第263話 最終試合?

 飛竜によるハプニングがあったため、台覧試合は中断されたままだ。このまま中止になるかもしれない。

 観客も目の前で飛竜を見たのだから、非常事態ってことは分かっている。

 観客は選手が出て来ずとも、野次は起こらず静かに状況を見守っている様子だった。

 俺はというと、忙しなく動いていて、付き添ってくれているレーベンストックの猫頭に確認をとっていたのだ。

 問題ないと回答が返ってきたので……。


 皿に乗った骨つき肉の丸焼きをそっと足元に置く。


「ニクニク」

「みんなからのお礼だよ」


 聞いちゃいねえ。完全にニクニクモードだよ。一心不乱に咀嚼するゲ=ララに俺の声なぞ届こうはずもない、か。

 食べ終わったら改めて礼を述べよう。


「お、はじまるのかの」


 セコイアが膝の上で足をぶらぶらさせながら、前方を指差す。

 お、彼女の言う通り司会の人が広場に出てきている。

 期待高まる観衆の目が彼に集中した。

 ところが――。


『台覧試合は次の試合で終了とさせていただきます!』


 「えっ」とばかりに静まり返る観衆だったが、次の司会の言葉で大歓声に変わる。


『よって、次の試合は残った戦士たちによるバトルロイヤルとします!』


 ――ワアアアアアア。

 粋な計らいだ。例年と異なり、今年は各国から選手を招いている。なので、時間配分が過密になっていた。飛竜ハプニングで経過してしまった時間は取り戻せない。飛竜襲来の原因究明もまだだろうから安全性を考慮し、このまま中止にという案もあったと思う。

 しかし、運営は何とかして最後まで台覧試合をやり切ろうと模索した。その結果が、バトルロイヤルってわけか。

 悪くない。いや、むしろ楽しみだ。

 ん……しかし、うちだけ二人残ってたよな。バトルロイヤルとなると、強い人でも集中して狙われたら勝ちきれない。

 その点、連合国はルンベルクとバルトロが残っているわけで。

 残りはあと何人だっけ?


 セコイアの耳をツンツンしたら、眉をハの字にした彼女が「なんじゃー」とこちらに顔を向けた。


「残りは何人だっけ?」

「六人じゃな。ルンベルクとバルトロの心配でもしておるのか?」

「ん、まあ、そうだな」

「心配せずとも、あやつらは……まあ見ておるがよい」


 彼らが勝ち残るのは嬉しいのだけど……いや、何も言うまい。ルールに則って戦うなら問題はないだろ。怪我をしないように、な。

 彼らのことだ。二人で組んで他を倒してから、何てことはしないと思う。

 お、残り六人の戦士たちが広場に姿を現したぞ。


 バルトロとルンベルクはっと。お、いたいた。バルトロがこちらに手を振っている。相変わらずな彼の姿に心が和らぐ。

 緊張感漂う場面だとは分かっているけど、それでもいつも通りの彼みたいになるには、まだまだ俺の修行が足りないな。結構な数の演説をしたけど、未だに慣れん。いつになったら慣れることやら……はっ! 慣れるまで延々と演説を繰り返すつもりなんてないぞ。引退しなきゃならないからな。ふふ。


『始め!』


 司会の勢いの良い掛け声で試合が始まる。


「え」

 

 思わず変な声が漏れてしまう。

 乱戦になるかと思われたその場だが、バルトロがコインを弾き、他の人がそれを見守っているじゃないか。

 コインの裏表で三人に分かれた彼らは、整列してもう一方の三人とそれぞれ向かい合う。

 お互いに十分な距離をとって。あくまで一対一の試合をやろうというわけか!

 

 そして、それぞれが対戦相手に武器を合わせ、三組の試合が始まった。

 ルンベルクの相手は帝国の騎士。お互いにここまで圧倒的な力で勝ち進んできた同士だ。

 ガルーガより背丈こそ頭一つ分くらい低いものの、彼に勝るとも劣らない胸板、丸太のような腕と重量級の帝国の騎士が身の丈ほどもある大剣を軽々と振り上げる。対するルンベルクはがっしりとした体つきながら、彼と比べると見劣りしてしまう。

 ルンベルクは片手剣を前に突き出し、真っ直ぐ振り抜かれた大剣の横腹を叩く。振る勢いを真横にいなされたからか、その場でたたらを踏む帝国の騎士。

 帝国の騎士が体勢を立て直そうと膝に力を込めつつも、泳いだ大剣を元の位置に戻……と、既にルンベルクの片手剣が彼の首筋へ当てられていた。

 目を凝らして見ていたのに、追いきれなかったぞ。

 

「バルトロが待っておるぞ」

「待つって……」

 

 セコイアの声にルンベルクから目を離し、バルトロへ視線を向ける。

 ちょ、着流しの独特の読み辛い剣筋をひょいひょいと躱しながらこちらに親指を向けるバルトロである。

 いくらなんでも相手を舐めすぎだろ。

 と思ったが、バルトロもルンベルクと同じ片手剣で、反対側の手は何も持っていない。

 一応、左手は空いているといえば空いているのか。

 着流しの攻勢は甘い物じゃないことは理解している。あの獅子王ですら軌道を読み切れず敗れてしまったほどだから。


「あやつとバルトロの相性は最悪じゃの。せっかくならルンベルクとやればまだ見れたものになったかものお」

「赤の着流し『クレナイ』だって、相当な実力者だろ」

「そうなのじゃが。あ奴の場合、あの独特の歩法と剣筋じゃろ。バルトロにはまるで通じん」

「超直感か!」


 うむうむと前を向いたまま頷くセコイア。

 俺も彼女が言わんとすることに合点がいった。

 読み辛いことがクレナイの剣術の利点なのだ。しかし、バルトロの超直感はその全てを無効化してしまう。

 どこに「来る」のか「読める」のが直感の力と聞いている。究極の感覚派ファイターバルトロの前では、トリッキーな動きはただの無駄な動きと化す。

 セコイアと会話している間に最短距離で片手剣をクレナイの額に当てたバルトロの勝利となった。

 

 残り一つの試合は地元レーベンストックの犬耳戦士が残る。体に不釣り合いなほど大きな戦斧を持つ彼女だが、あの細腕で軽々と振り回していた。

 彼女はエリーと同じようなギフトを持っているのかも。

 

 さて、いよいよ残り三人だ。この先どうするんだろ? と考える間もなく、バルトロとルンベルクが剣を合わせ、二人の戦いが開始された。

 残された犬耳戦士の手から戦斧がポロリと落ちる。彼女は動かない。いや、動けないのか。


 対峙する二人は剣を構えたまま微動だにしない。バルトロは地面に擦りそうなほど剣を下に構え、もう一方のルンベルクは真正面にお手本のような構えを取っている。

 

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