第246話 鉄壁のハウスキーパー
俺は護られていたのだ。自分の立場というものを軽視していた。政務にかかりきりで抜けていた。手が回らなかった……と理由をあげればいくつも言い訳が浮かぶ。
しかし、自分の身を護ることは為政者としてまず最初に考えねばならないことだった。あれだけのSPを伴ったアメリカ大統領がこれまで何人銃弾に倒れている?
厳重な警戒があるからパレードや演説の時を狙われるのだろうけど、大統領官邸が無防備ならどうなった?
襲撃者は真正面から大統領官邸を陥落させ政府関係者を一掃するだろう。
ともかく俺は政治がうまくいき、飢えや不景気など暴動の元となるネタを取り払った。世間が落ち着きを取り戻し、みな笑顔でそれぞれの仕事をこなすようになってきたんだ。だから、余計に慢心していた。
誰もが俺を持ち上げてくれるから余計に、ね。
父上は俺の本質を見抜いていた。「警備兵だ」と派遣したらいずれ俺が遠ざけることも見越して、暗殺者などの不測の事態に備えるために元公国騎士のルンベルクを執事として寄越したのだ。
父上の意図を汲んだ彼は、バルトロ、アルル、エリーの三人を俺に紹介した。
他の三人の実力のほどは分からないけど、辺境に来てから見せた彼らの力を振り返れば衛兵クラスが複数でかかっても凌げると見ている。
バルトロは元冒険者というバックボーンがあって、モンスターを討伐してきたみたいだし。アルルは絶壁で見せた猫族特有の身体能力とセコイア並みのセンサーがある。
彼女が警戒すれば、いちはやく屋敷に侵入した下手人を察知することができるだろう。
エリーはあの馬鹿力で一瞬にして行く手を塞ぐバリケードを作ることができる。
そんなわけで、その日のうちにそれぞれを部屋に呼んで話をすることにしたんだ。
「よお、ヨシュア様。面白え話か?」
「いつも探索やらありがとう。業務連絡は一つあるくらいかな。ルンベルクから聞いたと思うけど」
「おう。任せてくれ! 旦那に負けないくらい暴れてやるぜ」
「怪我しないようにな」
にかっと白い歯を見せて肩を揺らすバルトロはとても楽しそうだ。
最初に一番会話しやすい相手を呼ぶ相変わらずのヘタレぶりを発揮する俺である。
台覧試合のことは伝わっているようで、それで彼のテンションがあがっているみたいだ。
「バルトロ。話というのは、一言、礼が言いたくて」
「俺はいつもヨシュア様に感謝してるぜ」
「そこは俺もだ。いままで俺を陰ながら護ってくれてありがとうな。元冒険者のバルトロが庭師ならモンスターが来ても安心だ」
「お、おう。ハッキリと言ってなくてすまねえ。俺はルンベルクの旦那にギフトを買われて庭師になったんだ」
「ギフトが?」
「『直感』てギフトなんだが、虫の知らせって言うのか、そういうのを感じとるギフトだぜ」
「そいつはすごいな!」
竹を割ったようなという表現が良く似合うバルトロはそれほど悪びれもなく、俺の質問にも淀みなく答えてくれた。彼と会話していると難しいことでも大したことないんじゃないかと思えてくるから不思議だ。
今は彼の持つ力について会話しているだけだけどね。
「そういや、バルトロ。いざという時のために、武器を携帯しておいた方がいい。素手で対応するなんて危険極まる」
「外ならともかく、ヨシュア様の部屋に武器を持っては習慣を気にしねえ俺でもちいとな」
「いいって。武器を携帯するのが重くて動きが悪くなるってんなら別だけど」
「分かった。ヨシュア様からもらったアレで剣を作ったんだよ。すげえぞ、あの剣は」
「それはよかった。ガルーガも気に入った武器が手に入っていればいいけど」
「問題ねえ。ガルーガがさ。ルンベルクの旦那のように……おっと口止めされてんだった」
顔を見合わせ笑い合う。
あのガルーガがルンベルクのように号泣していたのか。見たいような見たくないような。
男泣きはスポーツ中継で何度も見たことがある。感動的なシーンで嫌いではないのだけど、今回のは原因が微妙だから……さ。
おっとこのまま彼を帰してしまうところだった。重要なことを聞き忘れてはいけないのだ。
「エリーのことなのだけど。彼女は自分の馬鹿力を気にしてるよな?」
「んー。普段は見せないようにしてるみてえだが、エリーは必要な時とそうじゃねえ時がわかってる。心配するこたあねえと思うぜ」
「そうか、ありがとう。突然呼び出してすまなかったな」
「いつでも呼んでくれよ。近くまたピクニックへ行こうぜ」
「是非」
そんな感じでバルトロとのやり取りが終わったのだった。
お次はアルル。エリーも手が空き次第来てもらうように伝えてある。
満面の笑顔でうんうんと頷くアルルに癒されつつも、理解してくれているのか少し不安になった。バルトロに言ったことと同じように感謝の気持ちを彼女へ伝えたのだ。
いや、理解してくれというのは傲慢だよな。俺が納得するためだけに彼女を付き合わせている。にこにこと聞いてくれることに感謝しないと。
ついこう、立場的に調子に乗ってしまうことがある。誰も注意してくれないのだから、意識して自分で自分を律しないと。
「ヨシュア様。アルルね。ヨシュア様に隠していることがあるの」
「無理に言わなくてもいいんだぞ。今までだって知らずでも何ら問題なかったんだから」
薄黄色の少し大きめのパジャマを着たアルルが耳をペタンとさせた。
袖から指先が出るか出ないかくらいだし、膝丈のパンツもふくらはぎの下までになっている。少しじゃなく大きいよな、これ。
サイズ直しした方がいいんじゃないだろうか。
あからさまに話題を変えようと彼女が口を開く前にこちらが声を出す。
「アルル、そのパジャマ」
「これ?」
「うん」
「ヨシュア様の。着る?」
「脱がなくていいから、ね」
躊躇なく第一ボタンを外すアルルを慌てて止める。どこをどうやったら俺のだとか、着たいだとか思うのだ。
ちなみに下着はつけてなかった。下もつけてないのかもしれない。
下着はもう生産体制に入っていて、市場にはネラック産の下着が並んでいるはずだ。
「あ、そういうことか。察した」
「ん?」
「アルルかエリーが俺のために作ってくれたパジャマをアルルが着ているんだろ」
「うん。染める、失敗だって。エリーが。でも、ヨシュア様の大きさだから、少し大きいの」
パジャマの袖を指先で挟み見上げてくるアルル。無言で開いたままの第一ボタンを留める俺である。
こうしていると彼女は小さな子供のようだ。
「仕立て直した方がいいんじゃないか?」
「ううん。ヨシュア様の大きさだから。アルル、これがいいの」
目尻を下げ、薄く頬を染める彼女の顔を見ると何も言えなくなった。
うん、アルルが気に入っているならいいか。
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