第190話 四つのプロセス

 四つのプロセスを経て、魔力を電気に変える装置――「魔力電気変換器」とでもするか、が出来上がる。

 いきなり完成品を作ろうとしても、何が悪いのかを調べるだけで同工程を繰り返すことになってしまう。

 なので、工程を細分化し都度、都度、検証していくのだ。

 一見すると手間がかかると思うが、着実に進めた方が却って工数……つまり時間がかからないものだ。


 ティモタを連れたエリーが戻ってくる頃に、ようやく本プロジェクトのマイルストーンを描くことができたところだった。

 黒板に描いたこのプロジェクト表が埋まる時、完全までこぎつける見込みである。

 書き出しただけでも、くらくらする量だけどさ。


「こ、これは魔道具の製作なのですか?」


 来るなりティモタが黒板に書かれた表を見て指先を震わせる。


「魔道具といえば魔道具だよ。構造は似たような感じかな」

「こ、これほどの大計画に私を呼んでいただいたのですか?」

「是非とも力を貸して欲しい。作るところはあの二人がいる。彼らが作ることができる範囲ならば、彼らに任せて君は頭を動かしてくれれば」

「そ、そんな匠のお二人に。この私がなど」


 たじろくティモタの背中をばーんとやったガラムがガハハと豪快に笑う。


「お前の方が魔道具にゃあ詳しいじゃろ。儂とトーレは作る。お前やヨシュアらはアイデアを出せ」

「は、はい」


 困惑するティモタであったが、協力することに否は無かったようだ。


「よし、まずは最初の一歩から。魔素を見る道具だな」

「そのことですが、エリーさんから聞いておりこれを」


 そう言ったティモタは赤い宝石がはめ込まれたブローチを手のひらに乗せた。


「それで魔素が?」

「はい。これは魔法の学び舎で使われているものです。魔法の第一歩は魔素を感じるところからですから。入学する前から見える者もいますが、そうでない者もいます」


 ティモタの説明によると、魔法学校みたいなところでは魔素を見る訓練をするそう。

 だけど、誰もが優等生というわけじゃない。

 他人に魔素を見せる魔法は魔力の負担が大きいし、調整も大変だそうだ、そもそも使える者も先生の一部しかいないそう。

 あれ ?セコイアはあっさりと使っていたよな。

 呪文ってやつも唱えてなかった。

 口元が緩いから呪文を使わないのかと思っていたが、よだれのためじゃなく魔法に長けているから必要なかったというわけか。


 話をよだれから元に戻すと、魔素を見ようにも手がかりがあった方が習得が早い。

 なわけで、学習のために既に魔素を見る魔道具が開発し実用化されていたというわけだ。


「そんな便利な道具が」

「これはたいしたものではありません。ただ、体内に魔力を流し、一時的に魔素に対する感受性をあげるだけです」

「持ってみてもいいか? スイッチは他の魔道具と同じかな?」

「はい」


 ブローチを握りしめ、僅かばかりの魔力を通す。

 出でよ、魔素よ!

 ……あれ、何も見えん。


「ヨシュアくん、私にも持たせてもらえるかね」

「ペンギンさんが持つのも一苦労だな」

「そうだね。首から吊るすとか工夫が必要だ」

「それで魔道具のスイッチを押すことができる?」

「問題ない。魔道具とは不思議なものだね。物理的なスイッチと異なり、体に触れて念じるという思考スイッチなのだから」

「慣れないと難しいよな」


 と言いつつ、両フリッパーを合わせて待っているペンギンにブローチを渡す。

 彼のフリッパーの間に挟み込むようにして。

 落とさぬようにゆっくりと周囲を見渡しながら、彼がふと疑問を口にする。


「そうだね。ヨシュアくんはヴァーチャルリアリティ……ARとかMRは知っているかい?」

「俺の時代ではまだまだ一般的じゃなかったな。そういう機械が出始めたところだったよ」

「ふむ。私と君は同時代を生きてきたのかもしれないね。私もだよ。一度だけ試したことがあるんだ。あれでもまだ体を動かす必要があった。だが、あれが進化すれば思考だけでスイッチを押すことができるようになるのだろうね」

「ちょっと魔道具と違う気もするけど、言いたいことはだいたい分かった」


 ヴァーチャルリアリティか、何だか懐かしい用語を聞いた。

 会話をしつつも、ペンギンの目はいろんなところを向いている。


「ほう。これはこれは」

「え? 見えるの?」

「これがあれば、魔素の動きは捕えることができるね」

「ちょ、俺は魔素が見えないんだけど……」


 マジかよ。魔道具の力を借りても俺だと見えんってこと?

 魔力密度5だからか? 5だからダメだってのかよ。

 酷い、あんまりだ。俺だって好きで5になったわけじゃないのに。

 

「ヨシュア様。出力をあげてみてはいかがでしょうか?」

「魔力的ブーストが足りないってことだな」

「はい。そのブローチのルビーをはめ込んだ金具部分に小さな魔石を仕込んでいます。大きな魔石に変更すれば」

「それなら、今の構造を変えずにいけるかもしれない」


 ええっと、確かここに入れてあったはず。

 部屋の隅にある宝箱みたいな箱を開け、小さな木箱を取り出し机の上に置く。

 パカンと箱を開いて、中に並んだ宝石のうち小さな水晶を指先で摘まむ。

 

「こいつと魔石を取り換えてもらえるか?」

「その石、いえ宝石は」

「水晶だよ。水晶は魔石の50倍、魔力を吸収することができるんだ」

「そのような手があったのですか。さすがヨシュア様です!」


 さっそくブローチにはめ込んだ魔石を水晶に入れ換えてもらう。

 宝石類に魔力を注ぎ込む実験はさんざやったからな。この水晶は実験の結果できたものを保管していた一部である。

 

「ヨシュア様。これを」

「ありがとう。よっし、試してみるか」


 ブローチを握りしめ、僅かばかりの魔力を通す。

 出でよ、魔素よ! 

 お、おおお。もやもやした何かが空中を漂っている。

 これが魔素なのかな?

 う、ううん。そうだ。

 

「エリー」

「はい。ここに」


 俺の後ろに控えていたエリーがすっと横に並ぶ。


「魔力を体のどこか一か所に集めることってできるか?」

「問題ございません。どこがよろしいですか?」

「手か顔か分かりやすいところがいいな。俺が合図したらやってもらえるか?」

「か、顔ですか。ヨシュア様がじっと私の顔を至近距離で見つめ……あ、あう」


 エリー。おーい。戻ってきて。

 顔なんて言ったのが間違いだったか。そらまあ、公爵……いや今は辺境伯か。

 彼女にとって俺は


「手で、手にしてくれ!」

「は、はい」


 手をあげ、エリーに合図を送る。

 彼女の胸のあたりから手の先に白っぽいもやもやが動いて行くのが見えた。

 なるほど。動きに集中し、それを追えば分かりやすい。

 魔素の量が多いところほど、光が強くなるのか。


「ありがとう。だいたい分かった」

「いえ、お役に立てて嬉しいです」


 ペコリとお辞儀をしたエリーが元の位置に戻る。

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