第199話 閑話.ローゼンハイムを訪れた執事
――公都ローゼンハイム。
騎士団長は元公国の重鎮二人が来訪したと聞き、彼にしては珍しく緊張した面持ちで襟を正す。
それもそのはず、彼が幼き頃の憧れだったかつての勇者二人同時に会う事になったのだから。
一方は最高の騎士と評された勇猛果敢で鉄壁の壁であり突進力、突破力とも類を見ない元騎士団長ルンベルク。
もう一人は華麗な剣捌きで多くの御婦人方を虜にしたリッチモンド。彼のことを人気先行とはやす者もいたが、模擬戦で彼と引き分け以上に渡り合った者はルンベルクだけだった。
子供からの人気も高く、ルンベルクと同時代でなければ彼が騎士団長になっていたと噂されたほど。
「失礼いたします」
客室に入り敬礼する騎士団長に向け、来訪者たるルンベルクとリッチモンドも同じように公国式の返礼をする。
「騎士団長殿。突然の来訪に真摯な対応をして下さり感謝いたします」
「い、いえ。まさかルンベルク殿から会いたいと連絡があるなど望外の喜びです」
「こうして会うのは本当に久しぶりですね。ケンネル殿」
「ルンベルク殿がヨシュア様の執事になられてからは、こうして個人的にお会いすることもありませんでした。しかし、お会いできたことも訳あっての事と理解しております」
「すまない。私とて本心では騎士団長殿と個人的に交友を持ちたいと思っているのです。ですが、私はヨシュア様の執事。もはや騎士団員ではありません」
意識せずとも騎士団長の心には彼が嘘を言っているのかどうかをギフトが告げてくる。
当たり前だが、ルンベルクの発言に嘘など一つもなかった。呪いのようなギフトだとかつては思っていたこともある。
しかし、騎士団長はルンベルクと接していくことで、自分のギフトとの付き合い方が分かってきた。その点でも彼はルンベルクに感謝しても仕切れない。
「ルンベルク殿。ヨシュア様より何か言伝が? 貴殿が直接来られるとなれば、危急のことと愚考いたしますが」
「まさに。しかしヨシュア様はローゼンハイムを離れた身。公に事を荒立てたくないという想いから、非才の身である私とリッチモンド伯に託された」
「ヨシュア様……あなた様が今ここにいらっしゃれば……しかしそれはせんなきこと。お聞かせ下さい。騎士団長としてできぬなら、不肖ケンネルとして全力でご協力させていただく所存です」
「それでは、さっそく本題に」
ルンベルクが語ったことは、騎士団長も概ね把握していたことであった。
公国北東部に異常事態が発生し、領民を全て避難させた。解決の目処は立っていない。
更に移動するモンスターの一団がいること。それらは手旗報告からローゼンハイムに僅かずつではあるが近寄ってきていること。
「状況、概ね騎士団が把握する通りです」
「さすがは公国騎士団。警備も鉄壁と聞き及んでおります」
「ルンベルク殿の精神を受け継ぎ、日々鍛錬と努力を怠らず邁進した結果です」
「謙遜を。進軍するモンスターの一団を私たちも日々追っているのです」
「日々……ですと」
敬愛するヨシュア様ならば、モンスターの動きを掴んでいてもおかしくない。
我々にこのことを伝えに来たことも理解できる。
しかし、毎日監視を続けるなど、遠く離れた辺境国からどうやって?
いや。ハタとなり騎士団長が目を見開く。
「まさか、空からですか」
「お察しの通りです。空からです」
「辺境国の飛竜を飼いならしたのですか! 一体どうやって。飛竜は卵から育てねば人には懐きません」
「飛竜ではないのです。飛行船という乗り物を開発したのです」
「ひ、飛行船……それは一体どういった」
突拍子のない言葉にさすがの騎士団長も開いた口が塞がらないでいた。
対するルンベルクは柔らかな笑みを浮かべ、「私も詳しくは存じ上げないのですが」と前置きしてから語り始める。
「カガクと魔法の融合とか。ヨシュア様がおっしゃっておりました」
「ヨシュア様の智謀は辺境でも健在ということですか。いや、ますます磨きがかかっておられる」
「ヨシュア様は大魔法使いセコイア様に加え、辺境で偉大なる賢者と知己を得ました」
「そのような賢人が辺境で密やかに暮らしておられたのですね」
「ヨシュア様はことカガクに関しては、自分は遥かに及ばないとおっしゃっておられました」
「そ、それほどですか。魔法の大家とカガクの大家が揃い、それをヨシュア様が有機的に繋ぎあげ」
騎士団長はゴクリと喉を鳴らす。
ヨシュア様の素晴らしいところはいくつもあるが、彼が最も敬愛することは嫉妬と無縁であることだった。
彼はよく自分に聞かせてくれたものだ。
自分だと剣を振るうことができない。だけど、君たちがいる。だから、自分は安心して夜を過ごすことができるのだと。
敬愛する元主君は、人の才を認めることができる人である。人の才を賞賛することができる人である。
そして何より、個人個人が持った力を引き出してくれる人であるのだ。
賢人は唯一人、そこにいるだけでは飛行船なるものが生まれることはなかっただろう。
セコイア様は偉大なる大魔法使いであることに疑いはない。だが、彼女を動かし、形にできるのはヨシュア様がいてこそだと騎士団長は確信している。
やはり、ヨシュア様は……。彼ならば、聖女の心をも溶かすことができるのでは。
思考が横に逸れてしまったことに対し小さく首を振る騎士団長。
彼の様子を静かに見守っていたルンベルクは厳かに口を開く。
「残された時をお伝えに。しかとお聞きください。私が言えた口ではありませんが、ご決断が必要かもしれません」
「行軍の距離を計測されたのですか」
「ご名答です。さすがは騎士団長殿」
「是非、お聞かせください」
ルンベルクは持参した地図を開き、騎士団長に詳細なルートを伝える。
対する騎士団長は時折唸り声をあげながらも、彼に質問を行い、何度も頷きを返していたのだった。
この難局を、どのようにして乗り越えるのか。
騎士団長は心の中で頭を抱えた。
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