第147話 ガーデルマン伯
入室すると、シャルロッテに並んで優しげな顔をした少年と青年の中間くらいの男が会釈した。
彼が今代のガーデルマン伯その人である。
シャルロッテと同じ赤毛ではあるが、おかっぱ頭で垂れ下がった眉もあってか柔らかな印象を受けた。
目元なんかはシャルロッテと似ていて「なるほど姉弟なのだな」という部分もあるにはあるが、二人から受ける印象は真逆だ。
「お待たせして申し訳ない。カンパーランド辺境国ヨシュアです」
「い、いえ。ヨシュア様にお会いできる幸運を噛み締めております!」
緊張した面持ちで一息に言い切ったガーデルマン伯は、胸に手を当て「すうはあ」と小刻みな呼吸を繰り返す。
「何も取って食おうなんてことはありませんよ。お願いをするのは我々です。お座り下さい」
「は、はい!」
シャルロッテに肘でコツンと突かれ、慌てた様子でカウチに腰掛けるガーデルマン伯。
「閣下。失礼を承知で申し上げます」
「気がついたことがあれば、どんな些細なことでも意見を頼みたい」
彼の様子を見兼ねたシャルロッテが敬礼し、具申してくる。
「閣下。クルトにはどうか砕けたお言葉でお願いできませんでしょうか」
「賓客にそれは気が引けるけど……分かった」
公国時代には配下であったガーデルマン伯ではあるが、今は他国の領主だ。
元配下だとはいえ、きちんと対応すべきだと思っていたけど……。
シャルロッテの提言にカクカクと首を縦に振るガーデルマン伯を見ていたら、改めた方がよいと思った。
「閣下。重ね重ね申し訳ありません。どうか、愚弟のことはクルトと敬称を付けずにお呼び下さい」
「ガーデルマン伯がそれでいいのなら」
「か、構いません。む、むしろお願いいたします! 閣下に名前で呼んでいただけるなど、光栄の極みにございますう!」
分かったから落ち着け。
大きく深呼吸して、はい、ゆっくりと腰掛けよう。
なんて事は流石に言えないので、やんわりと仕草で示した。
「クルト。シャルから聞いているとは思うけど、今回は辺境国からお願いがあり君を呼んでもらったんだ」
「存じております。是非、貴国と商取引をさせて下さい」
「貨幣も準備している。公国と同じ数値に合わせているので、計算もしやすいはず」
シャルロッテに目配せすると、彼女は小箱をテーブルの上に置き、そっと開く。
中にはクッションの上に赤い布が被せられ、その上に先日作成した辺境国貨幣が乗っていた。
「こ、これは。魔法金属ですか! 希少な魔法金属ならば……な、なるほど、等価値とおっしゃっていたのは、魔法金属の価格で合わせているのですね!」
「うん。出来たばかりの国で貨幣に信用がない。だからといって金銀が不足しているからね」
「賢公の慧眼恐れ入りました!」
「ははは。辺境国から出せる商品の目録をざっとまとめている。実際には行商人がこっちにきてから、何と取引するのか決めてくれてもいい」
「承知いたしました!」
クルトは興奮したおももちで目録を凝視し、時折唸り声をあげる。
彼が一通り目を通している間に、シャルロッテへ目配せした。彼女はそっと俺に小さなメモを手渡してくる。
「取引できそうな商品はあるかな?」
「もちろんです! 商品の説明まで記載して頂きありがとうございます」
「量を準備できるものとできないものがあるから、目に付いたものを言って欲しい。先に準備に取り掛かりたい」
「魔法金属が項目に入っているのですが、カンパーランドは魔法金属の産地なのですか?」
「産地というわけではないけど、ブルーメタルならそれなりの量が準備できるかな。ミスリル、オリハルコンは多少なら」
「そ、そうなんですか!」
鉄に魔力付与したらブルーメタルになるわけだけど、その価値は十倍以上に跳ね上がるんだ。
なんと金と同じくらいの価値を持つ。
魔法金属は雷獣の毛を利用した電気を魔力に変換する仕組みを使えば、いくらでも作ることができる。
といっても、電力の全てを魔法金属の生産に回すことはできないので、それなりの量にはなるけどさ。
雷獣の毛にも限界があるし、大量生産というわけにはいかない。
それでも、魔法金属を作ることができる、ということは大きなアドバンテージであることは確か。
今後、取引を進めるにあたってカンパーランドの主力になりえる商品の一つが魔法金属となることは間違いない。
他国が真似しようにも、雷獣の毛がなければ電気を魔力にすることは難しいものな。
といっても、これにあぐらをかいているつもりはない。
競争原理の働く市場では、日々、よりよい商品が開発され世に出てくる。魔法金属の製造だって、いつまでもわが国だけの特権となることはないだろう。
雷獣の毛を使わずとも魔法金属を作り出す技術がどこかで開発されるはずだ。
たとえば、綿毛病にしたって俺たちだけじゃなく、公国でも別のアプローチで克服して見せた。
魔法金属だって例外じゃあない。
「他にはカンパーランドシロップ、紫の染料なども人気が高いと思います」
「グアバはどうだろう?」
「どうでしょうか……好みはありそうですが……」
グアバジュースは微妙らしい。あれもシロップを混ぜて炭酸で割ればおいしいと思うんだよねえ。
そういや、炭酸ってどうやって作るんだっけ。それほど難しい技術が必要じゃあなかったはず。
明日にでもペンギンに相談してみるか。
グアバをおいしく頂くことは、最近の俺のテーマなんだ。
いつまでも「うーん、酸っぱい」じゃ済ませないんだからな。
おっと、重要なことを忘れていた。
「シャル」
「はい」
「もう少し近くに」
「は、はい」
腰を浮かせて、彼女の耳元へ顔を寄せる。
「もう聞いたのか?」
「な、何をでありますか? と、とても近いです。い、息が」
「もう少し声を抑えて。ガーデルマン領にも綿毛病は?」
「広がりつつあると聞いております」
ぐいっとシャルロッテの細い二の腕を掴み、引き寄せた。
更に声のトーンを落とし彼女の耳元で囁く。
「深刻な状況なのか?」
「自分の方が深刻であります」
「シャルのことじゃあなくて……」
「は、はい。公都より僅かながら特効薬が入ってきていると聞いております。今のところは事足りていると」
「そうか、それならよかった。辺境国流の対策も持ち込んでおいた方がいいかな?」
「そうですね。自分から伝えてもよいですか?」
「うん。測定器も一つ持っていってくれ」
「承知いたしました!」
シャルロッテから手を離し、彼女を開放する。
ガーデルマン領はレーベンストックのようになってはいないようで安心した。
だけど、綿毛病の流行が加速すると薬じゃ追いつかなくなる。先手を打っておいた方がいいな。
取引相手には元気でいてもらわないと困るってもんだろ。
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