第35話

 歴戦の経験がある国王が丸で小学生男子のように拗ね、周囲の人達は苦笑を浮かべている。

 そんな状況でメイドは思った。

 依頼主の国王様がこのままではらちがあかないと。

 そうしてメイドはそっぽ向く国王様に変わり話を進める事にした。

 

「国王様の事は気にしないでください。あれはただの親バカですから……全く国王ともあろうお方が」


 国王を見てメイドは情けなく首を振る。

 

「親バカ? 」


「国王様には愛娘、ハナツキお嬢様がいらっしゃるので」


「ハナツキお嬢様……」


 それはロータスからも事前に聞かされていた情報。

 そして、今回の依頼内容にそのハナツキが関わっている事も把握済み。

 だが、それを踏まえても何故ここで国王様が親バカを発症したのか、ハルトは全く分からないでいた。


「……おいおい。まさか自分の娘がハルトに略奪されるとか思ってんじゃないだろうな」


「そのまさかです。この親バカ国王は突拍子もない妄想だけでこのように嫉妬し、国王をという立場を忘れてこのように拗らせてしまうのです」

 

「知れば知るほどガキだな国王様……」


 どうもこの国王は、自分の愛娘であるハナツキがハルトにほだされるのではないかと、心配しているのだ。

 もちろん、自分の容姿に自信がないハルトには分からない事だ。


「でもよ国王様。このままだとハナツキお嬢様、ずっとあのまんまだぞ? 国王様だってしばらく聞いてないんじゃないのか、お嬢様の声」


「ぐぬぬ……」


 核心を突かれ、国王はそっぽを向いたまましかめっ面を浮かべる。

 しかし、この国王ら諦めも悪いらしく。


「ロータス殿の言い分は確かに正しい……でも!! だからといってこんな女をとっかえひっかえしてそうな愚男に頼まなくてもよいではないか!! この男の代わりなんていくらでもおろう!! 」


「愚男……」


 ハルトは自分のメンタルにとてつもない衝撃が走ったのを感じ、一気にその顔色を青くした。

 追い打ちをかけられた気分であった。


(確かに俺は学園でも馬鹿にされてるけど、そんなはっきり言わなくても……俺だってそんな事は分かってて)

 

 ハルトは分かりやすく肩を落とすが、周囲の誰もそれを気に留めない。


「そうでもないぜ国王様。コイツならお嬢様を助けられるかもしれない。いや、絶対に助けられると約束してやる」


 その言葉に妙な力強さがあった。

 国王もロータスが口だけの人間ではないと理解しているのか、少し考える素振りを見せる。


「くっ……しかし」


 落胆するハルトを悔しそうに見つめる国王。

 それにメイドはしびれを切らして。


「国王様。本当にお嬢様の事を思うのであれば、先ずはお嬢様を助ける事からではないでしょうか。今はロータス様達を信じてみてはいかがでしょう」


「……そう……じゃな」


 瞼を落とし、国王はようやく決心する。

 周りにいた兵士達は胸を撫で一安心といった様子。

 して、国王はハルトに視線を向ける。


「お主名は? 」


「ハルト……です……」


 たった一人、まだ気持ちに整理がついていない男がいる。

 そのせいか、ハルトの発言はあまりにも弱々しかった。

 一方、国王は大きく息を吐き。


「仕方ない。では今回の依頼はハルト殿に任せる。ロータス殿に感謝するのじゃな。それと、その身なりでハナツキに会わせるわけにはいかん」


「身なりって……それなら俺だって大して変わんないだろ。むしろ清潔感ならハルトの方があると思う。悔しいがな……めちゃくちゃ悔しいがな!! 」


 確かに前髪を上げたハルトは清潔感に溢れ、それまで陰気臭かった身なりもそのおかげでよく見えている。

 しかし、国王はそれでも表情を歪ませていた。


「だからダメなのじゃ……」


「ああ? 」


「だから!! そんなスースーするような清潔感でハナツキに会わせる訳にはいかないと言っているのじゃ!! もっとみすぼらしい格好せぇ!! 髪はボサボサにして今着ている衣類は全て剥奪!! 貴様は生まれたままの姿がお似合いじゃ!! 」


