鏡の向こう

中村ハル

第0話

 遠くで、誰かが光を掲げていた。

 オレンジに強くきらめく、小さな、小さな、炎。

 それは背の高い男の背中で、誰かに向けて道でも示すように、じっと灯りを掲げている。私がそれを見つめていると、何かに気が付いたように、男がこちらを振り向いた。炎を差し出して、手を招く。

 ふと、気配を感じて振り返るが、後ろは闇で、誰もいない。

 前に向き直ると、すぐそこに、先ほどの男が立っていた。

「急いでください」

 びっくりして、私は声も出せない。

「急いで、追いつかれてしまうから」

 そういって、片手で灯りを掲げたまま、何かを探すように辺りを見回していた。

「どこにやったんです。あなたが持っているはずだ。ほら早く…ああ、ダメだ。いいですね、それを、なくさないで」

 私は後ろを振り返る。

 闇を割って、何かが迫る。

 大きな手が、私の髪を掴み、後ろに引き倒された。

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