第36話

  ハルトの視線の先にはかろうじて手入れさらているボサボサの薄金髪にそれでいて可愛げな顔立ちをした女の子。

 生気のない少女の青色の瞳はただ外の世界を見つめるばかり。

 突拍子のない風にあてられても、ハルトがどれだけしつこく声をかけても、少女はそれらに一切反応しない。


「なるほどね……」


 これが数多の依頼者の心をへし折ってきた少女の姿。

 確かにこれだけ無視されれば、常人なら心がどうにかなってもおかしくない。


 とても可愛らしい顔立ち、きっと笑顔が似合うだろうに。


「もったいないな……」


 見れば見るほどつくづくそう思うハルト。

 でも、ハルトは今そんなハナツキお嬢様を笑顔にする為にここにいる。

 このまま引き下がる訳にはいかない。


「……お嬢様」


 一体何を思いついたのか、ハルトはハナツキの元へと歩んでいき、強引に視線を合わそうと前のめりに体を傾けた。

 今、ハナツキの数十センチ先にハルトの顔がある状態だ。


「……」


 気のせいか、ハルトと視線が合った時、僅かに体を震わしたような。

 そうしてそこからハルトが取った行動はあまりにも悲観したくなるようなものだった。


「ほーら? 見てくださいお嬢様。生きてくこともおこがましいブサイクがここにいますよ? 攻撃力がないと言われてパーティーから追放されたお荷物がここにいますよ? ……いや、これ本当の話なんです」


 と、ハルト自身が言ったようにこの話は一言一句本当の話である。

 なにせ、ハルトがフューゼの敷地内で倒れていた理由の一つが、同じパーティーメンバーに追放されしまったからだ。

 別の言い方をすれば、ハルトはそこに捨てられた。

 いつの日かリッカもそんな事を言っていた。


 言えば、リッカのあの発言は何の比喩もないただの事実だったということになる。

 

 出来るならあんな過去は未来永劫忘れたいとハルトは切に思っている。

 つまり、今のこの行動はある意味、自分の身と精神を削って行われていると言うことになる。


「本当に、攻撃できる魔法もないただそこにいるだけの無能な存在って罵られまくってたんです……でもですね、俺は一つここで反論したい」


 そう言って間を作ると、ハルトは表情を崩さないハナツキに。


「この顔面はどう見ても破壊力抜群だろー……つって……あはは……ど、どうです? 」

 

「あぅ……」 


 今度は気のせいなんかじゃない

 今ハナツキは間違いなくハルトに対して狼狽えた表情を見せていた。  

 これならいける、と僅かな希望が芽生えたのだが、それは虚しくも直ぐに消え散る。


 ハナツキはハルトからすーっと視線を左に逸らし、またさっきの状態に戻ってしまった。


「だ、大丈夫……こんな反応、今までいくらでも経験してきた。まだやれるぞ俺」


 当たって砕けろがもう少しで現実になろうとしているが、ここまで来たら腹をくくる。


 それからハルトは無理にハナツキも視線を合わそうとするが、その度にぷいっとそっぽを向かれてしまい、とうとうスタートラインにすら立てなくなってしまった。


「俺の顔は見るに耐えないという事か……くそっ、普通ならこんな仕打ちくらい余裕で耐えれるのに……」


 きっと清楚で優しそうな雰囲気のあるハナツキだからこそ、こうして無意識に傷ついてしまうのだろう。

 そして、ハルトは自分を国宝級のブサイクだと、ここで位を格上げする。


「……にしてもこの作戦は失敗だったか。万策尽きた」


 たった一個の行動で万策が尽きるとはこれいかに。

 だが、ここで無理にやっても、きっと今以上に嫌われてるだけ。

 ここでハルトは一つ作戦タイムと題して、一旦ハナツキから距離を置くことにした。


 色々と策を思考を巡らせる中で、ハルトはこの部屋を見渡し始める。

 ハナツキのその華奢な体より数倍大きいベッドに、存在感が凄まじい等身大の鏡。

 どれもこれも上級身分でないと手に入れれない代物ばかりだ。

 そんな中でハルトある場所に視線がいく。


「すごい本の量だな……お嬢様ってもしかして愛読家なのか」


 いくつもある本棚には様々な分野の書籍が所狭しと並んでいる。

 ハルトはその中からふと気になったものに手を伸ばした。

 その本には、世界創造記、と記されている。


「なんだこれ……まさかこの世界は自分が創造したっていうんじゃないだろうな」


 疑惑の念を抱えながらも、ハルトはぺらぺらとページをめくっていく。

 最初は流し見る程度のつもりだったが、いつしかハルトその場に腰を降ろしてまうほど、この書籍に意識を持っていかれていた。


 内容はこの世界に対する伝記のようなものだった。

 人の意思、感情、未来、過去、それらは全て未知と存在によって支配されているとかなんとか。

 世界に自由など存在しない、眩しい未来など永遠にやってこない、なんてのも書いてある

 おまけに、この世界はその誰かによって創造された意味のない世界だ、と。


「こういう人間ってたまにいるよな。全てを過去や環境のせいにするやつ。まぁ俺の事なんだけど」


 これは伝記というより、苦労して生きていた人間の経験談のように感じる。

 この世界うんぬんはどうでもいいが、この著者がどれだけ苦労して生きてきたのかはひしひし伝わってくる。

 

