも多少は利益が出ているのだが、悪評や良からぬ噂は免れない。


ぶっちゃけたところ、『ヤマルータ商会』は奴隷商館業界ではかなりの落ち目となっていた。

貴族や商人の問い合わせもほぼなくなってきている。

だからあれこれと策を弄して、この業界に詳しくない奴らに売ろうとしたのだが、こいつらはやはり帰ってきてしまうのだ。


問題児だらけの奴隷商館に何の価値があろうか。

俺はここ最近ずっと頭を抱えていた。



原因は俺にもある。

この世界で人権もなにもない奴隷達の待遇が少しでも良くなればと俺はあらゆる努力をしてきた。

奴隷達の生活を保証し、あらゆる教育を与え、顧客のリサーチを全力で行い、『良い顧客に良い奴隷を与える』という信念を貫いてきたのだ。


業績はうなぎ登りに上がった。

奴隷からも顧客からも評判の良い商館を作り上げたはずだった。

だがいつからか、奴隷達がここを出たがらなくなってしまったのだ。


豊かな環境に慣れたが為に、奴隷としての奉仕の精神を育めなかった。

いや、より正確に言うならば、奉仕の対象がいずれ自分を買ってくれる見知らぬ誰かではなく、教育し養育してくれた奴隷商となってしまったのだ。

これは明らかな失敗だった。


しかし今さら生活の質を落としたり冷遇したりするのは俺の心情的にも難しいところがあり……

せめてこれまで以上に奴隷を大切にしてくれる顧客を探してあの手この手で売ろうとしていたのだが、それでも駄目だったようだ。


だからこそのぼやき。





「ご主人様がここにいらっしゃる限り、私は何度でも戻って参ります。」


「ここがミィの場所だから。」


「旦那様より私を愉しませて下さる方がいらっしゃれば考えますわ。考えるだけですけど。」


「うぬ………」


こいつらもう自分が奴隷だってこと忘れてんじゃねぇか……



「しかしなぁ……このままだとうちは倒産するぞ。俺が路頭に迷っても良いのか?」


「その時は私が冒険者となってご主人様を養います。」


「ん。ミィも戦うのは得意。」


「私の魅了魔法チャームをもってすればお金などどうとでもなりますわ。」


「いやいや」


流石にヒモになるのはちょっと……あとリリー、それは法に触れるから駄目だ。


「お前らにおんぶに抱っこになるのは論外だ。だからといって今更俺が他に働ける場なんて……」


この世界に来てもう十年になる。

大して戦う力のない俺は今更冒険者なんかにはなれねぇし、他の商売にしてもこの歳で始めるのはリスキーだ。

どちらにしろこいつらを養うのは難しいだろう。


「異世界人が異世界の知識で成り上がるというのはよく聞きますが…」


「俺はそんな大した知識もねぇし……誰でも知ってるような事は大体試されてっからなぁ」


農業とか料理とか玩具とか、たまーに訪れる異世界人が調子に乗って知識をひけらかすから……



「旦那様だけが知ってるような事はないんですの?」


「いや…ねぇな。俺、向こうでの特別な経験とか知識とかねぇし。」


この世界では自分の商会なんて持ってるが、日本では育成ゲームが趣味の日雇い派遣社員フリーターだった。

正社員にすらなれなかった俺に何ができるってんだ。





……………ん?派遣?


「………おいおいおい、何で今まで気づかなかったんだ。」


思わず腰を上げて虚空を見つめる。


天啓を受けたような気分だった。

そうだよ、派遣だ。

奴隷だからって別に"買われる"必要はなかったんだ。

奴隷という言葉の先入観と世界の常識に、思考と視野が狭められていた。


「ご、ご主人様?」


「……主?」


「旦那様、いかが致しました?」


突然立ち上がった俺を、三人が不安そうに見つめる。

俺はゆっくりと見下ろし、ニヤリと笑った。




「なぁお前ら、ここにさえ帰って来られるなら、別に働くのは構わねぇんだよな?」


さぁ、新しいビジネスの始まりだ。

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