第四部 大公の野望(休みたい)
第233話 モテモテなんじゃないか?
大公宣言をしてからはや一週間。俺の生活は以前と変わらぬ忙しさである。
そもそもこれ以上仕事が増えたからといって変わらないのだ。人間に与えられた時間はみな平等だからな! 24時間戦えるのはアンデッドのみなさんくらいのものだ。
そう。人には働くことのできる限界時間がある。この先は何も言うまい。
ローゼンハイムからは一日一回、必ずといっていいほど誰か来る。来るたびに「時間効率が悪いので」と口酸っぱく言いながらも文官らの相談に乗っていた。
それでも一人当たりにすれば日に何回も来ていた公国時代に比べると雲泥の差だ。彼らとは週一回の定例会を設けているわけなのだし、その際は俺がローゼンハイムに出向く。
一方辺境側であるが、シャルロッテの頑張りにより官僚が少しは育ってきたので、こちらの業務が軽減されたのだ。
空いたところに公国の政務が入るものだから差し引きゼロ。つまり、人間というのは一日に……以下略。
せめて月に四回は休みたい。辺境の官僚たちには週一回休ませるようにしている。彼らを採用する際に念押ししたからな。七日に一回、同じ日に休むこととね。
しかし、持ち回り制で休みの日に政務をしてもらう人もいる。緊急事態に対応するためだ。通常政務はさせていない。
もちろん、休日出勤した人は翌日代休ね。
とまあ、ようやく行政にも休みができたわけなのだが、公国側にもとっとと導入して……次は大臣らを。そして、最後は俺だあ!
連合国全体に休みが浸透すれば、ボスが休んでいても当然。むしろ、「休んでくださいヨシュア様あ」となるわけだ。
ふ、ふふふ。みていろ、俺の野望!
「ヨシュアくん、ヨシュアくん」
「んあ……やべ、寝てた?」
あれ、行政のことを考えていたはずだったのだけど、いつの間にか寝てたらしい。
執務室に突っ伏してもおらず、真っ直ぐ座ったままで意識が飛んでいたようだった。
椅子の下でフリッパーをあげるペンギンはホッとしたように目をパチクリさせた。
「そうだね。女の子と遊ぶ夢でも見ていたのかい? とても、幸せそうだった」
「まあ。そんなところさ」
「ははは。君もそろそろ彼女でも作って……おっと、この話題は禁忌だったかい」
「そんなわけではないけど、セコイアだな」
「そうだね。セコイアくんがヨシュアくんの周囲はなかなか複雑だと。これだけモテるのに残念なことだね」
俺の地位が影響しているのだよ。御曹司ともなれば、それだけでモテモテになるもんじゃないか。自分の魅力ってわけじゃない。
少し寝たからか頭がスッキリした気がするぞ。
柱時計で時間を確認すると、お昼まであと少しってところか。
何か言いたそうに自分のお腹をペシンと叩くペンギンと目が合う。
……。
セコイアから聞いたんだよな。だったら、ここに来たのも科学話もあるだろうけど、時間帯的にきっと。
「ペンギンさん。持ち上げてもいいかな」
「お、運動をやる気になったんだね。セコイアくんは『ボクでもいい。むしろボクを』とか言っていたが」
と言いつつも両フリッパーを上にあげ準備万端なペンギン。
そんじゃま、失礼して。
持ち上げる時は腰だけでいくとダメだ。腰を痛めるからな。
しゃがんでむんずとペンギンを両手で挟み、膝から起き上が……るううう。
「ぬうおおお」
どやああ。持ち上がったぞ。
「てっきり、高い高いされるのかと思ったよ」
「さすがに子供相手じゃないんだし。ペンギンさんに悪いよ」
「そうかね」
肩口以上にあげると腕が辛い、そしてもうプルプルしてきた。
無言でペンギンを床に降ろす。ごめん、少し盛った。腕を下げ切る前に手を離しちゃったよ。はは。
ん。ペンギンがまたしても両フリッパーを上に掲げているではないか。
コツコツ。
背筋に冷たいものが流れた時、窓を叩く音が耳に届く。
窓の外に逆さにぶら下がったアルルがにいいっと笑顔を見せる。