 して、読み終えたハルトは率直にこんな感想を抱いた。

 マジで時間の無駄だったと。

 ハルトはその書籍を元あった場所へと戻し、また本棚を見渡す。

 

「これは……」


 次にハルトが見つけた書籍は魔力と元素の論理的考察と書かれたもの。

 いわゆる、七大属性魔法とかオリジナル魔法について触れた書籍みたいだ。

 少なくとも先程の苦労日記よりは興味をそそられる。

 

 ハルトは本棚からその書籍を抜き出し、またしてもページをめくって黙読していく。

 そしてこれが、時間の無駄だと感じた前の書籍より何百倍も面白かった。

 魔法発動に必要不可欠とされる魔力の存在、そしてどういった論理でこれらの魔法が発動されるのか。

 何十年、いや人生の殆どを費やし心身を削っても遂行された魔法研究。

 この本はそんな魔法に対する試験や研究の結果を記した研究本だった。


 とは言っても、魔法発動に対する仕組みをすべて解明したわけではない。

 むしろ、これだけ研究をしていたのにも関わらず、分からない事の方が多かったという。

 だが、そんな中でも確証をもって記された研究結果がある。

 それが、この本のタイトルにもある魔力と元素の関係だ。


 この世界には七つの属性魔法とオリジナル魔法が存在しているが、その中でもやはり属性魔法を扱う者が多い。

 研究結果によれば七大属性魔法を使う人間は魔法が扱える人間の半分程を占めるとの事。

 

 では、何故オリジナル魔法よりも属性魔法を使う人間の方が多いのか。

 それは、魔法発動までの仕組みがこの属性魔法に限っては比較的安易だからである。

 

 例えとして先ず火の属性魔法に焦点をおく。

 この書籍によれば、この火の属性は空気中に存在する魔力が高圧縮することによって具現化されると書かれている。

 簡単に言えば、火の属性魔法を使える人物はこの魔力を圧縮できる体質を持っているのだ。


 そしてこれは他の属性魔法にも当てはまる。


 例えば水の属性魔法は空気中の魔力を蒸発することにより具現化され、風魔法は魔力が共鳴する事によって発動される。

 他にも雷や氷、土、光なんかも同じである。

 氷は凝固、雷は反発、土は引力、光は合成。

 

 このように属性魔法はそうでないオリジナル魔法と比べてワンパターンで発動する事が出来る為に、その数も必然と多くなるのだ。


「元素反応か……」


 ただし、オリジナル魔法は属性魔法の仕組みとは根本的に違うようで、著者も流石に解明出来なかったようだ。

 

「……待てよ」


 ハルトはふと自分の力に疑問を持ち始めた。

 瞼を落としこれまでの戦闘シーンを思い浮かべてみる。 

 

「……」


 おそらく十秒くらいだろうか、ハルトはふと焦ったように瞼を開ける。

 本の内容に集中しすぎたせいで、ハルトはハナツキの事をすっかりと忘れてしまっていた。

 これじゃあ一体何の為にここに来たのか。

 ハルトは書籍を本棚に戻し、また策について考え始める。


(……なんだこの感覚……なんか見られてないか俺)


 何か背後から見られているような。

 ハルトはそれに対し、バレないよう静かにハナツキの方へ視線を向ける。


「ジー…………」


(み、見られてる……しかもめっちゃしかめっ面なんだが……)


 いつからなのか、ハナツキは目を凝らしてハルトの事を見ていた。

 何故こんな訝しげな表情をしているのか分からないが、少なくとも興味を持たれているということだろう。

 表情から察するに、あまりハルトの事を良く思っていないみたいだが、これは千載一遇チャンス。


「お、お嬢様もそんな表情をするんですね。まぁ、褒められたものじゃありませんけど」

 

「っ!! 」


「えっと……あれ? 」


 ハルトと視線があった瞬間、ハナツキは驚きで目を丸くする。

 

 人間味を感じる純粋な反応だったが、それが恥ずかしく感じたの、ハナツキはまたぷいっと視線を逸してしまった。

 で、結局ハルトはこのあともハナツキと会話する事ができず、呆気なく一日を終えてしまった。

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