第149話 触覚センサー
ルンベルクは恐縮していたが、俺にも試させてくれと強引にお願いして機関室で「気体の注入」をお手伝いする。
彼は一度しかこの作業をやっていないというのに、随分と慣れた手つきだったのが印象に残った。
ペンギンが取ってくれたメモが機関室に貼ってあり、その隣にいつの間にかメーターまで設置してあったのも大きい。
なるほど。
「ペンギンを連れてくる必要はない」とセコイアが言っていたのは、彼がいなくとも調整がきくからということなんだな。
順調に空に浮き上がった飛行船。
「よしよし」と思う暇もなく、セコイアがぐいぐいと俺の服を引っ張る。
「どっちに向かうのじゃ?」
「あっち」
彼女に風魔法を使ってもらわないと飛行船は進まないからな、頼んだぞ。セコイア。
ところが、華麗な指示を出した俺に対し彼女は物凄い力で俺を更に引っ張った。
よろけながらも何とか体勢を保つ。
「それじゃあわからん。ついてまいれ」
「冗談のつもりだったのに。顔を真っ赤にして可愛い奴め」
「むきー。いいから来るのじゃ!」
両手で腕を引っ張られ先端中央部の椅子に座らされた。
その上にちょこんとセコイアが腰掛ける。
「キミにしては珍しく、準備を万全にせず出てきたが、問題ないのかの?」
「問題ない。距離が遠くてガスが切れたらとか心配してくれたのか?」
「うむ」
「機関室前に予備がある。それに、ガスは飛び立つ時に使う。あとは微調整だけだ」
「結構な量になるんじゃないのかの? レーベンストックで降りて、また浮上するのじゃろ?」
「この前、海まで行って戻ってきたろ? あれくらいの距離じゃないかと見てる。乗車人数も絞ったからな」
「うむ。そう言えばそうじゃった。海までは相当な距離があったからの」
狐耳をせわしなく動かしながら、セコイアが顔だけをこちらに向けた。
見た目は小学生高学年の少女で、愛らしいのだけど……普段からアレだし可愛いのに可愛いと思えない。
真っ直ぐに見上げてくる彼女の曇りひとつない瞳に、微妙な顔を浮かべる。
あ、そういや。
「俺はいまとんでもないことに二つも気がついたぞ」
「ん? そろそろボクに決めたか?」
「俺は小学生にはときめかないんだ。歳の差なんて関係ないとは言うけどな」
「歳の差は気にしないのじゃな?」
「うん、まあ。待て! 落ち着け! 落ちる!」
「小学生には」という言葉を完全にスルーしたセコイアである。
と、それはいいが押すな。押すんじゃない。
え、ええいこうなったら。
振り向いてのしかかってきた彼女をうっちゃりの要領で横へとひっくり返す。
椅子から落ち、床に頬がぺたんとつくセコイア。
「こらあー」
「ご息女ですか。私も子供ができたら、ヨシュア様のように可愛がりたいものです」
慌ただしく動く俺たちを離れたところで見守っていたはずのエイルだったが、いつの間に。
船内は狭いから機関室以外の声が筒抜けなので、どこにいても今のやり取りは聞こえちゃうけどねー。
彼女は慈母のように優しげな笑みを浮かべ、口元に手を当てていた。
聞こえるといえば、お茶を準備しているエリーにも全部聞こえているはず。
首を回しチラッと彼女の後ろ姿を確認する。
肩が小刻みに揺れてた。
あれ、絶対に笑っている。当然と言えば当然か。ははは。
「して、二つとは何じゃ?」
何事も無かったかのように俺の膝の上に座り直したセコイアがこちらを見上げてくる。
「いやさ。レーベンストックからはるばるネラックまで来てくれたエイルさんがいるわけじゃないか」
「道案内はエイルに任せるのじゃな」
「うん。それなら迷うことは無い」
「じゃが、空からの眺めと地上からじゃまるで風景が異なる」
「そこはほら、たぶん」
おっと、客人を立たせたままだった。
飛行船の準備で慌ただしかったからな。俺が今座っている席も操舵用の席である。
といっても休憩用の備え付けの椅子も前面の窓際に沿うように並んでいるから、会話をするに支障がないほど近い。
「ご心配には及びません。道案内、是非お任せください」
エイルは上品に会釈して、触覚を頭にペタンとつけた。