「それじゃただの変態だろ!! いい加減観念しろよこの親バカ国王!! 」


「嫌じゃぁ!! 嫌じゃぁ!! ハナツキはワシのもんじゃぁ!! 」


 まるで子供のようにだだをこねる国王。

 そしてそんな国王を無視して、メイドはハルト達をとある場所へと案内した。

 そこは、高級そうな衣服がたんまりと並べられた衣類部屋で、メイドはその部屋の奥から一つの衣服を手に取りハルトに差し出した。


「これは? 」  


「ハルト様にはこれからこれを着てお嬢様に会ってもらいます」

 

 手渡されたのは黒い衣服と真っ白なカッターシャツ。

 言えばスーツである。


(変な服装じゃなくてよかった)


 こんなしょうもない心配をしてしまうのも全ては国王様があんな事を言ったのが原因だ。

 

 ハルトは胸を撫で下ろし、それを受け取った。

 一方、一連の流れを見ていたロータスが不満げに声を上げる。


「おい待て? 何故俺にはそれをくれなかった? 」


「では、私は出ていくので着替え終わりましたらお呼びください」


「無視するな!! 」


 ロータスの怒号などどこ吹く風といった感じで、さメイドと部屋を出ていってしまう。

 ロータスは不満げな表情を見せるが、ハルトにはそれ以上に思うことがあった。


「で、お前、俺になにか言う事は」


「あ? うーん……頑張れよ? 」


「そうじゃない。そうじゃないだろ」


 的外れの答えにハルトは感情を爆発させる。


「この依頼は俺達二人でやっていくって事だっただろ。なのにお前はこれからは俺にこの依頼を任せる、って言った。一体どういうつもりだ」


「どういうつもりも何も、俺はお前をサポートすると言っただけで、二人一緒になんて一言も言ってない。リッカさんもそう言ってたはずだけどな」

 

 思い返せばロータスがそんな事を言っていた記憶は確かにないし、リッカも精一杯サポートしてくれると言ってただけで、二人で一緒になんて言葉は一言も言ってなかった。


「ま、まぁそれは百歩譲って俺の勘違いだとしよう。でも、だったらお前たちのいう精一杯のサポートってのなんの事なんだ。捉え方によっては二人共同ってニュアンスにも聞こえるだろう」


「そりゃもちろんあれだろ? 国王様の依頼で緊張しているお前の心を励ましたり、とんでもないミスして落ち込むお前を励ましたり、ハナツキお嬢様に相手にされなくて心折れたお前を励ましたり」


「くっ……ほんとどいつもこいつも」


 もはや、相手にするのも馬鹿馬鹿しい。 

 ハルトは不満気な表情を浮かべ、ささっとスーツに着替えていく。

 

「こんなもんか」


「……」     


 スーツを装うハルトを見て、ロータスはあんぐりと口を開ける。

 また一層と増した清潔感と、出来る男のような雰囲気。


「まさかとは思うが、お前本当にお嬢様を落としてしまうんじゃないのか……」


「落とす? ふん、到底あり得ない話だな。大体、そんな事をしたら俺が国王様に落とされる。奈落の底にな」


「いや、お前にその気がなくてもだな……」


「? まぁでも、万が一そうなってもお前が助けてくれるんだろ? 」  


「はあ!? な、何で俺なんだよ!! 無理無理!! 絶対無理!! 」


「え、でも、お前言ったろ? 俺の事を精一杯サポートしてくるって。だから先輩、そうなったら変わりに落ちてくれな、奈落の底に。あ、でも落とさせるのはもしかしたら首かも」


 ハルトは身の毛がよだつような事を淡々と言ってのける。

 そしてポンポンと肩を叩かれたロータスは顔色をみるみる内に青白くし。


「お、終わったわ……俺の人生。くそぉ……こうなるんだったらもっと女の子と遊んでおけばよかった……」


 ロータスはそう言って膝から崩れ落ちた。


「……思い返せば俺の人生に華なんて一時もなかった……彼女なんて一回も出来た事ないし、生まれてからずっと金には苦労かけられてたし、幸せだった思い出なんて数えるくらいしかない。あと彼女なんて一回も出来た事ないし」


「……なんか長々と意気消沈してるみたいだが、良く考えてみろ。いいか? 見ての通り、俺は見てくれには恵まれていない。その証拠に礼儀の象徴とも言われてるメイド達にすら露骨に好かれなかったんだ。だから、そもそもそんな未来は起こらないんだって」


