第276話 復興計画

 グラロロ村を訪問してから一週間が経とうとしている。公国北東部の復興作業は順調に進んでいた。復興が進むにつれてヒトモノの輸送が活発化したことから、復興作業の際に魔石汽車用のレールを敷設したのだ。レールはローゼンハイムから繋ぐ形にしたので、ネラックからローゼンハイムを経由し北東部の中心地ダグラスまでの鉄道が完成したことになる。

 輸送だけを考えるとザイフリーデン領の領都ダグラスを終着駅にする必要はなかった。ザイフリーデン領は魔素被害が最も深刻でダグラスに生存者は存在しない。不幸中の幸いと言っていいのか微妙だけど、ザイフリーデン領内の領民が全滅したわけではなく、領都以外の領民の半数ほどは避難し、無事である。

 生き残った領民たちは戻るかネラックに住むか選択してもらった。結果、ザイフリーデン領に戻ることを希望した人はいなかった。

 つまり、ザイフリーデン領は無人になってしまったのである。

 一方、オジュロ伯のところを始めとしたザイフリーデン領以外の北東部の領民は元の領地へ帰還し、元通りの生活を営んでいた。

 ネラックでは災害避難地として一時的に人口が急増したが、現在は急増前の三割増程度に落ち着いている。

 ネラックの人口増加は予想以上であるが、一時的に領民を受け入れたことで、まだまだ人口増加に耐え得ることが分かったのは収穫だな。

 受け入れ準備はとても大変そうだったものな。これはシャルロッテの働きが大きい。

 俺はその頃、災害対策のダイナマイト作りで……お、思い出したくない。


 や、やべえ。トリップしそうになってしまった。

 そうそう、俺が今いる場所はローゼンハイムの会議室だ。会議室と名付けたのは俺である。

 といっても会社の会議室のイメージと少し異なるのだ。

 壁には公国の紋章を入れたタペストリーに公国の旗だろ。天井からは大きなシャンデリアが二つ吊り下がっていて、鎧なんかも置いてある。円卓をずらっと取り囲む文官らと警備を行う騎士団の人たちが六人もいた。

 騎士団は部屋の外も護っているから都合八人か。

 俺の後ろには護衛役のルンベルクとエリー。隣には無理言って連れてきたペンギンがどてーっと座っている。

 今日の議題に彼を頼りたかったから。

 本人は「ペンギンが行っても良いのかね?」とか懸念していたけど、何ら問題ない。トップの俺がルールだからな! ふふふ。

 誰にも文句は言わせないぜ。


「定例会を始めます。ヨシュア様、お願い致します」


 農業担当大臣バルデスが恭しく礼をする。

 樽のような体形はそのままで安心したよ。彼も激務続きだろうから。あ、心なしか髪の毛が更に薄くなっているような。

 セコイアの魔法でふさふさにできたりしないのだろうか? 機会あれば彼女に聞いてみよう。

 なんてことを考えつつも口を開けばシリアスなヨシュアさんなのだ。


「諸君、多忙な中集まってくれて感謝している。既に知っている人も多いだろうが、最初に諸君らに紹介したい人がいる」


 ペンギンがよいしょっと椅子の上で立ち上がろうとするも、ハプニングが起きる。

 なんと、立ち上がろうとした勢いで椅子が後ろに倒れていくではないか。しかし、エリーが指先で椅子の背を支えることで事なきを得た。

 指先一本で椅子とペンギンの重量を支えきるとはさすがエリー。俺なら指を怪我しているよ。

 元の位置に椅子が戻り、エリーが指先を椅子の背に当て支えている状態でペンギンが改めて立ち上がる。

 椅子の上に立ち上がったペンギンであるが、高さのあるテーブルに隠れ白いお腹の半分くらいが下に隠れてしまっていた。

 とてもシュールだが、皆真剣な眼差しを彼に向けている。周囲の真剣さにシュールさが増し、笑いそうになってしまうがグッと堪えた。

 

「失礼を承知で先に言っておくが、彼は俺のペットでもないし、モンスターでもない。彼は俺が辺境で出会った偉大なる大賢者『ペンギン』だ」

「初めまして。ペンギンです。ヨシュアくんとは仲良くさせてもらっているよ」


 フリッパーを胸に当てペコリと頭を下げるペンギンに対し、皆が拍手で迎える。

 

「大賢者殿のご活躍は常々耳に入っております。魔石機車で頂いたご助言、感謝しております」


 代表して経済担当大臣グラヌールが恭しく礼をした。

 俺も覚えている。グラヌールとバルデスを連れてペンギンがネラックの執務室にやってきたんだよ。

 そこでペンギンが「ダイアグラムを書いてくれ」とかいうから一瞬固まってしまった。何だったっけとペンギンに聞いて、説明を受けようやくダイアグラムのことを思い出したものだ。

 俺が「某列車で行こう」というゲームをやっていなかったら分からなかったところだぞ。

 ダイアグラムは電車の運行状況を管理するための表みたいなもので、駅で上りと下りの電車を交差させる時間が分かりやすい。

 現代日本ではもう使われていないかも? 今はパソコンで計算できそうだもの。

 

「諸君らにペンギンを紹介したのは、懸案となっているザイフリーデン領の件で相談したかったからだ」


 集まった大臣らと順に目を合わせる。誰もが俺の次の言葉を待っているようでゴクリと喉を鳴らす。


「ザイフリーデン領は無人となった。ザイフリーデン領はアントンによって豊かな領地に生まれ変わった。農地、市街地が領土の7割にも及ぶと聞いている」

「おっしゃる通りでございます。ヨシュア様」


 バルデスが補足してくれた。この世界にはモンスターがそこかしこにいる。

 各国共に領土はあるが、その領土全てが開発されているわけではない。深い山脈や砂漠地帯といった地球でも難しい地形的な問題に加え、強力なモンスターがひしめき合う場所もまた開発困難地域となる。領土に比べて人口が少ないのもこういった事情があるからだ。

 ここ10年で公国の人口も随分増えてきてはいるけど、ね。

 公国全土として開発し人が住めるようになった土地はだいたい4割くらい。ザイフリーデン領がどれだけ開発されていたのかは推して知るべしである。

 拓かれた土地を放置しておくなんてもったいないだろ。なので、懸案事項になっていたってわけさ。

 

「ザイフリーデン領は大規模な科学都市としたい。といっても、大都市にするというわけじゃなく、主な施設は発電施設だ」

「なるほど。大規模な発電施設かね。発電施設はメンテナンスも必要だからね。技術者を育成するという意味でも悪くない」

「うん。ついでに、学校や魔道具の開発、列車、飛行船……などなども」

「科学都市というより学術都市だね、それは。面白い」


 打てば響くペンギンの応答に多くの大臣は唖然としている。

 グラヌールとバルデスは彼のことを知っているので、感心したように頷いていた。

 

「そこで、大規模な発電施設の設計図をペンギンさんに手伝ってもらいたいと思って」

「ザイフリーデン領まで行くのかね?」

「規模感をどうするか決めるために現地調査は必要だけど、ペンギンさんに実工事の指揮までは頼もうと思ってないよ」

「ネラックにいたままでもできるね」

「うん、ペンギンさんにはなるべくネラックにいて欲しい」


 ペンギンも乗ってきてくれたことだし、大規模な発電施設による魔石と魔法鉱石の大量生産の道が見えてきたぞ。

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