第221話 無心パワー

 公国東北部の魔素対策を行ってから、もう二ヶ月が過ぎようとしている。

 一度、魔素を完全に発散させたのだけど魔素の流れが公国東北部に集中して流れ込んでいる状況は変わっていない。

 大変な作業となってしまったが、隔日で飛行船を向かわせ魔素の計測を行ったんだ。

 またしてもモンスターが大発生することを避けるため、セコイアと相談し15日に一回、ダイナマイト型魔道具で爆撃を行うことになる。

 飛行船の燃料、メンテナンスに加え、魔道具まで準備するのだから、経費がかかって仕方ない……。

 もちろん、どんだけ経費がかかるからといって対策を打たないという選択肢は無い。

 定期的に爆撃を行っていることを知ったルーデル公国は経費負担を申し出てくれ、公国東北部に住んでいた職人らも魔道具制作に協力してくれた。

 飛行船を飛ばすために必要な風魔法の使い手も確保できているし、長期的に公国東北部に対し魔素発散を行う体制はできあがっている。

 

 ……といっても、ずっとダイナマイト型魔道具で対応し続けるわけにもいかないのだ。

 そのためのブルーメタルの板なのだけど、研究開発が完了し急ピッチで生産を開始した。恐ろしいデスマーチだったよ。もう二度とやりたくねえ。

 

 ようやく一息ついた俺は屋敷の執務室で膨大な書類と格闘している。こ、これが終われば、ようやく解放されるんだ……。

 さすがに休みをもらわないと倒れる。このまま放置して逃げ出したい衝動にかられたことは一度や二度じゃない。だけど、俺がデスマーチしている間、シャルロッテが全部捌いてくれていたんだものな。そんな彼女は現在もまだ残務に追われている。俺だけが逃亡するわけにはいかない。

 ち、ちくしょお。

 自室で眠ることができるようになっただけ状況は良くなっている。そうだそうだああ。

 

「ヨシュア様、ご報告にあがりました」

「お、そっちで聞くよ」


 訪れたルンベルクにソファーの方向を示し、持っていた書類を執務机の上に置く。

 あ。

 勢いよく置いたためか、右手方向にある書類の山が崩れてきた。

 どさあと執務机から雪崩のように落ちていく書類をルンベルクが神速で受け止める。

 い、いつの間にそこまで移動したのだ。足音一つ聞こえなかったぞ。

 書類に注目していたから、彼の動きを見ていなかったけど先ほどまで扉の前にいたよな?


「大事ございませんか?」

「うん。ありがとう。ルンベルク」

 

 彼から書類を受け取ったが、書類を戻そうにも山が連なっていて置くとまた崩れてきそうだ。

 仕方がないのでソファーとソファーの間に置いているテーブルに書類をのせることにした。

 

 ソファーに深く腰を降ろしふうと息を吐く。

 対するルンベルクは胸に手を当て優雅な礼をする。

 そして、彼は立ったまま報告を始めた。

 

「ルドン高原に増設したブルーメタル用の製造ラインは順調に稼働しております」

「鉄と木材はどうだ?」

「公国より絶え間なく運搬されてきております。現地で加工し予定量の凡そ52パーセントは完成しております」

「やはり公国のリソースが使えるとなると早いな」

「はい。これもヨシュア様の采配があってこそ」

「現地で指揮してくれている人たちが優秀なんだよ。公国との調整を任せてしまってすまないけど、引き続き頼むよ」

「御心のままに」


 報告を済ませたルンベルクは再び礼をしてから部屋を辞す。

 此度の災害はルーデル公国内で発生したため、公国からの申し出によりリソースはほぼすべて公国のものになっている。

 ルドン高原に風車を増設したのも、加工場を建築したのも公国の職人たちだ。魔素変換など辺境国の独自技術が必要な部分はガラムらに協力してもらっている。

 俺から公国に頼んだこともあって、物を運んだり、単純作業であったりと技術力のいらない労働については、公国東北部の人材を使うようにしたのだ。

 

 今回の作業は公国の国庫を消費する公共事業である。公共事業をする場合は失業者対策も同時に行うのが吉だ。

 一時的な賃金とはなるのだけど、魔素対策が済めば彼らは元の土地に戻ることができるわけだからそれで事足りる。

 もちろん、公国東北部に戻ったからといってすぐに経済活動(農業含む)が行えるわけじゃないんだけどね。それはそれで別の対応策を練るさ。

 公国東北部の土地持ち貴族にも支援を行わないとな……おっと、ついついルーデル公国の政治について思いを馳せてしまった。

 公国のことは公国で、と俺は思っているのだが、そうも言っていられないだろうなあ……。

 このまま事が運べば、早くて一ヶ月、長くて二ヶ月で俺に課せられた「追放刑」が解除される。

 予言と神託の示す災害対策が完了すれば、俺をこの地に留めて置く理由もなくなるから、ね。

 

「よおおっし、書類を片付けるぞおお!」


 すっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけ、勢いよく羽ペンを握りしめる。

 貴重なコーヒーが勿体ないと思いつつも、書類にサインを施していく。

 柱時計のカチコチという音だけが室内に響き、俺の眠気を、いかんいかん!

 そうそう、この柱時計はさ現ガーデルマン伯爵家当主クルトから頂いたものなのだ。

 何をするにも時間がちゃんと分かることは肝要である。一応、ポケットの中に懐中時計を持っているけどね。

 懐中時計の動力は魔石で、動力部分以外は機械式だけど魔道具の範疇に入るのかな?

 

「無心になって書類を読み、そしてサインをする。俺ならできる俺ならできる」


 ブツブツ呟きながら、黙々とサインを続ける。

 続ける……続ける……。

 

「ヨシュア様!」

「……う、うお!」


 ハッとなり顔をあげたら、傍に立つシャルロッテの光に反射する鎧が目に入る。

 そのまま目線を柱時計に動かすと、二時間も過ぎていた。

 

「執務机の書類をお持ちいたしましょうか?」

「それくらいは自分で」

「手元の書類は全て目を通して頂けたのですね! いつもながら惚れ惚れする早さであります」

「あ、うん」


 無心パワーすげええ。我ながら驚いてしまった。しかし、どの書類に何が書いていたのかまるで思い出せない。

 全体として何が書いてあったのかなら、大まかに分かるけど……。

 

「お忙しい中、申し訳ありません。お客様がいらっしゃっております」

「会おう。誰だろう」

「枢機卿閣下であります」

「枢機卿が……?」

「はい。ルドン高原で働く民の慰留に参じたので、寄ってくださったとのことです」

「分かった。客室かな」

「案内いたします!」


 のそのそと立ち上がり、きびきび動くシャルロッテの後に続く。

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