「あはは……ほんっと罪な男だぜお前は」


 ロータスがより一層落ち込む中、メイドはハルトと一声で部屋へと戻って来る。


「これでいいですか? 」


「こ、これは……」


 スーツ姿のハルトを目にした途端、驚きの表情を浮かべたメイド。

 しばらくハルトを見つめ、そしてニヤリと笑みを浮かべた。


「これは……これは面白い事になりそうですね」


「もしかしてこのメイド……そうか、だからハルトにこんな装いをさして……」

 

 メイドの考えが、四つん這いになって悲観していたロータスにひしひしと伝わる。

 そしてそれは、首に鋭い剣が突きつけられているのと同義のものだった。


(このメイド、絶対にハルトとお嬢様をくっつけようとしてる!! 国王に喧嘩売ってんのと同じだろこれ!! メイドの分際でどんなメンタルしてんだコイツ!! というかメイドがその気なると本格的に俺の命が危ないんだけど!? )


 ロータスの心の叫びはさておき、丸で日頃から国王に対して鬱憤でも溜まってるかのような策略。

 

「……じゃあ、俺は帰るとするか。あとは頑張ってくれハルト。お前を推奨した俺の信用のためにな。あとくれぐれもメイドの策略にはハマるなよ」


「変にハードルだけ上げやがって。ただでさえ国王から嫌われてるってのに。メイドの策略? 」


 ハルトはチラッとメイドの方を見るが、本人は、なんの事でしょう、と言いたげな表情。

 して、ロータスは泣き出しそうな表情のまま帰っていった。

 

「では、早速ですが」


「ハナツキお嬢様に会うんですよね」


「はい。それにあたって色々と注意してほしい事があります」


 ハルトはハナツキの部屋に案内される道中、色々な説明を受けた。

 内容は主に、ハナツキが今どういう状態なのかという事だ。

 そうしてメイドの話を全て聞き終えたハルトは表情を大きく歪ました。


「……えっと、もしかしてこの依頼ってかなり……」


「そうですね……これまで依頼を受けた何百の人達が、心をへし折られて泣きながら帰っていくくらいには重いですね」


 ハルトの不安が大きく膨れ上がる。

 この依頼、軽い気持ちで委任してきたリッカ、ロータスのテンションを鵜呑みにしてはいけない。 


「ですが、ハルト様はロータス様が推薦するほどのお方。だから、私も期待しているのです」


「一応さっき初めてあったんですけどね」


 難易度の高い依頼ではあるが、こうなってしまった以上やるしかない。 

 なんなら当たって砕けてしまえばいい。

 そちらの方が後悔も少ないだろう。


「……でも砕け散るのは嫌だな」


 そして前を歩くメイドの足がある部屋の前で止まる。

 どうやら、ここがハナツキお嬢様がいる部屋みたいだ。

 

「では私はここで」

 

「え? 一緒に来てくれないんですか? 」


「私がいても迷惑になるだけですから。ではよろしくお願いしますねハルト様」 


「うそでしょ……えぇ」


 メイドはハルトに背を向け、本当に行ってしまった。

 ハルトはメイドの姿が消えたのを確認して、スッと視線を扉に向ける。


「ごくっ……よしっ……」


 意を決し、ハルトは扉を二回程叩く。

 が、向こうから一切リアクションがない。

 でも、ハルトは決して焦らない。

 この事はちゃんとメイドから聞いていたから。

 メイドは、ハナツキはもうかれこれ半年ほど声を出していないと言っていた。


「だから、反応が無くても入っていいんだったよな」


 ハルトは扉に手をかけゆっくりと引いて開けていく。

 その瞬間、緩やかな風とそれに連れられた甘い匂いがハルトの鼻腔を通った。

 

「……」


 その姿を一目見た時、ハルトは幻想的な気分に陥った。

 風に靡かれた薄金髪の長い毛に窓から差し込む光が一本一本を照らしそれは燦々と輝いていた。

 この甘い匂いの原因も恐らくその髪の毛から漂っているもの。


 そうして、窓の外を一点に見つめ続けるその様は、おとぎ話に出てきそうなほど儚く、そして美しかった。

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