第241話 閑話.氷

「冷たい?」

「できれば氷まで作りたい」

「ヨシュア様が、お願い?」

「そうだね。個人的にも興味がある研究材料だったんだよ」


 尻尾をパタパタさせながらペンギンを抱っこするアルルは研究棟へ向かっていた。

 セコイアがヨシュアに張り付いていたので、本日の護衛が無しとなり手持無沙汰になったから。

 といっても、ペンギンのお手伝いをすることになったのはたまたまだ。ちょうど館をペタペタと歩いていた彼と遭遇した彼女が彼を運ぶことを申し出た。

 馬に乗り鍛冶場まで進んで、そこから彼を抱っこしている、というのがこれまでの経緯である。


「魔法? だったらセコイアさんができる?」

「セコイアくんならば叶うだろうね。しかし、いつも彼女に魔法を使ってもらうわけにもいかないし、セコイアくんが不在の時にはどうしようもなくなるからね」

「カガク?」

「科学……とは言い難い。魔法と科学の融合など、非科学的で荒唐無稽だ。だが、これほど興味を惹かれることはないさ」

「アルル。よくわからない……ごめんね」

「私が一人興奮して自分本意で語ってしまっただけさ。謝罪するなら私の方だよ」


 アルルにはペンギンの語る言葉の意味が殆ど分からない。しかし、彼女にとって理解できるできないは蚊帳の外の話なのだ。

 彼とのやりとりは敬愛し全てを捧げてもまだ足りぬと思うヨシュアと会話している時とはまた違った感覚を彼女に抱かせる。

 彼女の個人的な感想として見た目は可愛いペットであるペンギン。しかし、一度口を開き、こうして言葉を交わすと不思議と彼女の心が落ち着くのだ。

 彼女には両親がいない。きっと自分にお母さんやお父さんがいたら、このような安らぐ気持ちになるのかも。とアルルは思う。


 右の水かきをぶらりと動かしたペンギンは、彼女からしたら突拍子もないことを問いかけてきた。


「エネルギーという考え方があってね。アルルくんは走る時と歩く時にはどっちが疲れる?」

「どっちも疲れないよ。ペンたんを抱っこしてても同じ」

「そうだね。ではこれならどうかな? 重たい岩と小石を投げたらどっちが遠くまで飛ぶかな?」

「わたしが投げたら?」

「エリーくんが投げるとどちらも見えないところまで飛んで行ってしまうかな。アルルくんやヨシュアくんが投げたとしたら、で想像してみて欲しい」


 ヨシュア様が投げたら?

 んーと唇を尖らせ思案するアルル。


「ヨシュア様だと。持ち上がらない、と思う」

「アルルくんならどうだい?」

「小さい石の方が飛ぶよ!」

「石を投げると石が飛ぶ。アルルくんの力が石に伝わるんだ。大きな岩でも小石でも同じくらいの力が伝わるんだよ」

「アルルの力は同じ?」

「そうだとも。アルルくんが石を投げる力がエネルギーさ。石の大きさで飛距離が変わる。だけど、アルルくんの力は変わらない」

「う、うう。よくわからなくなっちゃった」

「ははは。またヨシュアくんがいる時にでも、話をしようか」

「うん!」


 アルルはペンギンの語る言葉が半分も分からない。だけど、それでいい。

 ペンギンとこうして会話をするだけで。


「アルルくんはいつも楽しそうだ」

「うん。ずっと、ずっと楽しいよ。アルル。ヨシュア様と一緒。ペンたんとも一緒」

「私も含めてくれて嬉しいよ。こうしてまた生きる活力を取り戻すなんて思ってもみなかった」

「ペンたんも、笑えなかったの?」

「似たようなものさ。だけど、今は違う。やりたいことが溢れている。世界が輝いているさ」


 「世界が輝いている」アルルは心の中でペンギンの言葉を反芻する。

 彼女がこの世で一番賢いと思っているヨシュアも、その次のセコイアもペンギンのことは賢者だと言う。

 彼女には賢者の知恵など授けてもらったところで何も理解できない。だけど、この言葉は心に響いた。


「うん。輝いている! うんうん!」

「そうだね。ははは」


 ぎゅっとペンギンを抱きしめる。アルルにはエリーほどの力はない。それでも、加減をしなければ。

 彼が痛がるのは嫌。柔らかく抱きしめないと。

 わたしにはもう、爪は要らないのだから。

 あ。でも。アルルのためには要らないってこと。モンスターも倒すし、ヨシュア様が危なくなったなら躊躇せず使う。

 爪はいつなん時でも手放さないでいる。

 珍しくアルルが頭の中でいろいろなことを考えながら、てくてくと歩く。音を立てずに真っ直ぐと。


「ペンたん」

「どうしたんだい? 改まって」

「わたし。護るから。みんな。わたしが。護るから」

「アルルくんは自分の身を最優先すべきだよ。自分の身を護れぬ人が他の人を護れるなんてことはないのだから」

「ううん。わたしは盾だってなれる。だから」

「それはいけない。君が身を呈してエリーくんやセコイアくんを護ったとしよう。それでヨシュアくんが喜ぶと思うかね?」

「セコイアさんは護れない、よ。セコイアさんで敵わない、は。アルルじゃ盾にもなれないよ」

「セコイアくんはああ見えて強いんだね」

「うん!」


 ヨシュア様の悲しい顔、見たくないな。

 絶対に、絶対に見たくないよ。

 エリーも。ペンたんも。みんな。

 バルトロやルンベルクさん……はアルルじゃ護れない。

 わたしは。手に届くものを、こぼしたくないよ。もう二度と。うん!

 

「まだ話をしていたいところだけど、着いてしまったよ」

「またアルルと。お話し、してくれる?」

「もちろんだとも」

「うん!」


 にこおっと満面の笑みを浮かべたアルルはペンギンを地面におろす。

 彼女が鍛冶場の扉を開け、ペンギンを中へと導く。

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