第189話 解決案

「なるほど。ヨシュア坊ちゃん。溜まった魔素……つまり魔力を電気に変えてしまおうというわけですな」

「うん。密度が濃いのなら、電気から魔力にしたように魔力から電気にできるはず」

「ふむ。理屈は分かりますが、それほど大量の雷獣の毛を用意することは……雷獣の群れを探しますかな?」

「いや、雷獣には頼らない。第一の関門には二つの技術的ブレイクスルーが必要だ」

「ほほおおお。それは面白そうですな。ささ、ささ」


 急かすトーレから目を離し、ペンギンに顔を向ける。

 ペンギンは嘴をパカンと開き、ちょいちょいとフリッパーの先を折り曲げた。

 うん、俺から喋ってってことね。

 

「一つ。雷獣は魔力を稲妻に変換する。その仕組みをヒントに雷から魔力に変換したのが俺たちだ」

「ですな」

「雷獣ができることを俺たちができない道理はない。だけど、魔力から電気への変換は魔力密度にどこまで許容量があるのか、雷獣は魔力を空気中から集めていて体内で凝縮し稲妻として発散している」


 喋りながらカリカリと板書をしていくと、続きをペンギンが説明してくれた。

 

「やってみないと分からないが、本来体内で凝縮し最適な密度になった魔力を毛先で変換し稲妻としているわけだ。密度に幅があるのか、ピーキーなものかは不明。何かしら調整が必要と考えた方がいい」

「そこがネックだよな。もっと困難な二つ目のブレイクスルーを成し遂げれば、自然と調整もできるんじゃないかと思っている」

「ふむ。心躍るが、研究期間もさほどない」


 だよなあ。湯水のように資金を突っ込むことはできる。

 だけど、ペンギンと俺しかいない現状で資金を増やしたとしても、たかが知れている。

 そういや、オジュロがまだ屋敷にいたような。

 だけど、彼は畑違いだよな。科学的解明となれば、他に頼りになるのは魔法の大家たるセコイアくらい。

 彼女は調査という開発に比肩する任務をこなしてくれているので、こっちに引っ張るわけにはいかないのだ。

 

「ヨシュア様、お考えのところ失礼いたします。無知な私ではヨシュア様が何を言っておられるのか半分も理解できません。ですが、雷獣を探すことでしたら私にもできます」

「いや。雷獣を探す必要はない。ってさっきトーレにも言った気が。ともあれ、大事なことなので、何度でも。雷獣の毛はこれ以上必要ない」

「必要ない、のですか?」


 エリーが大きな丸い瞳をさらに丸くさせ口元に手を当てた。

 毛には頼らない。毛に頼っては魔力の解明が進まないからな。

 本当に切羽つまったら、どうするか考え直す必要があるけど、雷獣の毛が今後の試金石になるんだ。

 

「うん。雷獣の毛の仕組みを解明する。そして、人工的に魔力発電の仕組みを再現する」

「ヨシュアの!」

「ヨシュア坊ちゃん!」


 揃って職人の二人が凄い勢いで食いついてきたあああ!

 立ち上がって、ガラムが俺の肩を揺らし、トーレはトーレで「ささ、ささ」を連発している。

 顕微鏡で魔素を拡大し、流れをみつつ、どの部分が反応しているのか確かめ、「魔力・電気反応」回路を解明する。

 魔法的な回路をどうやって作るのかって? 

 そいつは既存技術であるじゃないか。ここにもある。

 そう、魔道具だよ。

 魔道具は魔石を燃料に魔法を再現するものだ。雷獣の稲妻だって魔法の一種だろ?

 なら、魔法的回路の構造さえ把握すれば再現できるに違いない。

 

「ほら、魔法の灯りと同じことだよ、エリー。あれの雷獣の毛バージョンを作るんだよ」

「そういうことだったんですね! ティモタさんたち、優秀な魔道具職人の手を借りることができるよう手配いたしますか?」

「頼まれてくれるか? 三種類の魔道具が必要になる」

「四種類だね」


 笑顔で頷きを返すエリーに変わり、ペンギンが俺の言葉を訂正する。

 

「あ、そうか。雷獣の毛を再現した変換装置だけじゃダメだな」

「調整用の魔道具が必要になるはずだよ。必要無いとなるのが一番望ましいが」

「さすがに虫が良すぎるってもんだよな」

「どうなるかは見てみないとまるで分からない。完全な未知の領域を物理と科学を道しるべにして進むのだからね」


 科学者ならば胸躍るんだろうな。目の前に誰も解明していないブルーオーシャンがある。

 飛び込んでみたい、となる気持ちは分かる。

 だけど、俺は未知の探求と聞いても「よおおっし行くぜー」なんて気分にはならない……。

 しかし、やらねばならん、だからやる。それだけなのだ。

 

「ヨシュア様。一つ、よろしいでしょうか?」

「うん。どんな意見でも思ったことを言って欲しい。そこはいつも通りで頼むよ」

「ありがとうございます。魔道具職人にも最初から参画して頂いた方がよろしいのではと愚考いたします」

「確かに。彼らに作ってもらおうと思っていたけど、今回の仕組みも魔道具の一種なんだものな。魔道具職人の知見もあった方がいい」

「すぐに呼んで参ります。その際、道具作成の折になれば総出で協力して頂けるように伝えます」

「無理のない範囲でと伝えてくれ」

「承知いたしました。では」


 ドアノブの手を乗せたエリーだったが、そこで動きが止まる。

 

「どうした?」

「も、申し訳ありません! ヨシュア様!」

「え、え?」

「私に課せられた最も大事な使命はヨシュア様を御護りすること。ここにはアルルもバルトロさんたちもいません」

「す、少しくらいなら大丈夫じゃないかな……は、はは。トーレたちもいるし?」

「で、ですが」


 どんだけ過保護なんだよ!

 俺ってそんなに弱々しいか? そこ、貧弱だろうとか言わない。

 なあとペンギンに同意を求めると、顔を逸らされただけじゃなく後ろを向かれ尻尾をパタパタさせやがった!

 誤魔化すという優しさを見せようとしたのかもしれないけど、あからさま過ぎて逆に酷いことになっているぞ。

 

「まあ、儂だけじゃなくトーレもいる。これでも儂ら、多少のモンスターくらいなら撃退できるぞ」

「ですぞ。心配せず行ってくるとよいですぞ」


 な、と顔を見合わせ頷き合うガラムとトーレ。


「不安なら弟子の誰かに任せるが」

「いえ、私が行って参ります! 大事な大事なヨシュア様のお願いなんです。私が行かないとダメなんです」


 ガラムの提案にかぶりを振ったエリーは、自分の言葉が終わらないうちに外へ出て行ったのだった。

 

「まあ、ヨシュアくん。これでも食べて落ち着き給え」

「これは、水あめか?」

「いかにも。ビールのついでに作ってもらったのだよ」

「へええ」


 素焼きの壺にたっぷり入った水あめを指先で舐め、顎に手を当てる。

 ふむ。甘い。

 割りばしでグルグルやって真っ白にしてみたい気分になる。

 この水あめって、グルグルできるんだろうか?

 試してみたくはあるが、今はまだいいや。

 後でネイサンと一緒にやってみよう。そういや、彼と同じくらいの歳だったミーシャやマルティナは元気にやっているのかな?

 エリーかアルル辺りに聞いたら近況を知っているかもしれない。

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