第230話 ヨシュアの決断
ガタンガタンとある意味聞き慣れたレールとレールの継ぎ目を通り抜ける音に目を細める。ちらりとペンギンの様子を見てみると、いつも通りだった。本プロジェクトは主に彼が担っていたのだけど、感じ入るものはなかったのかな。
「ヨシュアくん、レールの音とでも言えばいいか。あれはレールとレールの継ぎ目があるからなのだが、魔素と魔力があればレールの作りも変えることができるかもしれない」
「継ぎ目って、温度によって金属が膨張するから隙間を作るとかじゃなかったっけ」
「いかにも。説明の仕方が悪かったね。すまない。馬車鉄道もそうだが、レールの上を走らせるのではな……お、来たようだね」
ガタンガタンの音がキキキキとブレーキをかける音に変わった。
前方からやってくるのは、電車のような箱型の乗り物だ。
先頭車両は左右に出口があって、バルトロがちろりと顔を出していた。反対側からはアルルが身を乗り出して手を振っている。
落ちないかハラハラするよ。ほぼ慣性で停止させるとはいえ、それなりに速度も出ているしさ。
俺の心配が杞憂に終わり、連結された箱型の乗り物は無事動きを止める。
「ヨシュア様。問題なく動くぜ。しっかし、たまげた。馬がいなくても馬車より大きな貨車が動くなんてな」
「おうち、みたい!」
降りてきて興奮した様子の二人に微笑みかける。
無事停車した電車に似た乗り物……電気で動くわけではないので、ええと何だっけ。そうそう、「魔石機車」だ。
先頭車両が動力用で大きさが他の半分ほど。水晶から作った魔石より魔素を取り出し歯車を回転させる。魔石機車は汽車のような複雑な作りをしているわけではなく、構造は単純でプラレールに近い。
電車のような作りをしているわけじゃないので、魔石のパワー、歯車の耐久性などから、それほど速度は出ない。時速50キロほどで四時間ごとに休ませるように運用する予定だ。
他の特徴として、ブレーキ性能が悪い。そのかわり、エネルギーの供給と停止が瞬時にできるので止まる時は歯車の回転を止めて自然に停車するのがベストかも。
狙った場所に停車させるには慣れが必要そうだ。
「全部ペンギンさんのカガクの下地があってこそだよ」
「そうでもないさ。発想、原案には君が大きく関わっている。試作品、試走にはガラムさんをはじめ多くの方が協力してくれている。そうだね。魔石機車は辺境国のたまものとでも言えばよいのではないかな」
「ナイルみたい、な」
「ははは。そういう格言もあったね」
エジプトはナイルのたまもの。確か、古代のヘロなんとかさんの残した言葉だったかな?
ナイルの恵みがあるからエジプトには都ができたとかそんな意味だった記憶。合っている自信はない。
辺境国みんなの頑張りの結晶の一つが魔石機車ってわけさ。
技術的計算と検証は全部ペンギンにやってもらったのだけどね!
「それじゃあ、乗せてもらうかな」
先頭車両ではなく、二両目の車両に向かう。
扉は横開きのスライド型になっていて、内側から鍵をかける仕組みだ。鍵をかけないと、魔石機車の振動で扉が開いてしまうのだ。
車内は夜行バスのような座席配置になっている。左右に二人掛けの背もたれつきの椅子が設置していて、中央が通路。
椅子は全部で縦に12列の計24脚となっていた。
一番前の席に座り、窓から外を眺める。
いいねえ! まさしく電車そのものだ。
後からやってきたペンギンが椅子に乗ろうと背伸びしてピクピクしていたので、お尻を押して登る手伝いをする。
ガタンガタン。そこで魔石機車が動き始めた。
ゆっくりと動く景色に「おおお」と歓声をあげる。
「せっかく事前に路を作ったというのに、計画が変わってしまったなあ」
「できる限り街の中央に近づけたのだろう?」
「まあね。駅舎用のスペースも確保しているよ」
「流石に魔石機車を走らせることまで考慮して路は作らないだろうさ」
苦笑いしつつ頷く。
一部は大通りの中にレールを敷設している。中央広場の変な像から見て右斜め上の路に入ったところまでレールが来ていて、その路の右手に駅舎予定地があるのだ。
言葉で説明すると分かり辛いのだけど地図で見れば分かりやすい。
◇◇◇
ネラック市街地に入る手前で魔石機車の速度が落ちる。
馬車より遅いくらいの速度でゆったりと市街地を進んで行く。魔石機車が動く音と噂を聞きつけた領民たちがレールに集まっているが、もちろんこのことは予想済みだ。
リッチモンド率いる警備隊が危ないからレールに近寄らないようきっちり管理してくれている。
今後、定期便になった後は事故が起こらぬように対策をしなきゃならないよな。一応、計画はあるけど……本件に関してはリッチモンドとルンベルクに丸投げ……ではなく任せることにした。
駅舎予定地に停車した魔石機車の周囲には沢山の人だかりが詰めかけている。
「じゃあ。行ってくるよ。ペンギンさんも来る?」
「ここで待つことにするよ」
椅子の上に立ったままのペンギンが右のフリッパーを上にあげた。
彼に応じるよう左手を振り、出口に向かう。
ウワアアアアア――。
降りた瞬間に物凄い歓声が響き渡る。
待っていたリッチモンドが敬礼を行い、さっと右手を振った。
すると、警備隊がビシっと整列して右手を額に当てる。
おお、統制が取れているなあ。彼らの機敏な動きに訓練の跡が見て取れた。
そして、当たり前のように用意された演壇へ登る。
中央大広場で演説をしようかと思ったのだけど、ここでやろう。演壇もあることだしね。
「諸君。辺境国の諸君。今日と言う日を迎えることができて嬉しく思う。これも全て諸君らの奮闘があり、成し得たこと。心より感謝を申し上げる」
うわあ。物凄い反応だ。
いつもながら、過剰ともいえる絶叫に内心ドキドキする。いずれ慣れると思っていたが、いつまでたってもこうなのだ。
でも、奢らずに自分を戒めることができる心臓の高鳴りにこれでいいと思えるようになってきた。
ゆっくりと周囲を見渡し、厳かに宣言する。
「公国を襲った未曾有の災害は今日を持って完全に克服した。私を辺境に行かせた神託と予言も終わりを告げた。しかし、諸君。私は辺境に在ろうと思う。私を頼り辺境に参じた諸君らを放って公国へ戻ることなどできようか!」
「ヨシュア様!」
「辺境伯様! 俺たちはいつもあなた様と共に!」
領民たちが俺の名を叫び万雷の拍手が巻き起こった。
聞いてくれ、みんな。
俺の決断を。
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