救世後のもう一仕事 ~元魔王軍幹部の担任と元勇者の変身ヒロイン~
折地成
第0話 こうして彼は死んだ
紫電が走った。
それが魔王の放つ殲滅魔法の余剰魔力だと分かった。気づけば、体が動いていた。
彼はその魔力の前に躍り出た。剣の腹を手で押さえ、眼前に迫る強大な魔力に向け掲げた。
「ッ……!?」
その瞬間、剣に衝撃が走った。それは“暗い光”と表現するほかない、黒い黒い光の束のような何かだった。
剣が嘶くように震えた。闇の大剣が――魔王軍最高司令官より賜った世界に二振りとない名剣が――これ以上耐えられないと悲鳴を上げているようだった。
無論、彼の体も無事ではない。剣が抑えきれない殲滅魔法が、直接彼の体を外側から裂き、内側から焼く。
それでも、彼は体を投げ出さざるを得なかった。退くこともできなかった。
「ご……ゴーダーツ!」
背後から、かつての敵、“ユニコーンの勇者”が叫ぶ声が聞こえた。
そうか。
己の名を呼ばれるということは、こんなにも嬉しいことだったか、と。
彼は、身体中を苦痛が苛んでいるというのに、どこか小気味良い気持ちになった。
瞬間、剣が跡形もなく砕け散った。当然だ。放射状に拡散するはずの広域殲滅魔法を、根元で抑えたも同然なのだから。数秒でも抑え込めただけでも僥倖と考えるべきだろう。そして時を同じくして、殲滅魔法の“暗い光”が収束した。
「……無事か。ユニコーンの勇者」
彼はだから、笑うことができた。自分の背後に、世界の希望たる勇者のひとりを守り抜くことができたから。
宿敵であり、ライバルであり、そして、この戦いにおいては背中を預け合った、勇者を。
守り通すことができたから。
彼は体中に裂傷と火傷を負った。それだけではない。純粋な闇の力は生物の体を内側から破壊する。それは毒のように、確実に彼を死の間際へ追い詰めていた。
「ゴーダーツ!」
勇者が駆け寄るより早く、彼はその場に倒れ伏した。
「どうして、こんな……」
「何を言っているのだ」
彼はそれでも、やはり笑った。目の前に、目に涙をためた勇者の顔がある。まさか、こんな形でこの勇者の涙を見ることになるとは思っていなかった。
「この世界を救うためだ。当然だろう。勇者が欠けてしまえば、世界はまた闇に逆戻りだ」
「そんなのっ!」
勇者が叫び、彼の頬に涙を落とす。
「あなたがいたから、わたしたちはここまで来ることができた! わたしは! この世界だけじゃない! あなたも救いたかったから……!」
「ふん、勇者が魔王軍幹部に滅多なことを言うものではない」
「でも、あなたは!」
「魔王軍を裏切ろうが、私が人間の敵であるという事実は変わらん。私は人間を傷つけすぎた」
彼は、急速に自分自身から力が抜けていくのを感じた。手も足も、指先すら動かすことができない。彼はそっと、まぶたを閉じた。
ままならないことだらけの一生だった。
それでも、死に際くらいは穏やかでもいいだろう。
「お願い、死なないで……。ゴーダーツ!」
無理を言うな、と軽口を叩き笑ってやるつもりだった。
しかし、口を動かすことすらままならなかった。彼は最後に、重いまぶたを開けた。もはや感覚のない己の手を握る勇者は――
「お願い、だから……」
勇者としての威厳も覇気もあったものではない。
勇者は、顔をくしゃくしゃに歪め、ボロボロと涙をこぼしていた。
泣くな、と思った。
視界が暗転する。
死ぬのだとわかった。
死は怖くはなかった。けれど、勇者が泣いていることだけが、気がかりだった。
そして、彼は、死んだ。
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