第243話 結婚はまだはやい
帝国の皇女は何事もなく無事お帰り頂けたわけだったのだが、帝国側は不気味な沈黙を保っている。
今日も今日とて激務の最中、よおとフリッパーを振り上げたペンギンとお茶会をしていたところだ。本日の護衛であったアルルも一緒にテーブルを囲んでいる。
「ヨシュアくんもそろそろ結婚を考える歳なのかね?」
科学談義を始めるかと思ったペンギンがいきなりそんなことをのたまうから吹き出してしまったじゃないかよ。
「げほっ。俺はまだまだ結婚するには若過ぎると思う」
「そうかね。ヨシュアくんのいた2000年以降の日本とここでは異なるだろう?」
「そうでもないと思うんだけどなあ」
「明治末期の平均結婚年齢を知っているかね?」
「ええっと」
「確か夫が27歳、妻が23歳だ。これが2000年になると夫が29歳、妻が27歳くらいになる」
「夫に関してはそこまで変化してないんだな」
29歳ならまだまだ先だぜ。俺はこの前24歳になったばかりなのだよ。ははは。
あと5年はいける。
「ヨシュアさま。結婚?」
「ぶほお。いや、相手もいないし、結婚はまだ先だよ」
「そうなの?」
「うん」
そういや、王侯貴族があった時代の平均結婚年齢はどうだったのかとかその昔に興味があって調べてみたことがあったな。
その時代の庶民は夫が23から25歳くらいだったはず。妻が18歳から22歳くらいだった記憶だ。当時の平均寿命を考慮するとこれくらいに落ち着くのだろう。
ところがどっこい、王侯貴族となると様相が異なる。夫が30歳くらいで妻が16歳から18歳というのだ。
貴族の夫は身を立てるまで結婚ができないので、年齢が高くなり、逆に妻はなるべく早く政略結婚に出したい。
そんなわけで、これほどの年齢差結婚になっていたのだとさ。
どの時代のどの国の話なのかは記憶にないけど、身を立てるまでは結婚を控えるってのは悪くない。
このクソ激務をやっつけねばならんのだ。ならぬのだああ。
「ヨシュアくん。息をきらせてどうしたんだい?」
「はあはあ……いや。あと1年半くらいで目標年数になるなあって」
「辺境を三年でってやつかい? 既に繁栄といっていいまで発展しているんじゃないかな?」
「公国と連合国になったから、守備範囲が数倍になっちゃってさ」
「ふむ。東北部の復興もあるということかね」
「そんなところ。ネラックはいい感じになってきたと思う」
ズズズズ。ああああ。コーヒーが美味い。
魔石機車の開通でローゼンハイムに集まった輸入品が、ネラックにもどんどん入ってくるようになった。
遠く共和国で生産されるコーヒー豆もこの通り、我が屋敷に常備するまでになっているのだ。
砂糖をふんだんにつかったドラゴンフルーツ入りのパウンドケーキをボロボロとこぼしながら食べていたペンギンが何かを思い出したかのようにふと顔をあげる。
「ヨシュアくん。恥ずかしいことに一つ忘れていたことがあってね」
「お、おう?」
ペンギンがうっかりするなんて珍しいこともあるもんだ。俺にはしょっちゅうあるけどね。はは。
一体何だろうと興味津々で彼の言葉を待つ。
「アスファルトだよ」
「飛行船には使ったんじゃなかったっけ。あ……」
「そう。防水と防腐加工には飛行船以外にも使い始めている。確か公国には港もあるんだって?」
「そうなんだ。船体や港にも使えるぞっと送ったんだ。それでもう記憶の彼方に行っていたぞ」
「ダメなのー?」
ちょうど俺とペンギンの会話が止まったところで、アルルがこてんと首をかしげ耳をピンとさせる。
そうだった。そうだったよ。
アスファルトを接着剤や防水加工に使うことは遥かな古代から行われていることだったので、あれやこれや実験する必要もなく実装できた。
後から実験をしなきゃなーとペンギンと言っていたのだけど、すっかり忘れてたことがある。
それは――。
「アスファルトといえば、防水や防腐より先にアスファルト舗装のことが頭に浮かぶほど、舗装に向いた素材なんだよ」
「ん?」
「コンクリートで道を舗装しているじゃない? あれよりもっと手軽に……なるのかは分からないけど試してみる価値はあるかなって」
「うん!」
アルルが満面の笑みを浮かべてバンザイすると、何故かペンギンも同じように両フリッパーを真上に掲げる。
「ヨシュアくんの言う通り、すっかり舗装のことが抜けていてね。アスファルト混合剤……別名アスファルトコンクリートの実験をしていなかったんだ」
「んでも。ここの技術だとコンクリートの方が却って扱いやすいんじゃないかな?」
「そうかね。アルルくんにも聞いてもらおうか」
「だな」
俺とペンギン二人から話を振られたアルルは眉尻を寄せ困ったように俺とペンギンを交互に見やった。
俺から説明してペンギンに捕捉してもらうかな。
「アルル。コンクリートもアスファルト混合剤も道の舗装に使うことができる建材なんだ」
「うん!」
コンクリートもアスファルト混合剤も中に砂利や砂を混ぜ込み、グルグルと混ぜて固める。
アスファルトの方が固まるまで速いんだけど、施工の際に100度くらいだったかな……結構な高温にする必要があるのだ。
工事現場の風景を見る限り、湯気が立ったアスファルトを地面に流し込んだ後、ローラーで踏み固める。
「そのまま放置するなら、コンクリートって中々固まらないんだよ」
「アスファルトすごい?」
「うん。その分、温度やら手間がかかるんだけど。そこでだ。アルル。魔法でコンクリートを固めることができるじゃないか」
「セコイアさん?」
「そそ」
アルルに向け相槌を打つ。ペンギンも静かに耳を傾けていた。
バタン――。
その時、部屋の扉が開き得意気な顔をした狐耳が無い胸を反らし姿を現す。
「話は聞かせてもらったのじゃ! ボクのいないところでカガク談義をしおってからに」
「どこから聞いてた?」
「猫娘にいやらしく説明しておるところくらいからじゃの」
「ならちょうど良かった。魔法でコンクリートを固めるのってどれくらい手間なのかな? 木材を乾燥させるくらい?」
棘のある言い方をしているがいつものことなので、スルーして聞きたいことを聞いてみた。
するとセコイアはうーむと可愛らしく顎に手を当て、頭に電球が浮かぶ。
「同じ量の木材を乾燥させるとすれば、二倍くらいの魔力が必要じゃの」
「長い長い道を舗装するとなると、国内の魔法使いに任せるに現実的かな?」
「うーむ。乾燥の魔法を操れる者は限られておるからの。ずっと工事に狩り出すわけにもいかぬのだろう?」
「うん。これまでも全力で協力してもらってたからなあ……」
アスファルト混合剤も併用する形で検討した方がいいか。
きっとガラムたちなら興奮した様子で協力を申し出てくれるに違いない。
俺とペンギン、セコイアも加えて久しぶりに科学実験と行きますか。
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