第234話 甲斐性

 ルンベルクの言葉を思わず聞き返す。え、えええ。本当に?

 

「今日?」

「左様でございます」

「聖職者と一緒にとは、またまあ」

「帝国は公国以上に敬虔な聖教徒が多い国でございます」


 「ありがとう」と会釈してルンベルクを下がらせる。帝国は聖教の総本山であり、発祥の地だ。

 公国は俺の代になってから、種族差による扱いを平等にするよう何度も何度も呼び掛けた。正直なところ、これまでも人間以外の種族が酷い扱いを受けていたわけじゃない。といっても、人間以外の種族が聖教を信仰することは稀だから、宗教観の違いから公国を避けていた人もいたことは確か。

 ……思わず横道に思考が逸れるほど、俺は今、混乱している。

 うわあ、うわあ。

 ローゼンハイムの枢機卿が帝国の枢機卿を伴い、ここネラックを訪問することは聞いていた。それが今晩のこと。

 枢機卿たるもの単身で来訪することはないので、護衛や世話役の宿まで準備していた。

 他にはアリシアが都合が合えば出席したいとの意向を示していたのだけど、彼女が訪れるのなら大歓迎だ。聖女という重責に悩み心を痛めていた彼女のその後は気になる。 ローゼンハイムの定例会の時に彼女に会おうと思っていて、生憎まだ都合がついていない。

 そんなわけで、アリシアが来訪するのなら諸手を挙げて歓迎なのである。

 しかし、此度の枢機卿の訪問に想定外な事態が起こっていた。いや、正確には本件のことは聞いていたよ。だけど、こちらもアリシアと同様に都合が合えばとなっていた。

 本件は単なる帝国のリップサービスだと思っていたんだよなあ。まさか、帝国の姫がくるなんてさ!

 帝国の姫こと第二皇女は、確か18歳か19歳くらいでアリシアと同じか少し下くらい。

 彼女はこれまで他国を訪れたことが一度か二度しかなく、どれも他の皇族を伴ってのことだった。いくら帝国の枢機卿がいるとはいえ、他の皇族を伴わずに来るなんて思ってなかったんだよ!

 え? 帝国の姫の何が困るんだって?

 そら、他国から姫が直接やってくるとなれば目的は一つ。

 「お目通り」に他ならない。

 要はこうだ。

 姫が来るだろ、そして、その後、帝国から親書が届けられる。

 「姫はどうですか? うんぬん」ってやつだ。

 その後待っているのは「婚約」騒ぎだよ!

 認めん、俺は認めんぞ。


「結婚など、断固拒否だ!」


 グググッと拳を握りしめ、高らかに宣言する。

 あ、声が大き過ぎたのね。和やかに談笑しながら食事を楽しんでいたみんなの動きがピタッと止まった。

 セコイアが真っ先に行儀悪くテーブルの上で仁王立ちになり、俺の肩に右手を置く。謎の得意気な顔を伴って。


「ボクとつがいになるのじゃろ。結婚などという人間のしきたりなんぞ、拒否すると。うむうむ。良いぞ。今すぐでもよいぞ」


 迫ってくる発情狐の額を押し……勢いが強いな!

 もう一方の手も添えて、やっとこさ彼女を元の姿勢に戻す。

 

