第150話 黒い湖

「けったいな池……いや、湖じゃのう」

「帰る時にと思っだけど、燃料が心許ないから次回かな」

「ほう。アレに挑もうと言うのじゃな。貧弱じゃがキミの勇気を称賛しよう」

「ヨシュア様は絶対、絶対に私が護ります!」


 黒い沼……いや湖に対する感想を述べたセコイアだったが一言多い。

 エリーはエリーで何やら決意を固めているし……。

 彼女に触発されたのかルンベルクまで彼にしては珍しい感じで鋭く目を細め口元を引き締めていた。


「え、ええと。エイルさん。暗黒の湖はモンスターがうじゃうじゃいたりするのですか?」

「噂はございます。ですが、私は見たことがありません」

「は、はは。もう一つ教えてください。あの地に強い魔力があったりしますか?」

「不思議と邪悪な魔力は感じません。尋常じゃない地であることは確かなのですが」

「ありがとうございます」


 魔力の影響で腐海のようになっているわけじゃあないようだ。となると、期待できる。

 次回はペンギンも連れてこよう。きっと興奮して嘴をパカパカ打ち鳴らすに違いない。


「ヨシュア様。ネラックからは相当距離がございます。ご懸念されることがあられるのでしょうか」

「懸念というよりは期待かな」


 ルンベルクと問いかけにふむと顎に手を当て応じる。

 対する彼はほうとばかりに片眉をあげ、まるで戦いに挑む人のように武者振るいした。

 怖いから……全く何を考えているのやら。


「もしモンスターがいたとしてもルンベルクの言う通り、ネラックの安全を脅かすことはない。空を飛ぶドラゴンやロック鳥でもない限り、ここからネラックまで一息に来ることは無理だろうし」

「ドラゴンですか! 不肖ルンベルク。必ずや主の期待に応えてみせます」

「ル、ルンベルク。たとえだから、ね。ルンベルクは執事のお仕事という任務があるじゃないか」

「出過ぎた真似を。申し訳ありません」

「いや。いざというときは頼んでいいかな? 俺は走るのも遅いし」

「私に背中をお任せいただけるとは光栄の極み。有り難き幸せにございます!」


 お、おう。

 まるで死地に赴くようなシチュエーションじゃないか。

 もしの話だけど、ドラゴンなんかいるのなら近寄ることなんてもってのほかだ。

 ドラゴンのような巨大なモンスターがいたとしたら、上空からも確認できるので事前に回避可能だろう。

 でも、彼の態度を見ていると、なんだか不安になってきた。


「ヨ、ヨシュア様」

「な、なんだろう」


 今度はエリーが頬を桜色に染めて、両手をもじもじさせながら、俺の名を呼ぶ。

 たらりと冷や汗が背中に流れ落ちるのを感じつつ彼女に聞き返した。


「そ、その時は、わ、私がヨシュア様をだ、抱きしめ、いえ、抱えて走ります!」

「わ、分かった。その時は頼むよ」

「はい!」


 そこ、恥ずかしがるところなの?

 そんな時は訪れないだろうし、軽い気持ちでお願いすることにした。

 しかし、絵的に最悪な構図だな……。黒髪メイドに抱えられる冴えない男。

 自分で自分のことを冴えないなんて考えたらダメだ。いける、俺はまだいける。

 いや、輝くより休みたい。なので冴えない男でもいいや。


「セコイア。黒い湖にもしモンスターがいた場合、どの辺からなら感知できる?」

「そうじゃの。ここからでも問題ない」

「今のところ、何か感じるか?」

「いや。特には。案ずるな。もし、いたとしても龍ではこの高度まであがってはこれぬ」


 聞きたいところと少し違ったけど、別の懸念が生まれてきたぞ。

 「龍では」飛行船の高度まで到達できない。じゃあ、到達できるモンスターもいるのかもしれない?

 う、うーん。飛行船に対空ミサイルでも装着できればいいけど、さすがにそれは無理か。

 頼りにするのはセコイアガードしかない。

 セコイアの小さな両肩に手を置き、しかと彼女と目を合わす。


「何じゃ、こんなところで。二人きりの時の方が」

「大丈夫だとは思うけど、もしもの時はセコイアが頼りだ。頼んだ」

「そう言う事か。期待して損したわ。珍しくヨシュアから触れてきたというのに」

「この高さでモンスターに遭遇することは想定していなかった。今回は仕方ないとして、もう少し慎重になるべきだな」

「心配要らぬよ。この高度まで到達できる生物など、一部の渡り鳥とあやつくらいじゃ」

「あやつ?」

「リンドヴルムじゃよ」

「覇王龍か。まあ、あれなら。仕方ない」


 覇王龍くらいしか到達できるモンスターがいないのだったら、心配する必要はないか。

 覇王龍に襲い掛かられたとしたら、それは災害だと思って諦めるしかない。あんな人知を超えた生物相手にどうこうすることは不可能だ。

 だけど、覇王龍ならば、会話が成り立つしその名の通り「覇王」たる風格と心意気を備えている。

 むやみやたらと理由なく矮小なる者に爪を立てるようなことはしないだろ。

 

「ヨシュア様。暗黒の湖に挑まれる際は、是非私も連れて行っていただけませんでしょうか?」

「来ていただけるのなら心強いです」


 話がズレてきていたところに、エイルが軌道修正するかのように口を挟む。

 黒い湖と名付けをしているくらいなのだから、彼女か彼女の仲間たちの誰かが湖の地形に詳しいかもしれない。

 実際に彼女は黒い湖を飛び越えてきたわけだしな。

 

 会話をしている間に黒い湖を超え、飛行船は進んで行く。

 

 ◇◇◇

 

 黒い湖から山を抜け、深い森林地帯に入る。

 そこで突然、開けた平原が見えてきた。

 平原の向こう側はまた森になっていて、高い山々が連なっている。

 

 平原、森、山とどこに行っても同じような景色が広がっているんだなあ。

 他には砂漠やらネラック南に広がるグランドキャニオンぽい地域もあるにはあるけど、稀だ。

 

「そろそろです。右手に城壁が見えますでしょうか?」

「私の目にはまだ」

 

 エイルが指さす方向を見ても、俺には全くもって確認できない、

 だけどセコイアには見えているみたいで、飛行船の方向が微妙に変わる。

 

「あの城壁は城塞都市バーデンバルデンのものです。レーベンストックの中心地となります」

「あれがそうなのか」


 名前だけなら聞いたことがある。

 城塞都市バーデンバルデンは部族国家レーベンストックの首都に当たる都なんだ。

 レーベンストックでは部族単位で住む土地が異なるが、バーデンバルデンとその周辺地域のみ全ての種族が混在して住んでいる……らしい。

 部族間会議が行われるのもバーデンバルデンで、レーベンストックの政治的中心地でもある。

 部族間の交流の場として街を作ったのがこの街の始まりということだ。

 

 でも、まだ、城壁は見えないんだよね……。そのうち俺の目にも見えるかな。

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