転移召喚と復讐者

タオル青二

第0話 プロローグ

 ついにこの時がきた。

 幾度となく力を行使しようとして、その度に成功から遠ざかっているような気がしていた。そんな日々ともようやくお別れできる。


 いったい何をするのか? そう聞かれればこう答えよう。

 今日この時、僕は異世界から英雄を召喚する。


 ——脅威を間近で目にした、あの日。

 ただ必死で、救おうと伸ばした手。でも分かっていた、今のお前を救う術なんかない。ここに呼ばれた意味を知っても力なんて扱えなかった。そんな自分ではどうすることもできない。

 手を振り払われ、


『お前にさ、この役は……荷が重い……だろ?』


 苦痛に苛まれながら訴えかけられた。ここから逃げろと。その時の顔は一日も忘れられなかった。

 ——最後に握り締めた、あの手を思い出す。

 普通じゃない生き方が僕にもできた。何にも成れないと思っていたが、人の為にできる事がある、そんな今に繋げてくれた。そのきっかけをくれた君に。

 いろいろあったが、ありがとう。

 そんな感謝の言葉を聞き届ける前に、君はひどく冷たくなった。


『巻き込んで……ごめんな……さい……』


 こんな悲しい想いを残して。


 彼らにようやく報いる事ができる。自分自身が強くなった訳じゃない。あくまでも僕は力ある人物を喚ぶだけ。

 そして今日、ここにを召喚する。ようやくが届いたのだ。


 今は宮殿の2階、来客用寝室に1人きりだ。赤色を中心にした、1人で居るには大きい部屋。誰かと同室生活しているわけではないので、ここで念話を試したり召喚を試みる場所として使用している。

 部屋に在るものと言えばダブルベッドとクローゼット、そして何故か音も無く動くのっぽで大きい古時計ぐらいだ。

 部屋の窓からは陽射しを悠々と浴びた芝生と樹木の庭園が見える。庭師によって綺麗に整ったそれを見ると、なんだか、この国に迫る危機などないと錯覚してしまう。しかし、それは間違いだ。確実に襲い来る侵攻がいつ本格化するか分からないのだから。


 少しでも落ち着いて事を運ぶために深呼吸をする。


「猶予はない、ここまで来て召喚失敗は御免だ」


 張り詰める心が独り言を呟かせた。

 そろそろ召喚に取り掛かろう。

 そう決心し仮面を付け直す。右手を真っ直ぐに胸の位置まで上げる。左手で伸ばした腕を支え、深く目を閉じる。

 召喚陣が浮かび上がればビジュアル的に格好良かったんだろうけどそんなものはなかった。というよりも必要ではない。自分自身がその陣とでもいえばいいのか、対象を自身の内側にある力を通して異世界から召喚するのだという。これは僕が召喚について説明された数少ない話だった。

 ゆっくりと息を吐きつつ瞼を上げる。ここに喚ぶ者をしっかりと、間違いなどないと見定めるために。

 周りに赤と青の2つの光が円を描く様に発行しながら動き回っているのが見える。僕を中心にして周囲の空間が今度は白く発光している。

 (彼を喚ぶ——)

 そう祈るように心に浮かべた刹那、光が激しくなった。

 詠唱も特にないためか、静寂の中から生まれるような不安と恐怖を感じた。しかし——


 しかし——これは希望の音でもある。無音という音。抗うことなど出来ないと思っていた人々への。私達の希望は今、この無音の中に現れるのだから――



 ♢


「——異世界に行くならどんな場所に行きたい?」


 不意に話題が変わった。

 

 今日の高校の授業が終了し、2人で帰宅する最中。

 教員との話で下校ピークから外れたためか、周りに生徒は少なかった。

 空を見れば白い月が太陽に照らされ、出番が待ちきれないかのように姿が見えた。ぽかぽかとした陽気に変わらない毎日を過ごす。正に平穏だ。

 住宅地の緩やかな坂を下っている。この道を真っ直ぐ進むと大通りの交差点に出る。

 お互い髪は染めず、クラスの中心から外れた者同士はいつも通りの帰宅途中。

 

 交差点に着くまでの暇潰し程度の会話。道端のことだ、内容は最近のアニメや小説、漫画の流行にちなんでに決まってる。

 こんな風に作品の感想ではなく、自分がその世界に行くキャラだったらなんて振りは17歳にもなってするべき話題なのかは疑問だ。

 あ、いやでも30歳とかのおっさんキャラが転生したりしてるし、おかしくはない……のか?


「僕は別に転生とかしたくない」

「え!? なんでよ?」

「そりゃあ、あまりにも生活が違いすぎるし。第一チート能力授けてくれる保証もないしな」

「じゃあそれがあったら?」

「……別に向こうで無双したいとも思わないし」

「ひっそりと暮らす系ってわけか」

「いや道端君? そもそも転生要らないってのを聞いてたかな?」


 わざとらしく問いかけたが道端太陽ミチバタ タイヨウ はスルーしてこんなことを言った。


「因みに俺は剣と魔法の世界で活躍したい! ここじゃお前の言うようにやれる事に限界あるからな」

「……チート使って?」

「チートであってもなくてもいいんだよ、俺がそこにいる意味を見いだせればそれで。

何より別の世界だぜ? 気になるじゃん」

「ぅ……まぁ、あるのかどうかぐらいは知りたいけどさ」


 つい腕を組みながら考えてしまう。実際に異世界に飛ばされたらどうなるかを。

 異世界に行く事で起こる弊害は、言語の壁、流通貨幣、文化の違い等、海外に行くのと似通った問題に直面するのではないか。……そんな場所パスポートも所持してない自分には行きたいとは思えない。

 神様が手違いで殺してしまった展開は「ちょっと待ってくれ、何ミスしてんだ!」だし、勝手に迷い込んだりするのも怖くてNGだ。


 道に咲く桜が風に揺られている。散っていく花びらが僕の頭に一枚乗った。

 今の会話の中で少しだけ思うことがあった。「俺がそこにいる意味を見いだせたら」ってやつだ。

 このまま生きてる中でそれを見いだせるだろうか。それを見つけていないから僕はこの一言が心に刺さって仕方がない気がした。

 きっと兄も……。

 花びらを指でつまんで地面に落とす。この後、僕はありえないと思っていた人生を歩むことになる。



 大通りの交差点に差し掛かる。自分は交差点の向こうへ真っ直ぐ、道端は渡らずに右手に曲がり坂を上る。いつもここでそれぞれの帰路に別れる。

 そしていつも決まってこう言われるのだ。


「じゃあ、また学校でな!」

「ああ、また明日な」


 普段と変わらない別れの挨拶も終えたので、道端は右に進んでいく。

 

 交差点を進もうと右脚から前に出そうとしたが、目前の信号機にその場で待てと告げられてしまった。

 

 赤色が青色に変わるのを待つ。

 ふと時間が気になり、左向かいに映し出される大型電子時計に目を向ける。


 ——右から大声が聞こえた。さっきまで話した、聞き覚えのある声。

 

 それは不意の出来事。

 ダッシュで坂を駆け下ってきた道端に、タックルでも受けたかのような衝撃で突き飛ばされる。

 車道には軽トラックが、歩道に乗り上げるように突き進んできていた。

 

 自分と友人、そして軽トラック。瞬きの間の1シーンで、一体何が起きたのか考える暇もない。これが次に目が覚めるまでの最後の風景だった。


 ——春桜が吹雪散る。確かにそこにあったのだという余韻を残して。あるいは次の季節の訪れを自分たちに予感させるように。

 


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