第162話 牧場見学のまき
旗の決定から三日間、シャルロッテと仲睦まじく常に一緒に行動していた。
屋敷に彼女の部屋まで準備して、お風呂は……別々だけど。
「どう表現しても激務は変わらねえ! 誰だよ、こんな労働条件決めたやつ! 俺だよ!」
「ぬがあ」と頭を抱え叫んだところで、誰かが代わってくれるわけではない。代表って聞こえはいいけど、超絶ブラックだよね。うん。
「閣下。牛乳をお持ちしました!」
朝日が登ってまだ少ししか経っていないってのに勢いよく扉が叩かれ、今日も今日とてばっちり髪の毛を整えたシャルロッテが部屋に入ってくる。
ほんと朝から元気だよね。彼女の艶やかな赤毛を見て情熱の赤って言うし、この赤髪がパワーの源なのか、なんて変なことを考えた。
「俺も染めようかな……」
「染料ですか。染料は先日閣下が発見したアストロフィツムを始めいくつかございます。布の元になる繊維も順調に増えております」
「染料は草と木の実が中心だったよな。公国から持ち込んだものもあるよな?」
「はい。今後は行商を通じ入手でしょうか」
「繊維は羊が順調、麻も栽培している」
「綿花は現物と種を入手予定です」
ふむ。早速お仕事会話になってしまった。せめて朝食を食べるまでは……と思っていたんだけど、きっかけを作ったのは俺か。
ならば俺がこの空気、お仕事モードから穏やかなものへと塗り替えてみせよう。
手はある。さっきから気がついていたのだけど、思わぬ繊維・染料の話で言うきっかけを失っていた。
「シャル、その髪飾り」
「ティモタさんに作ってもらったのです。エリーさんとアルルさんのものも一緒に」
「よく似合っているよ」
「そ、そうでありますか! 自分は凡そ令嬢らしくなく、こういったものは苦手としているのですが」
「いいんじゃないかな」
「ありがとうございます! では、ゲラ=ラ氏に肉を持って行くであります。閣下、また後ほど」
あれ、絶対にシャルの希望じゃないよな。なんというか彼女の好みはあれだ。ゴテゴテしたシルバーアクセサリーあるじゃない、髑髏とか棺桶とかそんな感じの。
でも件の髪飾りは、風車の羽を模したものに蔦のあしらいをつけたって感じでさ。色合いも柔らかなパステルカラーだった。
こっちの方が彼女の華やかな雰囲気にあっていて断然いいと思う。
「そういや、ゲラ=ラのこと、すっかり忘れていたな」
あのニクしか発言しない爬虫類のことを完全に放置していた。
狐のお友達の龍の使いだったっけか。「見させてもらうぞ」なんてあの龍が言っていた割に、ニクは特に俺の元へやって来たりはしない。
どうやら、シャルロッテが可愛がってくれているみたいで何よりだ。
さてと、今日も今日とて街の制度作りに精を出さねば。
これでもまだ大枠なのだから、先が思いやられる。いや、細かいことはこの後募集する文官たちが何とかして……く、れる?
「は、ははは。考えたらダメだ!やらねばやられる。これは俺が倒れるかシャルが根を上げるかのレースだと思え!」
このレース。勝てる気がしない。
早々に白旗を……。
「だああ! 気合を入れようと冗談言って、続ける気力を無くしてどうすんだよ! こんな時は動物をわしゃわしゃするに限る」
ペンギンでも撫で撫ですることにしようか。
牧場まで行ってもいいな。どこに向かってもやることはたんまりあることだし。
「そうと決まれば行くか」
「うん!」
「ひゃああ!」
窓、窓にアルルが逆さになって手を振っていた。
相変わらずというか何というか、丸見えである。満面の笑みを浮かべている彼女は当然のごとく全く気にしていない様子。
窓を開けると彼女が宙返りしてするりと中に入ってきた。
「いつから外にいたの?」
「ヨシュア様が動く気配がしてから、です」
「となると30分くらい前からか。それならそうと中に入って来てもいいよ」
「いいの?」
「うん。そろそろ肌寒いし。今日は曇りだからいいけど、雨の日だってあるだろ?」
「うん!」
やったーとばかりに両手を上にあげるアルルに対し、微笑ましい気持ちになる。
「じゃあ、このまま護衛を頼む。軽く朝食をとってからの方がいいか」
「待って、ます!」
「アルルもちゃんと食べるんだぞ」
コクコクと頷きを返す彼女と共に部屋を出た。
言うまでも無いが、本日の護衛はアルルである。
◇◇◇
「ふんふんふんー」
「ふんふー」
鼻歌を歌いつつアルルを後ろに乗せ馬で牧場まで移動した。
お。おおお。
風車へ至る道の途中に牧場の一部があるのだけど、通りがかっただけだとしっかり全貌を見ることをしていなかった。
牧場はすっかり様変わりしている。
動物ごとにちゃんと柵で仕切られていて、それぞれの厩舎があった。
公都ローゼンハイム郊外にも牧場があるのだけど、様相がかなり異なる。
あちらは経営者ごとに柵で仕切られているのと、自然と牧場が作られていたため農地と牧場が交差していたりするんだ。
一方でネラックは計画され何もないところから作られただけあって、牧場エリアには牧場以外のものはない。
そのため、見渡す限り牧場の風景が広がっている。
資産を共有しているという理由があるから仕方ないことなのだけど、現時点で牧場は共同経営の形態であることも画一的な作りに寄与していることだろう。
「お、あれ。倉庫に侵入していたふさふさネズミじゃないか」
ソーモン鳥の仕切りの隣は商業地区の食糧庫を漁ろうとしていたふさふさの白い毛を持つネズミたちだった。
繁殖できるか試してみようと言っていたのだけど、実際試してくれているんだな。
地球でいうところのアンゴラウサギのような毛と似たような毛質だったと思う。羊毛も加えると冬用の衣類や毛布を作るのに貢献してくれそうだ。
「ヨシュア様、あれ!」
「お、おお! いつの間に捉えて飼育していたんだ」
アルルとお出かけした時に見たカンガルーみたいにお腹に袋があって、小型でつぶらな瞳の動物が三十匹ほど小さな囲いの中で鼻をヒクヒクさせていた。
ペンギンに聞いたところ「それを言うならクアッガではなく、クアッカワラビーじゃないのかね」とのこと。
因みにクアッガという動物もいたらしく、首から先がシマシマで首から後ろは馬のような毛並みをした動物だという。
残念ながら俺の生きていた時代の地球では絶滅しているとペンギンが言っていた。
絶滅してなかったとしても、俺たちは地球で住んでいるわけじゃないから見ることは叶わないのだけどさ。
「どれをナデナデしようかなあ」
「ん?」
アルルが頭を前に向け、自分の頭を差し出してきた。
そうじゃないんだと無碍にするわけにもいかず、彼女の猫耳と頭を撫で撫でする。
猫耳がふさふさでモフモフ感があり、結構自分の欲が満たされた。
だが、まだ俺の欲はおさまりきらないんだぜ! ははは。
「せっかくだし、次々と行こうか。まずはクアッカワラビーからだー」
クアッカワラビーのいる柵にはいると、ぴゅーっと彼らが厩舎の中に引っ込んで行ってしまった……。
な、何てことだ。
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