序曲『魔女の息子』(1)
セシルが物心ついたときから少女は一緒にいた。けれども知らないうちに彼女の本当の名前を落としてしまったので、記憶の底から拾い上げた音を並べて、リアと呼んでいた。
リアは鏡や窓ガラス、ぴかぴかに磨かれた銀の皿の向こうから、いつも朗らかに話しかけてきた。そしていつだったかのよく晴れた日、水たまりの中で亜麻色の髪と淡い碧の瞳を揺らして笑った。
「わたしたち、まるでそっくりさんね」
そのとき初めて、セシルは己の容姿に気が向いた。
それまで光を反射する物質は全てリアの住処だとばかり思っていた。そうしてリアがいなくなった場所をじっとよく観るとそこに彼女よりも丸くてふやけたような顔があるのに気付いた。大人に近づきつつあるすらりとした手足を持つ少女と、どこを見ても小さな自分とは違うのだと自覚した瞬間、幼心に隙間風が吹いた。これがセシルの自我の芽生えだった。
「歌は鍵なのよ、セシル」
リアはそう言ってダ・マスケの村の子供が習う〈六つのマナの歌〉――炎のアパショナータ、水のバルカローレ、風のアリア、土のクラント、光のマドリガル、闇のノクターンを教えてくれた。少女の喉が奏でるソプラノは六種類の音楽の性格に合わせて甘くも勇ましくも明るくも暗くもなった。これは母親が娘へと口で伝えるものだと知るのはずっと後になってからだった。
「世界に散らばっている精霊のかけらを言葉で囲ってそうっと寄せ集めるの。そうすると彼らは自分が何者だったかを思い出してくれるのよ」
すべての〈マナの歌〉を歌えるようになったとき、リアは秘密の歌を教えてくれた。
その曲は、セシルがいつもそうしてきたように、彼女のソプラノをなぞっても楽譜に書きとめてもいけないという。ただリアが歌うのを聴き、覚えろというのだ。
「どうしてななつめはうたっちゃだめなの、リア?」
少年が尖らせたあどけないくちびるを、少女は笑った。
「七つ目は、だあれも知らないからよ」
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