コミュ力皆無な売れ残り娘を救え作戦
私の名はアルジャータ。
とある王国のとある町で商人をしている。
生まれはずっと南にある砂漠の広がる地の小国だ。
私はそこで商店を営む父の三男として生まれた。
父の店は長兄が継ぎ、次兄はその補佐役。
長兄のスペアにすらなれなかった私には、何も与えられなかった。
幼いころから父の知り合いの行商に奉公に出され、成人してからはそれまで貯めた金で自由に生きろと言われた。
誰も私に期待などしていなかった。
しかし私には商才があったようだ。
奉公の経験を生かして行商をし、着実に財を成していった。
その一方、父から店を譲り受けた兄たちは小さなミスを重ね続け、元々大して大きくもなかった店が窮地に立たされていった。
兄達は私に援助を求めたが、私はすげなく断った。
一緒に育ってもいない者共…家族の情などなかった。
また、あの無能共を援助したところで返ってくるものも見込めなかった。
だから拒否したのだが、彼らは逆恨みして、私の商売を妨害してくるようになったのだ。
その愚かさに呆れ果てた私は国を出奔することにした。
私ならばもっと大きな舞台でも成功できると思った。
そして事実、この王国周辺で行商をしそこで得た金をもとに土地を買い店を立て商会を作り、それなりに繁盛させた。
気づけば王都に来てもう5年が経つ。
その日、私は部下たちに仕事を任せ、一人で街を歩いていた。
商人としての成長に頭打ちを感じていた私は、何か新たな商機を見出せないかと人々の暮らしをリサーチすることにしたのだ。
だがそんな私を悲劇が襲った。
「うおぉぉぉぉ!!」
「なっ!!」
人通りの少ない道に入った時、暴漢に襲撃を受けのだ。
暴漢はナイフを振り回し、私は腕を切り付けられた。
痛みに呻きながら襲撃者の顔を見た私は驚愕した。
「お、お前は!何故こんなところに!?」
「お前が悪いんだ…お前が…お前が……アルジャータぁぁぁ!!!」
なんと暴漢はかつて絶縁した兄であった。
南の砂の地からここまで追ってきたというのか。
だが何の為に?
「店は消えた…弟も死んだ…お前さえ……お前さえいなければっ!!」
逆恨みも甚だしい。
そう思った。
だが何を思ったところで私を守るものはない。
こんなところで死ぬというのか。
私は絶望した。
しかし、私は助かった。
彼女によって助けられたのだ。
「………だいじょぶ?」
何が起きたのか、理解するのに多少の時間を要した。
今にも刺殺さんとしていた兄は白目をむいて倒れており、情けなく尻餅をついた私の前には、金色に輝く瞳の可憐な少女が立っていた。
その瞳からは感情と呼べるものは読み取れず、発せられた言葉ほどこちらを心配している様子もない。
肩より上で切られた短めの銀髪の上には、白銀の動物の耳。
獣人族である。
彼女の目を見たその瞬間、私の心は奪われた。
「き、君は……一体……?」
「……………」
口を開かない彼女。
その無言は、騒ぎを聞きつけた衛兵が到着するまで続いた。
衛兵の詰め所で事情聴取を受けた私と少女は、1時間ほどで解放された。
詰所から出たところで、彼女は私を見ることもなく歩き出す。
私は慌てて呼び止めた。
「ま、待ってくれ!」
「……?」
「え、えっと……その、助けてくれてありがとう!君のおかげだ。」
「……ん」
小さく頷いた彼女が再び歩き出す。
「ちょ、ちょっと!!」
「…………」
再度呼び止めると、先ほどよりどこか不機嫌そうに振り返った。
「その……お、お礼をさせてくれないか?」
「必要ない」
ばっさり切り捨てられた。
「し、しかし……」
お礼など口実だ。
もっと彼女と話したかった。
彼女を見ていたかった。
「そ、そうだ!名前を聞かせてくれ!私はアルジャータ、商人だ!」
「…………ん」
暫し無言でこちらを見ていた彼女は小さく頷いた。
「……ミーナ…………奴隷」
相変わらずの無表情で、彼女はそう言った。
ミーナは奴隷だった。
奴隷商に言われてお使いをした帰りに、私が襲われているのを見かけたらしい。
「お、ミーナ…遅かったじゃないか。」
「ん、ごめんなさい。」
厳しい顔の偉丈夫にミーナが頭を下げる。
変わらずの無表情だが、頭上の獣耳が力なく垂れている。
「何かあったのか?……てか、誰だそいつ?」
おそらくはこの奴隷商会の主であろう男が、訝しげに私を見た。
ミーナに着いて店に入った私は、その視線を受けて一歩前に出る。
「私はアルジャータ。商人だ。」
「……同業じゃねぇよな。客か?」
「客……になるかもしれない。」
「どういうこった?」
「ひとまず、ミーナの帰りがここまで遅くなった経緯を話そう。私がここに来た理由にも繋がる。」
「ほう。よくわかんねぇが、客になるかもしれねぇってんなら、まぁ座れよ。」
奴隷商の向かいの椅子を勧められて座る。
そして、襲撃事件について話した。
話を聞いた奴隷商は顎髭を触りながら頷く。
「…なるほど。それでこんな時間かかった訳か。災難だったな、ミーナ。」
「ん」
奴隷商の後ろに佇むミーナが小さく頷いた。
「そんで、結局お前さんは何しにここまで来たんだ?ただお礼をしに来たって訳でもねぇんだろ?」
「勿論だ。実は……ミーナを売ってほしい。」
「良いぜ。」
奴隷商は私がそう言うのがわかっていたように即答した。
「い、良いのか?」
あまりにも早い回答に思わず問いかける。
「俺は奴隷商だ。奴隷を買いてぇ奴がいて、うちのが欲しいってんなら、断る理由はねぇだろ。」
「それは……そうだな。」
それにしても早すぎる。
奴隷の売買はもっと慎重行われるのが普通だが…
そんな私の訝しむ気持ちがわかったのだろう、奴隷商が溜息をついて口を開いた。
「実はな。ミーナはもう3年以上売れ残ってる不良在庫なんだよ。」
私は驚いた。
これほど見目麗しく戦闘力もある奴隷が売れ残るものだろうか、と。
何か問題があるのだろうか
「ミーナは意思の疎通が極端に下手だ。戦闘用や護衛用に買った冒険者や商人たちも、まともに連携が取れずにすぐに返品してきやがる。」
「しかし、この見た目なら性奴隷として買う貴族なんかがいるんじゃないか?」
性奴隷は国が法で禁じているが、買われた後に何をさせているかなんてわざわざ調べられることは多くない。
秘密裏にそういう扱いをされるというのはよくある話だ。
「もちろんそういう輩もいたがな……食いちぎられそうになって慌てて返品してきたぜ。」
「く、食い………」
絶句した
「ともあれ、そういう事情があって売れ残ってる。だから仲間としての行動や性処理なんかは期待すんなよ。命令は最低限守るが、それ以上はしてくんねぇからな。」
なるほど。
これは確かに扱いにくそうな奴隷だ。
流石に気が引けてきた。
やはりやめておこうか。
「どうする?それでも買うかい?」
「あー……いや……」
私の微妙そうな態度で察したようだ。
奴隷商は頭をかきながら顔をしかめた。
「だろうな。……そろそろ鉱山送りにでもするか。」
「なっ!鉱山だと!?」
「あ?何驚いてんだよ。売れねぇ奴隷の末路は大体それだろ?」
「し、しかし……」
売れ残った奴隷は鉱山送りになって死ぬまで肉体労働をさせられるという。
過酷な末路だ。
「本来なら娼館にでも売り飛ばしてぇところだが、こいつには無理だからな。」
「くっ……」
どうする……どうする……
一時の感情に任せるなど商人として失格だ……だが……
その時、苦悩する私と無表情な彼女の目が合った気がした。
もう迷ってはいられない。
「……買う」
「お?」
「私が買う!!」
ミーナを買って1週間が経った。
未だに彼女は心を開いてくれない。
彼女には主に護衛をしてもらっている。
しかし、命令したこと以外は全くしないし、私以外の人間の言葉は聞きもしない。
護衛として私とともにいる以上、部下たちと顔を合わせることもあるのだが、少しの反応も見せない。
そして彼女はあらゆる面で極端だった。
私の店で万引きをしようとした人間を捕まえ治療院送りにした。
彼女にセクハラをはたらいた商会員を半殺しにした。
町で私から財布をすろうとしたスラムの子供を必要以上に痛めつけた。
そんなことがたった1週間で重なり、私や商会のイメージまで低下している。
やりすぎは良くないと言ってもわかってくれない。
彼女の中ではこの程度は”やりすぎ”に入らないようだった。
商会員からもよく思われていない。
コミュニケーションも取れない扱いにくい奴隷。
そもそも護衛などいらないのではないか。
そんな声がそこかしこから聞こえる。
私は、彼女が売れ残っていた理由を身をもって知ったのであった。
「…………んで、また返品されてきた、と。」
「ん」
「ん、じゃねぇだろ。またわざとやりやがったな。」
「何のことかわからない。」
「お前は馬鹿じゃねぇ。その気になったらもっとうまくやれるだろうが。」
「何のことかわからない。」
「いい加減売れてくれよ。なぁ。」
「何度も売れている。」
「その度に戻ってきてんじゃねぇか……」
「ん」
「ちょっ、おい。膝に乗ってくんな。何度言えばわかるんだ!」
「いや。ここがミィの場所。」
「勝手に決めんな。」
「……主……いや?」
「うぐっ………わかった。わかったから泣くなって。」
「泣いてない。」
「はいはい……はぁ、いつになったらお前らは旅立ってくれるんだ……」
「ミィの居場所はここ。諦めて。」
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