第259話 ルンベルクと騎士団長
さてそろそろ開始の銅鑼が鳴る頃か。
「ひゃあ」
思わず情けない声が出てしまった。
開始の合図が鳴る前にオルトロスが突進し着流し角の人を噛み砕こうと右の首をもたげる。いや、前脚で踊りかかり彼を押し倒そうとしているのかも。
対する着流し角の人は不意を打たれたにも関わらず既に動き出していた。
竹竿を支えにして棒高跳びのように宙を舞い、オルトロスの巨体より高く跳躍したのだ。
それだけじゃない。体全体を鞭のようにしならせ竹竿を振るう。
ドスン。
竹竿がオルトロスの右側頭部をしたたかに打ちつけた。
打たれたオルトロスの右首がダラリと力なく下がる。意識を失った?
しかし、奴の左首は健在で怒りの咆哮をあげていた。が、そんな大きな隙を見逃す着流しではなく……着地と同時に地面に擦るくらいまで体を落とし、捻り上げるようにして伸び上がり竹竿を振るう。
ドンと鈍い音がしたような気がしたが、距離があるのでハッキリとは聞こえてこない。
竹竿は残ったオルトロスの左首の脳を揺らし気絶させていた。
両首の意識が途絶えたオルトロスがずうんと地面に崩れ落ちる。
『勝者クレナイ!』
うおおおおと歓声が上がった。
「ひゃああ。あんな大きな怪物が」
「見たいの? ヨシュア様?」
「戦いのこと? ……もっと見たいかってことかな?」
こくこくと頷くアルルに微笑みかけた。
「なるべくならあんな恐ろしげな怪物とは会いたくないな」
「うん。ヨシュア様、見たいものあるの?」
「と、唐突だな。そ、そうだな。空からの景色とか良いものだぞ」
「何を言うか男なら女のは……むぐう」
お子様は黙って膝の上に座ってなさい。
不穏なことを口走りかけた狐耳の口を片手で押さえていたが念のためもう一方の手も追加する。。
アルルの急な質問にも笑顔で対応する紳士な俺に水をささないでいただきたい。
女性関係は怖いのだ。王侯貴族ともなるとベッドに令嬢をしのびこませて、部屋の主が自室に戻った直後に令嬢の護衛やら侍女やらが押し入り……正妻になんて嘘かほんとか分からん話まで聞いたことがある。
アルルが純真な瞳で冷や汗を流す俺を見つめて、こてんと首を傾げていた。
「ま、まあ。男女の話は昼間にするもんじゃないな、うん」
「ん?」
「あ、いや。セコイアが突然……ま、まあ、気にしないで」
「はい!」
ピシッと右手を上げるアルルに癒される。
それに引き換えこの狐ときたら。
「手を離せ」と狐耳でアピールしてきたので、「仕方ないな」とため息をつきつつ彼女の口から元の位置に手を移動させた。
「むきー」
「むきーとか声に出して言う幼女って……」
「幼女じゃないのじゃあ」
「ほら、次が始まるぞ。台覧試合ってトーナメント式とか書欄で説明していたよな。一体何試合するんだろ」
うーんと腕を組んだところで次の試合が始まる。
首だけをこちらに向け頬を膨らませているセコイアの頭を掴み前を向かせた。
試合はちゃんと見なきゃな。せっかくの特等席なのだから。
随分離れた位置で対峙しているなあ。どちらも弓を持っている。
なるほど。二人ともエルフの青年か。
開始の合図と共に二人は矢を放つ。危ないなあれ……矢じりがついていないみたいだけど、当たると体に突き刺さるんじゃないか?
矢は右側のエルフの右胸に、左側のエルフの左胸にスコンと刺さった。やはり刺さるらしい。
二人とも革鎧を着ていたから怪我はしていない様子だ。左胸に当てられたエルフが敗北を宣言し、試合が終わる。
お次は帝国騎士かな。台覧試合だからか二人とも兜を装着していない。
羽抜きしたエペと呼ばれるフェンシングで使うような武器を二人とも持っている。激しい攻防の末、金髪の偉丈夫が勝利した。
何だか嫌に印象に残る顔だ。長髪をオールバックにしていてそれぞれのパーツは整っているが濃い。自分のことを棚に上げて言うのもなんだけど、清々しい笑顔を浮かべているはずが粘つく感じがして……。ハンサムなのだろうけど、俺の感性に合わないだけ……と思う。
「お、ルンベルクと騎士団長の番だ」
立ち上がって手を振ろうとしたが、セコイアが乗っかっているのでその場で我慢した。
騎士団長は試合だからか重装備ではなく、革の軽鎧にヘッドギアのようなものを被っている。一方のルンベルクはいつもの執事服姿で佇んでいた。
二人はこちらに向かって深々と一礼した後、銅鑼の合図を待つ。
銅鑼が鳴り、試合が始まったが、二人とも剣を構えたままじっと睨み合っている。
ルンベルクは両手剣を。騎士団長は片手剣に丸盾を。
お互いの距離が二メートルのところで、もう一分以上経過しているにも関わらずまだ動きが無い。
沈黙の時が流れ、騎士団長が両手をあげ剣を地面に放り投げた。
『勝者ルンベルク!』
司会がルンベルクの勝利を告げる。
これまで上がっていた歓声はなく、観客も俺と同じできょとんとなっていた。
お互いにガッチリと握手を交わし、二人は広場から去って行く。
「あれで勝ち負けとかどうやって分かるんだろ」
つい心の中の考えが口をついて出ていた。
疑問の声に反応したセコイアが首をこちらに向け、得意気に八重歯を見せる。
「お互いの気迫から実際に斬り合わずとも、斬り合っていたのじゃよ」
「達人同士が目をつぶったまま座禅組んで……とかのやつか」
「よく分からんが、お互いの動きを頭の中で描くものじゃ」
「物語の中だけの話だと思っていたよ。見る方は何が起こっているのかまるで分らないな」
「そうかの。そうじゃない者もいるがの」
くいっと顎をアルルへ向けるセコイア。
急に話を振られた彼女は目をまんまるにさせ、ピクピクと猫耳を動かす。
「あの人だと、まだまだ。(ルンベルクに)届かなかったよ?」
「結構な実力差があるってこと?」
「うん」
「へえ。ルンベルクってそんなに強いんだ」
「うん! アルルより、とっても」
「バルトロも副長に余裕勝ちだったみたいだし、我がハウスキーパーたちの強さ恐るべし、だな」
「バルトロさん。アルルより」
「いいんだ。アルルはアルルだから」
ポフンと彼女の頭に手を乗せる。
一方の彼女は気持ちよさそうに目を細め、尻尾がふにゃあと垂れる。
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