ぶら下がる時はメイド服じゃなくてホットパンツとかにしたらと言っているのだけど、相変わらずだな。アルルは。
パンツ丸見えな彼女の登場に胸を撫でおろす。
「入って来ていいよ」
「はい!」
外側から窓が開き、アルルがすとんと音も立てずに着地する。
あの高さだと多少の振動がきたりとかしてもいいのだけど、微塵たりとも床が揺れない。
猫だからかな? 着地する際に膝が柔らかに動いて衝撃を吸収しているのかも。
「あ、ヨシュア様。練習?」
「うん。お昼前に少し運動をと思って。ペンギンさんに協力してもらっていたんだ」
「持つの?」
「うん」
「アルル、待ってるね」
尻尾と耳をピンと張って姿勢を正されても困る。
ペンギンが首をあげじーっとこちらを窺っているし……。
さっきもう持ち上げたじゃないか。
「なるほど。ヨシュアくん。そういうことか」
「そうなんだよ。もうす――」
「アルルくんにバージョンアップするのかね。しかし、私より軽いかもしれないよ」
「ヨシュアさま。アルルを? 嬉しい!」
ペンギンが食い気味に言葉を被せてきて、アルルが乗っかってきた。
なんだよ。この流れ。
アルルを子供のように高い高いしろと。
ええい。やってやろうじゃないか。たまには力持ちさんであることを示しておかないとな。セコイアを見返してやらんと。
アルルの腰を左右から掴み、膝に力を入れ……あれ、ふわりと持ち上がった。
重さにして10キロの米袋を持ち上げたくらいだろうか。
「アルル?」
「重かった? ヨシュア様」
「いや、軽すぎるんだけど、何かした?」
「うん。ちょっと、したよ」
ふむ。そうかそうか。これなら、軽々といけるぞ。
腕を真っ直ぐ上まで伸ばし、精一杯彼女を高く持ち上げる。
「ヨシュア様。……お邪魔でした……」
「いやいや。そろそろご飯だよな。運動をしていたんだよ」
タイミング悪くやって来たエリーにかっこよく持ち上げている俺の姿を目撃された。
「エリーも。やってもらう?」
「わ、私は重たいので……じゃありません! そんな畏れ多いですうう」
あ、エリー。
食事ができた、の連絡じゃなかったのか?
アルルを床に降ろし、彼女に尋ねる。
「みんな揃っているのかな?」
「うん。シャルさんがさっき来て。あとはヨシュア様とペンたん、です」
「じゃあ行こうか」
「ペンたん」
「悪いね」
アルルがペンギンを抱っこして、三人揃って食堂に向かう。
◇◇◇
「集まってもらってありがとう。本来なら夜にと思っていたんだけど、生憎の来客だ」
「ヨシュア様自らお声がけを頂けるなど光栄の至りでございます」
代表してルンベルクが恭しく礼をする。
彼の動きに合わせて、ハウスキーパーらとシャルロッテ、ポール、リッチモンドが胸に手を当て頭を下げた。
もちろん、礼をしないセコイアやガラムら職人たちに対して失礼だとかそんな気持ちは微塵も抱かない。
それぞれがそれぞれの習慣があり、個々人の思うように行動してくれと普段から頼んでいる。
ハウスキーパーやリッチモンド、シャルロッテは立場上、敬礼や会釈は必要だけど、それ以外の人たちはやりたいようにやればいいと思っているんだ。
でも、ペンギンがお腹を折って礼をしている様子にぷっと吹き出しそうになってしまった。
その辺、芸が細かくなくてもいいから!
大公宣言が終わってひと段落したから、みんなを集めてお食事会をやりたかったんだよ。でも、なかなか一堂に会せなくてさ。
やっと集まることができたってわけだ。本当は夜にと思っていたんだけどなあ。
「お昼だから酒を飲む飲まないは任せるよ。ガラムやトーレは……もう飲んでいるな。それじゃあ、杯を掲げて。乾杯ー!」
ささっと挨拶をして、食事会が始まった。
すぐさまルンベルクが口元に手を当て、俺の耳元で囁く。
「ヨシュア様。先にお耳に入れておきたいことがございます」
「うん。聞かせてくれ」
美麗に頷くルンベルクが厳かに告げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます