第247話 少しばかり力が強い

 それにしても、アルルに俺の服はサイズが合わなさ過ぎるだろ。

 袖やパンツの裾は巻けばなんとかなるのだけど、腰回りはどうしようもないな。

 元はしっかりと紐で縛っていたようだが、一度彼女が脱いでしまったので彼女が動かずとも自然とずり落ちてきてしまっている。

 当の本人がまるで気にしていないのはどうなんだよ。ボタンも俺が留めたわけで……一応これでも俺は男なのだけど、な。

 男として見られていない? というわけじゃないことは重々承知している。

 彼女は歪なのだ。

 一部そうじゃないところもあるのだけど、幼い子供のまま精神的な成長が止まっている。

 メイドとして雇われてから言葉数が多くなってきたものの、まだまだ本来の年齢まで到達していない。

 たどたどしい言葉遣い、屈託のない笑顔、言葉そのままに受け取る素直なところ。数え上げればきりがないのだけど、理解に乏しいというわけではない。

 過去に何かトラウマになるようなことがあって、今に至っているのだろう。

 彼女の繊細な部分に触れるわけだから俺から聞こうとする気はないのだけど、聞いたら包み隠さず全部喋ってくれるはずだ。

 だからこそ、聞けない。

 断っておくが、この世界では日本より肌を見せることに関して大らかである。

 ローゼンハイムのような大きな街ならまだしも、小さな村なんかだと水浴びは男女混合当たり前か男がつぶさに観察している中で女が水浴びをするパターンが殆どだ。これには事情があって、体を布で拭くなら個人個人で完結できるのだけど、水浴びとなるとそうはいかない。

 水源が豊富で魔道具が普及しているなら、家で水浴びができる。

 しかし、村々ではまだまだ魔道具が入り始めたばかり。なので、近くの川で水浴びをすることになるんだ。

 じゃあ、男女別れて水浴びをすればいいじゃないか? と思うだろ。

 そいつはいただけない。女子の裸を男どもが見たいから、という理由は……人によってはあるかもだけど、モンスターがいる世界なので無防備な水浴びタイムは頂けないのだよ。村の若い男衆が防衛に当たり、村人が順番に水浴びをしていく。

 最後は男衆が交代で水浴びをして完了となるわけだ。

 といっても、女性に羞恥心がないわけじゃないんだぞ。水浴び以外の場所で肌を見られたら羞恥で頬を桜色に染める。

 勝気な女性だと見られた男にビンタを食らわせるかもしれない。

 アルルの場合は肌を見せることに対する羞恥心が完全に欠如している。

 そうなると逆にこちらが弱ってしまうわけで……。

 

「アルル。ちょっと触れるぞ」

「うん?」

「エリーにパンツの紐を締めてもらったの?」


 コクコクと頷くアルルの尻尾がピクリと揺れる。

 尻尾はパンツの中に仕舞い込むのだろうか、セコイアの服のように尻尾用の穴が空いていないしな。

 彼女が着るなら着るでそれくらいの加工はしてもいいものだと思うのだけど。

 

「ヨシュア様。エリーの名をお呼びに……遅くなり申し訳……し、失礼いたしました!」

「待って、エリー。そういうのじゃないから。パンツがズレたので俺が元に戻そうとしていたんだけど、紐を結んでくれたのはエリーだろ」

「は、はい。アルルがそのパジャマを着たいというものですから」

「エリーにお願いしてもらってもいいかな?」

「畏まりました」


 扉の外にいたのなら、すぐに入って来てくれればよかったのに。

 ちょうど到着したころで聞こえたのかもしれないけど、ね。

 横縞の下着の方のパンツを履いていてくれたのがせめてもの救いだよ。丸見えになっているけどさ。

 エリーが手直ししてくれたらすぐに元のように戻った。手慣れているな、エリー。さすが世話役!

 作業を終えた彼女は胸に手を当て深々とお辞儀をする。

 

「ありがとう、エリー」

「いえ。はしたないお姿をお見せし、申し訳ありませんでした」

「エリーが脱いだわけじゃないんだから、謝罪するようなことはないよ」

「え、エリーがぬ、脱ぐ……のですか」

「いやいや。どこをどうやったらそうなるんだよ」


 エリーはたまに謎の勘違いをするよな。普段は「一を聞いて十を知る」を地でいくような人なのだけど。

 一度誰かに診てもらった方がいいかもしれん。

 医者の顔を思い浮かべ、ブンブンと心の中で首を振る。

 「吾輩に任せてください!」と自信満々のオジュロの顔が思い浮かんだからだ。

 だったら、魔法的に調べることで進めるとするか?

 今度は狐耳のだらしなく涎を垂らす姿を幻視し、ヨシュア君は窮地に立たされた。

 

「あ、あの。ヨシュア様」

「すまん。心の中で葛藤が」


 遠慮がちに俺の名を呼んだエリーに向けにこやかに笑みを返す。

 とんだハプニングがあったが、アルルとエリーにソファーへ腰かけてもらうように促した。

 並んでちょこんと腰かけた彼女らはまるで姉妹なのかのよう。

 髪型、目の色、種族まで全部違うのだけど、何故かそう思えてしまって微笑ましい気持ちになった。

 膝をぴっちりとつけ、手を揃えてスカートの上に乗せる姿が同じだったからかも。

 

「ヨシュア様。ルンベルク様からお聞きしました。これまでお知らせしておらず申し訳ありませんでした」

「ルンベルクが俺の為を思ってやってくれていたことだから、謝る必要なんてないよ」

「辺境に来た頃、いずれハウスキーパーで揃ってヨシュア様にお伝えしようとルンベルク様とお約束し、そのままになっておりました」

「うんうん」


 真摯に語るエリーにコクコクと頷きを返す。そんなエリーと俺の様子をじっと見つめるアルル。

 しかし、淀みなく喋っていたエリーが口ごもり、うつむいてしまった。

 

「あ、あの。ヨシュア様。少しばかり力が強い女は……」

「エリーがちょっとだけ力持ちなことを気にしているのは知っているよ。女の子らしくないとか、そんなところかな?」

「お、お恥ずかしながら……」

「エリーがどう思うかは別として、俺は助かったよ。エリーに抱えてもらってルビコン川を渡ったり、先日だって鉄の板を運んでもらったりさ。カタツムリの前で俺を護ってくれようともしたじゃないか」

「ヨシュア様……エリーの為にお気遣いを……」


 ポロポロと涙を流すエリーと彼女の背中を優しく撫でるアルルと異なって、俺の内心は別のところにあった。

 少しばかり、ちょっとだけ……そんなわけねえよ!

 本来だと「とんでもないパワーだ。素晴らしい!」と褒めたたえたいところだけど、それじゃあ彼女を傷つけてしまうかもと思ったのだ。

 モンスターの存在するこの世界において、膂力を褒めることはよくある。

 褒められる方もまんざらではないのだけど、エリーの場合は違うからな……。


「エリーはちょっと、じゃないよ。頼りになる! アルルはいつもすごいなーと思ってるよ」

「ゴホンゴホン。あ、エリー。話してくれてありがとうな」


 あっけらかんと爆弾を投下したアルルの言葉を遮るようにワザとらしい咳をして、この場を誤魔化す俺なのであった。

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