第175話 収穫祭1
いよいよ収穫祭だ。
準備期間は二週間ほど。収穫祭は不作の年でも開催するつもりで、今後辺境国恒例のお祭り行事となる予定である。
『ヨシュアくん、着替えないのかね?』
『そろそろ着替えようか』
クローゼットの前でペンギンがぺたぺたと足踏をした。
クローゼットを開き、エリーとアルルに見せないようにしていた収穫祭用の衣装を手に取る。
これでいいのかなあ。いや、でも、時期的にはこれでもいいかもしれん。
結局、どんな装いにするのかはペンギンの意見を採用した。正装したらどうか、との案もあったのだけど、じゃあ普段公務をしている服は正装じゃないのか議論が出そうなのでやめておくことに。
他には聖教の法衣案とかもあったけど、これも聖教以外の人がいるため没。
んじゃあ、誰しもが何とも思わないものってどんなんだろうと頭を捻っていたら、ふとペンギンが意見を出したのだ。
「いっそ、仮装にしてみてはどうかね」と。
俺だけ仮装するととんでもなく浮いてしまう。なので、収穫祭については口を出さないと言っていたが、エリーたちにも仮装案を伝えた。
もちろん、俺がやるだけで強制はしていない。でも、ま、俺が仮装をするなら、みんな仮装をするだろうな……軋轢も生まれず良い案だと浮かれてしまった。
反省しても、もはや賽は投げられたのだ。
みんながどんな仮装をするのか楽しみではある。
『でも、これ。仮装になるのかな、ペンギンさん』
『民族衣装でも立派な仮装と言えなくもないのでは? それとも敵国の装いか何かかね?』
『いや、こんな装いは公国では見たことがない。冒険者風と言い張れなくはないか』
『なら、それでいいじゃないか』
『せっかく準備したしな。ほら、ペンギンさんも帽子だけだけど』
俺の服と一緒に保管しておいたペンギン用の帽子をひょいと掴み、彼に被せる。
帽子は鍔の長い革製品で、黄土色に革紐があしらわれていた。一言で言うと、この帽子はテンガロンハットと言われる種類になる。
彼がテンガロンハットを被ると、嘴がぎりぎり隠れないくらいになるので視界が大丈夫か心配だ。
『歩けそう?』
『問題ないよ』
『んじゃ俺も』
ペンギンとお揃いのテンガロンハットに、茶色の鋲が入ったベスト、紺色のシャツは第二ボタンの位置まではだけている。
形だけの革のホルスターを腰に巻き、黒のズボンに長いブーツ。
西部劇風というかカウボーイ風というかそんな感じにしてみたのだ。
『どうかな。銃は無いけど』
『特に武器なんて要らないだろう?あえて待つなら牛追い用の何かでいいんじゃないかね?』
『いや、必要ないか。それじゃ、中央大広場まで行こうか』
『そうだね。みんな、君を待っている』
よっし。俺の準備はこれで完了だ。
「閣下! ご準備はよろしいでしょうか?」
「うん。今行くよ」
シャルロッテが来たということは、そろそろ開始時刻が迫っているのだな。
時計を見るより彼女の呼びかけの方が正確である。
ガチャリ――。
扉を開く。シャルロッテの姿が見える。
「あ……」
「や、やはり、自分にはこのようなものは……」
「グゲグゲ」
ゲラ=ラを胸に抱いたシャルロッテが恥ずかしそうに頬を染めた。
そういや、いたな。こんな爬虫類が。餌やりからお世話までシャルロッテが率先してやってくれているんだったっけ。
覇王龍の使者だそうだけど、特段、この爬虫類と最後に会話をしたのはいつだっけ。
それはともかく、シャルロッテ……思い切った格好にしたものだ。
おへそが丸出しで、健康的に引き締まった太ももも、普段より大胆に見えている。
胸あてと肩あてに使っている素材は何だろう。濃いグリーンの。
あ、いつもはシャキッとした彼女がもじもじし始めてしまった。
フォ、フォローせねば。
「い、いやいや。いいんじゃないかな。鱗。それ、何の鱗なの?」
「バルトロさんとガルーガさんが以前狩猟をしたと。飛竜の鱗だそうです」
「ひ、飛竜ってあの空を飛んでいるアレだよな」
「はい。閣下ほどではありませんが、とても雄々しく美しい魔物です」
俺は雄々しくも美しくもないけどな。
でも、彼女の意識は空を飛翔する飛竜に向かってくれたようだった。
『ヨシュアくん、水着に鱗を張り付けては沈むだけで効率がよくない。何か意図があるのかね?』
シャルロッテがいるというのにあえて日本語で聞いてくるペンギンである。
うん、そこは日本語で正解だよ。
『あれは水着じゃなくて、鎧なんだ。ビキニアーマーの亜種といえばいいか。その名の通り、水着のビキニみたいなことからビキニアーマーと呼んでいる。ただし、この呼称は日本でしか通用しない。この世界では何て言うんだろう。バルトロ辺りに聞かないとわからないな』
『ふむ。身軽さを重視した鎧というわけか。冒険者にはいろいろな職業と言う名の役目があると聞いた。その中の一つを模しているというわけだね』
うんうんとペンギンに頷きを返す。
まんまビキニでくるのは恥ずかしかったのか、彼女は真っ白の腰布をパレオのように装着している。
彼女が何を思ってこれにしたのかは謎だ。
追及するつもりはないけどね。
◇◇◇
ふむふむ。
セコイアは背中にアゲハ蝶の羽をつけたアールヴ族風で決めていた。
ルンベルクは友人のリッチモンドから衣服を借りたのか、彼のように仮面にシルクハットを被っている。
二人とシャルロッテ、ペンギンと共に屋敷を出たところで俺たちを待っていたのか、可愛らしい虎耳二人が両手を振ってこちらに笑顔を向けてきた。
「二人とも虎族の獣人風にしたの?」
「うん。お揃いなんです!」
「ミー、シャ。と、つくった、の」
虎耳に二人揃って手をやり、にこーっと微笑むミーシャとマルティナ。
尻尾もちゃんとついている。
彼女たちとは、なかなか会う機会がなくて久しぶりに会ったけど、元気そうで何よりだ。
エリーやアルルは結構な頻度で彼女たちと挨拶を交わしているらしい。
中央大広場に差し掛かったところで、エリーとアルルが迎え入れてくれる。
こ、これまた思い切った装いにしたものだな。
包帯をグルグル巻きにして服を着ていないアルルはともかくとして……エリーもシャルロッテほどじゃないけど大胆な仮装をしている。
「ヨシュア様ー」
「へ、変でしたでしょうか……」
朗らかに右手を振るアルルと、目線を下に落とし不安そうに尋ねてくるエリー。
「アルルは動いた時に包帯がほどけて落ちないようにしているか?」
「うん! エリーがちゃんとしてくれた、よ」
アルルはコクコクと頷き、両手をぎゅっとする。
エリーにはどう声をかければいいかな……。
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