第277話 塩害と言われましても

 どうやら興がのったらしく、ペンギンがフリッパーを振り上げ嘴をパガンと開けている。

 こうなると彼は周囲の状況など読まなくなるんだ。たとえ各国首脳が集まる席だとしてもね。彼に会った当初は「残念な」とか失礼なことを考えたものだが、出会ってすぐにその考えを恥じた。彼は気遣いもできるし、ちょっとした遊び心も持つ気の良い紳士だったのだ。

 たまに遊び心が過ぎて寝ている時にうなされたような……そんないたずらも俺にとっては心地よい。


「大賢者殿……一体どのような発電施設を?」


 議題をそっちのけでペンギンに問いかけたのは公国の開発責任者、技術開発担当教授フリーマンだった。

 俺も聞きたかったし、ペンギンも今なら興奮して語ってくれるだろうから丁度いい。

 ちらっと司会進行のバルデスに目配せすると彼の頭がキランと光る。や、やるじゃないか。頭皮で了解の意を示すとは。


「既存技術は風車による風力発電と水車を使った水力発電の二つになる。この二つの形式は地形に大きく依存する」


 パタリと右のフリッパーを振り下ろすペンギン。皆が固唾を飲んで彼の様子を見守っている。

 一呼吸置いたあと、彼は説明を続けた。


「では、ザイフリーデン領に適切な地形が無かった場合にどうするのか。ヨシュアくん」

「え、え、俺? ええと。火力か原子力か地熱か……ザイフリーデン領には海が無いから波は使えないな」

「原子力が良いのかね? 私としては可能不可能に関わらず避けたいところだね」

「原子力は忘れてくれ。火力か地熱もありだと思う」


 そもそも原子力発電の仕組みなんぞ、欠片ほども知らぬ。

 もし原子力発電ができたとしても、放射性廃棄物はどうするんだよ。地下深くに埋めようにも工事車両がないから、掘るだけでも一大工事になってしまう。

 放射性廃棄物を埋めるたびに大工事をしていたら、とてもじゃないけどコストが見合わない。

 一方、ペンギンはフリッパーを激しくパタパタさせていた。超興奮状態じゃないか。ペンギンの仕草マスターな俺が言うのだから間違いない。


「なるほど、地熱かね! 私は火力のみを考慮に入れていた」

「魔法金属やら不思議な魔道具パワーでマグマから熱を取り込み、発電に使えないかってね」

「面白い発想だ。魔法、魔素、マナ、魔力……よいではないか!」

「ペンギンさんは火力発電に対して何か案があったりした?」

「実験次第なのだが。燃焼石が多量にあると聞いているからね。燃焼石の効率を調査したい。面白いことに燃焼石は電気から生成できる。だとしたら、燃焼石から燃焼石を生成したとして……」

「なにそれ怖い……」

「冗談だよ?」


 「燃焼石の永久機関だー」なんてことにはならないと思うよ。さすがの俺でもそれくらいは分かるんだぞお。

 この世界にもエネルギー保存の法則は適用される。燃焼、発電で使った分のエネルギーは燃焼石には戻らない。

 ややこしいのが、魔力なのだよな。魔力は空気中を漂い様々な物質に取り込まれたり発散されたりする。こいつがエネルギー保存の法則に影響を与えるんだ。

 俺が知っている唯一の永久機関はシャルロッテだけである。牛乳飲んで仕事して、牛乳飲んで仕事して……頭痛が痛い。


 戦慄する俺と夢中になるペンギンというどうしようもない状況を切り開いたのは、司会進行のバルデスだった。


「ヨシュア様、大賢者殿。議論についていけない私をお許し下さい。お二人がザイフリーデン領でかつてない凄まじい何かを行おうとしているとは理解できました」

「一旦議論はここまでにしよう」


 バルデスの助け船にここぞとばかりに乗っかる。これでペンギンの知識はみんなに十分伝わっただろうから。


「では、次の議題に移らせていただきます。連合国と周辺国家の関係性は極めて良好になっております。一時的に冷えていたレーベンストックはむしろ一番の友好国と言えるほどになりました。これもヨシュア様の人徳の致すところでございます」

「褒め過ぎだよ、バルデス」


「いえいえ」と首を振るバルデスに代わり、グラヌールが意見する。


「一時、レーベンストックとのやりとりは支障をきたしておりました。現在は貿易額がヨシュア様が辺境に行かれる前より多いくらいです。魔石機車を彼の国まで伸ばしてはという話も出ているほどです」

「一応、報告して欲しい。聖教国家との関係性はどうだ?」

「以前と変わりなく良好です。特に『都市国家連合』のドージェ元首がヨシュア様の『個人的な支援』に謝意を示しておりました」

「個人的な支援だってのに。ドージェらしい対応だな」


 バルトロ達が行きたいと言ってくれたから、彼らを都市国家連合に向かわせたんだ。

 海域の調査にね。俺の個人的に愛してやまない嗜好品のためでもあったり、と公私混同が甚だしいので国としての支援はしなかった。

 バルトロ達にも命最優先でと伝えているし、ドージェにもあくまで個人的な協力だから結果の是非は問わないとのことで同意している。

 バルトロは元SSSランクの冒険者だったから、冒険者向けの案件に強いはず。

 後から調べて分かったことだけど、現役冒険者の中でSSSランクって大陸に一人しかいないんだって。

 共に行くガルーガにしても元Aランクと上位の冒険者だったから心強い。彼らが帰ってきたら土産話でも聞かせてもらおう。

 

 あと二つ懸案事項があったよな。

 聞こうとすると先んじて今度はバルデスと外交担当大臣イッセルシュテットの声が重なった。

 

「ヨシュア様」

「ヨシュア様」


 二人は「あ」とお互いに口をつぐみ目を合わせる。

 どうぞどうぞという空気が二人の間に漂っていたが、どうやらイッセルシュテットが喋るようだ。 


「バルデス卿と二人三脚でホウライの農業問題に当たっております。現状をご報告いたします」

「頼む」


 懸案事項のうちの一つホウライ問題については気になっていた。


「かの地は塩害が酷く、年に数度大雨で大地が削れ土地が回復するそうなのですが、昨年、本年と大雨がなくすっかり土地が痩せてしまったことが原因でした」

「塩害か……水源はどうだ?」

「太い川があります。用水を引いているわけではないようですので、灌漑を整えるのも良いかもしれません」

「ふむ……」


 塩害と一口に言っても様々だ。ホウライは内陸国で海水による塩害はあり得ない。

 うーん。

 

「バルデス。塩害の原因特定はできそうか?」

「岩塩由来か長年の蓄積のどちらかと踏んでいます」

「岩塩だったら、その場所を避けるしかない。岩塩由来の場所があれば、そもそもずっと不作になるよな?」

「確かにそうですな。長年の塩類の蓄積でしょうか」


 長年の塩類の蓄積だったら、数年に一度の大雨でも十分な気がする。

 塩害は地球でも古来から人々を悩ませてきた。たとえば、古代メソポタミアの塩害なんかが有名だ。

 メソポタミアではチグリス川の氾濫を利用して小麦を生産していたんだけど、長年の塩類の蓄積によって小麦の収穫量が激減した。

 ホウライの穀倉地帯は元々乾燥しやすい土地でドカッと大雨が降るような感じだったのかもしれない。

 対応策かあ……。

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