第194話 久々にジャンプ
トーレからお呼ばれするまでにまだ時間が残ってそうな気がするので、砂糖イナゴの様子を見に行ってみようと思い立つ。
思い立ったらすぐ行動しないと、何か他の用件がやって来るのがブラックサラリーマンの常だ。
今はブラックサラリーマンじゃないけどね。ははははは、は、は……。
砂糖イナゴの養殖場は、鍛冶場のすぐ側だったはずだから戻ろうと思えばすぐ戻ることができる。
外に出てううむと首を捻ってしまう。
砂糖イナゴの養殖実験時代の場所から位置が変わっていたんだよ。
「橋の向こう側か」
確かに直線距離ならすぐだった。川幅は15メートルくらいだしね。
しかし、橋まで回り込んで行くとなると、多少時間が取られるな。
バシャーン――。
あ、ペンギンが先んじて川に入っちゃった。
水辺生物ペンギンは本能的に水の中を好むのだと思う。
彼は理性的な人だから何が何でも水の中に毎日入らないと、なんてことは主張しない。
それでも大好物を前にして「行くぞ」となれば、ぽちゃんするよね。
どうしたものか。
「ヨシュア様。お急ぎでしたら」
「あ、いや」
エリーが両手を前に出し、川と俺を交互に見やる。
あ、そうだったね。彼女がいたんだったね。
何だかちょっと懐かしい。
「特に急いでいるわけじゃ。鍛冶場からトーレなりガラムなりが呼んでくれれば、聞こえる距離にいな……あ、お願いするよ」
「はい!」
表情がみるみる曇っていくエリーに「運んでくれ」とお願いしてしまった。
俺だって一応成人だから、重いってのに。彼女の膝に負担をかけないか心配なんだよね。
「では、失礼して」
「背負ってくれた方が楽じゃ?」
やはりお姫様抱っこである。
俺の問いかけにエリーはブルブルと首を振り力強く言葉を返す。
「いえ、この方が『直接』私が支えることができます。決して手を離しません!」
「あ、うん」
あ、そうね。俺が手を離すと哀れヨシュアくん、川の下に落下もあり得る……さすがの俺でもエリーの跳躍中くらいちゃんとしがみついておけるわー。
っとと。
うほお。高ーい。
15メートルちょっとをひとっ飛びとなると、高さも結構なものだ。いいなあ。俺もジャンプしたい。
しゅたっと着地したエリーは、丁寧に俺を地面に下ろす。
「やっぱりすげえ」
「私はヨシュア様のメイドですから」
「メイドならできるってもんでも……」という言葉を飲み込み、曖昧に頷いておくことにした。あまり深入りすると変な闇が見えそうだもの。
何となくだけど、彼女は自分の怪力を快く思ってない気がするんだよね。
だけど、俺のために家のためになることであれば躊躇せず怪力を使う。
たまに家具がメリメリしているけど、気のせいだ気のせいなんだ。アルルにもよく言い聞かせておかないとな。メリメリに触れたらダメってね。
「待たせたね」
川辺に上がってきたペンギンがやあとばかりに右のフリッパーを上げた。
「いや、ペンギンさん、まだ水の中にいてくれても大丈夫だよ」
「それには及ばないさ」
ブルブルと全身を震わせたペンギンから水飛沫が飛びまくる。
うおお。顔にまで水が。
すかさずエリーが差し出してくれたハンカチで顔をふきふきする。
よおし、砂糖イナゴ養殖場の様子を観察しようではないか。
「ヨシュア坊ちゃん!」
「あらら」
こうなるんじゃないかと思っていたよ。お約束の様式美ってやつだな。
帰りもエリーに運んでもらって鍛冶場に入る俺たちであった……。
◇◇◇
あの後、つまみをもっと細かく設定できるようにトーレに調整をしてもらった。
顕微鏡は至極良好。プレパラートも特に苦労することもなく、さくっとトーレが作ってしまったのだ。
すげえ、トーレ。
ガラム? 彼には彼で別のものを作ってもらっている。それぞれ得意分野があるから、何も言わずとも彼らは作業分担してくれるのだ。
こうして無事、雷獣の毛を拡大して調べることができるようになった。
そして、一週間が過ぎ……る。
「ぬがあああ!」
「まあ、ヨシュアくん。少し休もうか。ティモタくんも」
「はい……」
俺の叫び声をペンギンがなだめ、げっそりとやつれたティモタが消え入りそうな声で頷く。
ダメだあああ。まるで進まねえ。
し、しかし対策は打っている。試行回数も足らないと思うし、メソッドさえできれば作業分担できるはず。
そ、そこまでは何とか持っていかないと……。
エリーが酸っぱさ全開のグアバジュースを持ってきてくれた。
「ごくごく……きたきたー」
脳髄にまで響く。グアバジュースも改造している。
なんと炭酸入りなのだ。
しゅわしゅわ感が加わり、リフレッシュに丁度いい。
「ここまで複雑な魔力回路を扱ったことがありません。お役に立てず」
「いやいや。ティモタがいてくれてかなり捗った。回路とは何か、の全容を理解できたからな」
魔法を発動するためには、魔力で幾何学模様を描く。それだけだ。
仕組みは単純明快なのだけど、再現するとなるとなかなか難しい。
もっともありふれた光を灯す魔道具は星型を四つ重ねたような図形に魔力を通す。
光を灯す魔法は最も扱いやすい魔法と言われている。
何故かの理由も分かった。
光を灯す魔法は図形のどこから魔力を通そうが、魔力の力加減が適当だろうが発動する。
複雑な魔法になってくると、この辺がピーキーになってくるんだ。
四つの電球があったとする。電球を光らせる順番と流す電気の量が少しでも異なると魔法が発動しないといった感じになる。
話を戻すと、雷獣の毛は細胞に描かれた幾何学模様なんだよ!
これでもう解析をするには途方もなく遠い道だと分かってもらえると思う。
「どの程度の魔力密度で満たせば電気を発するかは分かっているじゃないか」
「そうは言ってもなあ」
ストローでグアバジュースを飲み干したペンギンが軽い調子で声をかけてくる。
「微細な動きを目で追うことが困難です。瞬きをする間にも魔力は流れきり、光を発しますので」
「それだよ。それ。だから、目が慣れてきたら一点集中すりゃそこだけなら分かるけど」
そう「一点」だけなら分かるんだ。
そこが突破口にはなる、のだが数が多すぎるんだよ!
「そうだね。私はアプローチの手法の開発に全力を注ぐことにしよう。観察はヨシュアくんとティモタくんに任せる」
「微細な魔力を数値化できるように感知器の開発。これはティモタに任せた方がいいかな」
「承知しました。感知器は私の方で開発を進めます」
振られたティモタが頷きを返す。
順番に二人に目を向け、言葉を続ける。
「開発完了までは観察から離れてくれていい。それまでは俺一人で観察を続けるよ」
「私は最善が魔力的幾何学模様に色をつける。次善は細胞膜に色をつけるような試薬の開発かね」
「うん。それで分担しよう」
「分かった。一旦はそれで行くとしようか。しかし、期限を設けよう。進まないことに時間をかけていられないからね。今回は時間制限がある研究開発になるのだから」
「おっし、なら一週間。今日から一週間以内に開発できない場合は別の手段を考えるってことで」
三人で手を合わせ「おー」と気合を入れ合う。
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