「その触覚でレーベンストックの方角が分かるのですか?」
「それもあります。ですが、こちらに向かう時、飛翔して参りましたので。これほどの高さではありませんが」
「その美しいアゲハ蝶のような翅で飛ぶことができるのですね」
「翅だけでは飛ぶことはできません。アールヴ族は鳥のように軽くはありませんので。魔力と翅の力で飛翔します」
「それで魔力密度の高い人が多いのでしょうか」
「そうですね。アールヴ族で飛翔できぬ者はいません。ですので、最低限の魔力値という意味では他種族より魔力は高いと思います」
あの翅じゃあ飛ぶことなんてできないと思っていたけど、魔力との合わせ技で達成できるのか。
魔力の活用方法は多岐に渡る。魔力が物理法則に及ぼす影響は、知れば知るほど複雑怪奇で底がない……。
「立たせたままで申し訳ありませんでした。中央のこちらの席にお座りください」
「お気遣いありがとうございます。ヨシュア様は本当にお優しく気遣いをなさる方なのですね。素敵です」
「え、あ。どうぞ」
押し出すようにセコイアを立たせて自分も立ち上がり、代わりにエイルに腰かけてもらう。
セコイアがじとーっと嫌らしい顔で俺を見上げながら、服の裾を引っ張ってくる。
な、なんだよもう。
面と向かって真顔で褒められたら戸惑ってしまうのが小市民ってもんだろ。
「奥様はお屋敷にいらっしゃるのですか? ご息女だけをお連れなさったのでしょうか」
「お、おれ……私は独身です。これはセコイアといって、見た目はともかく、私より年上なんですよ」
「こ、これはとんだ失礼を。申し訳ありません。深くお詫び申し上げます」
わざわざ立ち上がって深々と頭をさげるエイルに対し、曖昧な笑みを浮かべ「問題ない」と態度で示す。
「『これ』とはなんじゃ」
「言葉のあやってやつだろ……細かいことは気にするな。モテないぞ」
「なぬううう!」
「ヨシュア様の元にはさぞ煌びやかなご令嬢がお集りになるのでしょうね。これほど素敵な殿方ですもの!」
エイルがとんでも発言をしてしまった。
セコイアを焚きつけるようなことを言ってしまっては……ダメだ。
ほらきたあ!
迫りくるセコイアミサイルをヒラリと回避する。
ある意味分かりやすい動きでよかった。あれをまともに喰らうと、もんどりうって倒れてしまうわ。
◇◇◇
しばらく景色を眺めながら、エイルに綿毛病の仕組みと対応策について説明していた。
エリーの淹れてくれた紅茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごす。
といっても、レーベンストックの状況が深刻なので談笑……とまではいかなかったが。
だけど、休むことができる時には休んでおかないといざという時に体が動かなくなってしまうから。
こうした時間を過ごすことは肝要だ。
更に一通り説明が終わった後は、エイルにちゃんと休息を取ってもらうようお願いしておいた。
彼女は顔や態度に出さないけど、相当疲労が溜まっているに違いない。
きっと領民のことがあったから、できうる限り急ぎでネラックまで進んできたに違いない。
安定飛行に入っているし、ルンベルクも機関室から離れて俺たちと同じ場所にいる。
しばらく直進とのことだから、セコイアも魔法を維持するだけと落ち着ける環境が整った。
「俺も一休みするかあ。ん、あれは……」
前方に真っ黒の湖といえばいいのか、沼といえばいいのか、ある種異様な景観が広がっていた。
範囲は数キロに及ぶだろう。
「暗黒の湖です。あの地を越えるため、私が辺境国に向かったのです」
「地上からだと、迂回路はあるのかな」
「ございます。ですが、相当な大回りになります。迂回するとなると、高い山脈もありますし……」
あれって、アスファルトか何かかな。
ネラックからの距離を鑑みるに、採取に来るには空からじゃないと難しいか。
しかし、サンプル調査だけでもしておきたいところ……。
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