 セコイアと押し問答(物理)をしている間にもあっちはあっちで……。


「婚儀でございますか?」

「ヨシュア様も結婚していてもおかしくない年齢ってやつか」

「バルトロ! ヨシュア様に無礼ですよ!」

「ヨシュア様は気を悪くしたりしねえさ。な、ヨシュア様」


 やりあうルンベルクとバルトロだったか、俺に振られても、と思いつつもバルトロに向け頷きを返す。

 盛大な苦笑いを伴って。


「ヨシュア坊ちゃん。気に入る若い娘がいらっしゃらないのですか? それでしたら某が紹介させて頂きますぞ」

「トーレ。何を言っておる。ここだけでなくローゼンハイムにもヨシュアのを慕っておる娘たちは居るじゃろうが」


 職人の二人は謎の父親気分らしい。酔っ払いだし、仕方ないか。


 弱った俺は喘ぐようにキョロキョロと周囲を見渡す。そして、目が合った。

 ふらふらと歩き、目が合ったその人を抱える。


「それは、ペンギンさんだー」

「ヨシュアが宗次郎を好きなのは知っとる。しかし、別の意味じゃろうに」


 ペンギンの両フリッパーを掴み上にあげてみた。

 荒ぶるペンギンのポーズ。どうだこれで。

 渾身の一撃に対し、セコイアが腕を組み呆れた様子で鼻を鳴らす。

 大人なペンギンは黙っているというのに、この狐娘ときたら。やれやれだぜ。

 う、今度の相手は強敵だ。

 不思議そうなに首を傾けるアルルと、彼女の後ろで聞き耳を立てるシャルロッテとエリー。

 

「ヨシュア様、結婚?」

「結婚はしない」

「ダメなの?」

「うん。帝国の第二皇女だしさ」

「皇女様? ヨシュア様、嫌な人?」

「う、うーん。個人的には恨みやら嫌いとかはないんだけどね」

「だったら、好き?」

「う、うーん」


 こういう時、純真無垢なアルルのような人が一番手強い。

 どう説明したらいいものか。一番手っ取り早いのは「嫌いだー」と言ってのけることなのだけど、彼女に嘘はつきたくない。

 しかしだな、思いの丈をぶっちゃけるのも、国を盛り立ててくれている彼女らの手前、言い辛い。

 し、仕方ない。

 再びペンギンの両フリッパーを掴み上げ、膝を使ってペンギンの体をアルルの方へ向ける。


「ヨシュア様、ペンたんがいいの? アルルじゃダメ?」

「ヨシュアくん。アルルくんが困っているんじゃないかな。君が結婚を嫌う理由は説明し辛いのかね」


 見かねたペンギンが助け船を出す。

 アルルはペットじゃないんだから、ペンギンと同列に語るなど。いやいや、ペンギンはペットなんかじゃないぞ。

 頼れる相棒だ。

 だったらいいのか?

 一人百面相をする俺にペンギンとさっきから呆れた顔のままのセコイアが同時に口を挟む。

 

「猫娘。ヨシュアはの、野心のない甲斐性なしなんじゃ」

「ヨシュアくんは帝国だけじゃなく、他の国との関係性も配慮して、帝国の姫だけを候補にするというわけにはいかないんだよ」

「はい!」


 元気よく返事をしてピシッと右手を上にあげたアルルに「いいのかそれで」との気持ちがもたげるが、二人の説明は間違ってもいないので曖昧に頷いておくことにした。

 帝国とは公国の長い歴史の間でずっと良好な関係を保っている。過去に公国からも帝国からも姫が嫁いだことがあった。

 同じ聖教国だし、婚姻政策も当然のように行われていたってわけだ。帝国以外の聖教国家からも過去に婚姻政策を行ったことも、もちろんある。

 聖教国の中か公国内の貴族から妃を迎えるってのは一番無難なことなのだ。

 だが、敢えて言おう、全部お断りだと。

 周辺国家は何も聖教国だけじゃない。追放される前にもいろんな国から打診はあったのだ。もちろん、のらりくらりと躱していた。

 追放が解除され、公国の主に戻ってきたとなれば、結婚騒ぎが再熱することは想像に難くない。

 帝国だけじゃなく、他の国からも、国内からもオハナシはやってくることだろう。

 だけど、お貴族やら皇族、王族なんかと結婚したらどうなる?

 下手したら相手国の面倒までみることになるんだぞ。他の国との関係性に対しても動かなきゃならないし。

 国内だって同じだよ。選ばれた家と他の貴族とのやんややんやを何とかしなきゃならない。

 

 つまりだな。

 俺の野望、のんびり過ごすことが遠のく。

 セコイアの言う通りだよ。甲斐性なしで野心もないのさ。俺はね。ははは。どうだ。

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